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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
10/17

10.寄宿舎に侵入されてしまった!

「――というのが、当寄宿舎のきまりになります。何か不自由がありましたら、いつでも私のところへ来てくださいね、シーラさん。では、おやすみなさい」


「ご親切にありがとうございます、ベイル夫人。おやすみなさい」


 寮の管理人と簡単な会話を交わす。

 ぱたん、と扉が閉じたあと、私は室内をざっと見渡した。

 館の自室と比べれば、随分狭い。

 壁紙も素っ気ないし、絨毯はぺらぺら。ベッドにも天蓋なし。

 とはいえこぎれいではあるし、わがままを言ってヒルダを隣室に追いやり、個室にしてもらった。

 現時点では充分だろう。


「では、寝る準備をするか」


 私はつぶやき、ばっ、と地べたに貼りついた。

 この世界観だと盗聴器はなさそうだが、もっと原始的な隠し部屋や、魔法が仕掛けられている可能性はある。

 床、異常なし。

 壁、ヒルダがこっちをうかがっている気配はあるが異常なし。

 天井、小動物、覗き穴の気配なし。

 案外安全そうだな。

 あとは施錠さえしっかりすれば、眠れそうだが――。


 私は窓辺に立ち、少しためらう。


 ……今日は、エトに会えていない。


 いや、待て。違う。そうじゃない。

 私が、私情でエトに会いたいわけじゃないんだ。

 ただ、問いたださねばならないことが山ほどある! だからちょっと二人きりになりたかった、それだけだ!!


 それだけなのに――。


『シーラさま!!!!! シーラさま、エトさまがどこにいるか、ご存じです!?』


 今朝登校するなり、リサが突撃してきたのだ。


『知らないけれど、どうして彼を探しているの?』


 せっかく主人公がからんできたのだから、と、私は表面上優しく接した。

 序盤優しく、段々陥れ、最終的には男に花を持たせて、主人公を幸せにするのが、悪役令嬢たる私の使命だろうからだ。

 私の問いに、リサは元気に答えた。


『昨日のお礼を言いたいんです! あのままじゃ、私も石像に潰されていましたから』


『そう。いい心がけね。でも、私はエトがいる場所は知らないわ。私は調べ物があるから、あちらの男子生徒にでも訊いてみたら?』


『たんぽぽ食べたい』


『……!? えっ、な、何?』


 いきなりのセリフに、思わず素の返事が出た。

 一方のリサは、顔だけ見ると完全にいつもの調子だ。

 私が焦っていると、彼女は続けた。


『エトさまがいそうな場所、探さなきゃです』


『ええ、ですから、その……。そうね、ならば、カフェテリアか、天文教室を探すのはどう?』


『うう、でも私、転校してきたばっかりで。教室がわからないんです!』


『そう。じゃあヒルダに案内をさせましょうか』


『たんぽぽ食べたい』


『たんぽぽなんで!!??』


 セリフ、おかしくない!!??


 叫びそうになるのを必死でこらえる。

 何がどうしてどうなった?

 頭を抱えかけて、私ははっとした。


 これは、あれじゃないか?


『選択肢』。


 これが乙女ゲー世界なら、主人公であるリサには今後の行動やセリフを選ぶ『選択肢』があるはずだ。

 選択した内容によって、ルート分岐や、細かなフラグ管理が行われる。ゲームに疎くとも、これくらいはわかるぞ。


 だが、もしこのゲームの制作者が「ここでルート分岐させたくない」と思ったら?


 無意味な『選択肢』を入れて、選んで欲しい『選択肢』を選ぶまでループさせるだろう。

 それが、タンポポ、なのかもしれない。


 しかし、なんでタンポポ……?


 私は首をひねったが、すぐに『タンポポ』選択肢を出さない方法はわかった。

 私がリサと行動を共にすると、出ないのだ。

 どうやらリサは、私と一緒に行動することになっているらしい。


 仕方なしに一日リサに付き合った結果、様々なイケメンとはぶち当たったが、エトの姿は影すら見えなかった。

 隠しキャラか、あいつ?

 そもそも攻略できないやつか。

 私はあいつにこそ、会いたかったのに。


 ……………………いや、だから!!

 色々聞くためにだからな? 

 あと、ターゲットだから!!

 会えない相手をどうやって殺せというんだ。

 さすがの私だって、それは無理だ!!


