第二十六話 極光・2
第二十六話 極光・2
弾切れだ。愛用の長銃は沈黙している。
クレアは全身の痛みと疲労で何も考えられない。分かっているのはユウを助けようと思ったこと。そして、自分が目の前のエンシェントオーガに殺されようとしていること。
軍に所属して理力甲冑なんてものに乗っているのだ、いつかはこういう時が来る。そう思って覚悟を決めていた。しかし、いざその時が来ると自分でも驚くほどにそれを受け入れていた。
ユウが今のうちに逃げてくれれば。
アルヴァリスはなんとか無事なようだが、あの様子ではユウは操縦出来ないだろう。それでも自分がやられているうちに機体を捨てて逃げれば生き延びられる可能性は高い。
エンシェントオーガが何度も振るい、辺りの森をただの荒れ地に変えた自慢のこん棒が持ち上げられる。今度こそ、おしまいか。
死が、振り下ろされる。
クレアはエンシェントオーガをじっと見据えていた。が、その巨体は突然よろめいてしまい、こん棒はレフィオーネのすぐ横の地面を穿つ。
何が起きたのか。クレアは混乱する頭でオーガを見る。すると、その背後から何かが光っていることに気がついた。月明かりでも、それが反射したものでもない。
銀色をした光の粒子が辺りに広がっていく。その中心には白い機体――――アルヴァリスが立っていた。光がうねり、流れる。その様子はまるで――――
全身から光の粒子が溢れだしている。機体の隙間から、間接部から、そして割れた装甲から覗く人工筋肉から。
この不思議な現象にエンシェントオーガも驚いているのか、ただ茫然と見ているだけだ。
アルヴァリスが両の拳を握り込むと、次の瞬間クレアは見失ってしまった。いや、光の粒子が続く先にいた。アルヴァリスはオーガの顔面を思い切り殴り付けていたのだ。
よほどの衝撃だったのか、オーガはたたらを踏んで後ろに下がる。しかしアルヴァリスの猛攻は終わらない。地面に着地したかと思うと、オーガの足を水面蹴りに払って尻餅をつかせた。そのまま、馬乗りになりさらに殴り付ける。エンシェントオーガとアルヴァリスでは相当の体格差があるはずなのに、その一撃は重く、みるみる間に顔面が変形していく。
たまらず、オーガは自分の胸に乗っているアルヴァリスを掴もうとする。しかし、アルヴァリスは掴まれる瞬間、片手でオーガの指をあらぬ方向へとねじ曲げてしまった。
あまりの激痛に全身を使って飛び起きるエンシェントオーガ。アルヴァリスは宙に投げだされてしまうも、体をひねり華麗に着地をする。
まるで睨み付けるかのようにオーガを見るアルヴァリス。それに恐怖してしまったのか、オーガは後ろへとたじろぐ。厳つく、怒りに満ちていたあの表情はもう無い。
再び光の粒子を残して白い機体は大地を駆ける。今度はオーガの腹部を何度も殴る。着込んでいる軽装鎧も打撃に負けてしまい、金属板は割れ、分厚い革は破れてしまう。
エンシェントオーガは反撃も出来ず、口から胃液のようなものがこぼれ落ちた。今の連打で相当のダメージを負ったのか、膝をついている。
しかし、有利に戦っているアルヴァリスといえど、徒手空拳では止めをさせないようだ。それほどエンシェントオーガの体は大きく頑丈なのだ。
そのことを分かっているのかアルヴァリスは膝をついているオーガの横へと歩いていき、その腰に下げられているものを両手で掴んだ。
それはエンシェントオーガが使う細身のナイフで、主に工作や仕留めた魔物の解体に使われるものだった。しかしいくらナイフとはいえ、理力甲冑からすれば大振りな剣となる。それを鞘から引き抜き、両の手で構える。
虚ろな目でアルヴァリスを見るエンシェントオーガ。
輝く粒子の中、一際光る目でエンシェントオーガを見るアルヴァリス。
それは一瞬だったのか、それとも長い間だったのか。
次にアルヴァリスが動いた瞬間、光の粒子の中でエンシェントオーガの首が音もなく落ちた。
クレアはいつの間にか気を失っていたようで、目が覚めた時は簡易ベッドの上だった。辺りには連合軍の制服や白衣を着た者が忙しなく動いている。ここはテントの中のようだが……。
「あっ、姐さん! 気がついたんスね!」
声の方を見ると、そこにはヨハンがいた。
「ヨハン……? ここは……」
「ここは村の近くっス。到着した軍の部隊が展開してるところっス」
そうか、ようやく部隊と合流できたのか。
「ユウはっ?! ユウはどこにいるの?!」
急に起き上がろうとしたが体のあちこちに激痛が走り、思わずうめき声が漏れてしまう。
「ああ! 急に動いちゃダメっスよ。医者から安静にしろって言われてるんだから。それにユウさんはそっちのベッドに」
クレアは痛む体にむち打ちながら反対のベッドを見る。その上にはユウが眠っていた。
「ユウ! ユウは大丈夫なの? 怪我は?!」
「ちょっとちょっと! 落ち着いて下さい! ユウさんは大丈夫です! 眠っているだけっス! むしろ、姐さんの方が重症なんスよ!」
ユウの無事を聞くと一気に疲労感が増した。なんとか一