 私はぶんぶんと首を横に振り、うっすらと窓を開ける。

 きびすを返し、すたすたとクローゼットに歩みよった。

 うーん、制服の他はドレスばっかりだな。

 寝間着は、これか。

 濃紺のチュールに、つやのある白で星々が刺繍されたナイトドレス。

 防御力ゼロ。

 魅力……魅力はアップするのか? これ。

 寝相が悪い奴が着たら、朝には腹丸出しじゃないか?

 そんなことを考えて着替え終え、クローゼットを閉める。


 と、窓辺にエトがいた。


「……!!!」


 とっさに身構える。

 エトはこちらに背を向けて立っている。

 隙だらけだが――私に侵入を気づかせないとは、ただごとではない。

 いつの間に、どうやって入った。

 問おうとしたが、隣室にはヒルダがいる。

 あのヒルダのことだ、きっと寝る間際までこっちの様子をうかがっているに違いない。

 エトとの会話、聞かれたくはない……。


 私がためらっていると、エトは音もなく振り返った。

 月光をはねかえして、黒曜石の目がわずかに光る。

 そのきらめきで、胸がざわめく。


 私は寝台脇のチェストに手を伸ばし、置いてあったオルゴールのネジを巻いた。

 ぽろ、ろん、と、音楽が流れ出す。

 その音に紛れて、私は窓辺のエトに近づいた。

 胸と胸が触れそうな距離まで。


「なぜ来た」


 私は、ぎろりとエトを見上げ、小声で囁く。

 エトは前髪の奥で目を細める。


「君には、僕が必要だろうと思って」


 なんだ、その言いようは!?

 なんだってそんなに自信があるんだ!?

 私はびっくりしてしまった心臓をなだめようと、薄い笑みを浮かべる。


「とんだ自信だな。君、他の男子生徒になんて呼ばれているか知ってるか?『虚無』だぞ。授業中も目立たないし、休み時間には便所飯だって噂だ」


 いくら地味でも王子は王子。こんなことを言われたらイラッとするだろう。

 感情が揺れれば、こちらが有利に立てる――。

 と、思ったのに。


「男子生徒の噂を知っている、ってことは、僕を探してくれたの?」


 くれたの? じゃない!!

 私は一度、ぎゅっと唇を噛む。


「……リサに付き合っただけだ。いい気になるなよ」


「いい気にはなる。君みたいな人材が手に入りそうなんだから、いい気にはなるよ。昨日の話、考えてくれた? 僕の手伝いをするっていう話」


 そんなふうに微笑むな。妙に安心した声を出すな。

 私は、君を殺すために転生してきたんだ!!

 イライラしながら、私はそれでも淡々と喋る。

 こいつを確実に殺すには、こいつの実力を測る必要がある。

 そもそも女神は、どうしてこの男を殺したいんだ――?


「手伝い内容がまだわからない。私に何をさせたい? 君は何がしたい」


「言っただろう。簡単な盗み。それが終わったら、君は君のしたいことをしろ」


「その後は私に執着しないと?」


「執着。してほしいの?」


 少し驚いたような声。

 私はぎょっとして大声を出しかけ、必死に自制した。


「そうじゃない、そういう意味じゃ! そうじゃなくて、君、盗みを生業にしているじゃないか。昨晩、うちのそばの邸宅で盗みを働いたのは、君だろう?」


 私は囁く。オルゴールが段々とゆっくりになっていく。

 エトは、どことなく投げ出すように笑った。


「ああ、気づいてたのか。でも、目的を達成したら盗みはやめるよ」


「目的。王位簒奪とかか」


 そう言ったのは、安易な連想からだ。

 第二王子の野望と言えば王位簒奪。

 それが盗みとどう関わるかはわからないが、彼は貴族の家ばかりを狙っている。

 第一王子派の貴族のスキャンダルを作るなり、王位継承に必要なアイテムを盗むなりしている、という可能性はありそうだ。

 もっともエトは、そういうタイプには――。


「うん」


「えっ」


 あっさり肯定され、私はエトを凝視する。

 彼の笑みは甘くなる。


「僕は、兄上を殺すんだ。――打ち明けるのは、君が、初めて」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もまぁ、面白要素が満載でしたね! まず、ヒルダ。あなた諜報員になれるよ(笑) (対象:シーラ限定で!笑) どんだけぴっとりくっついてシーラの気配探ってるの? 下手したらストーカー化す…
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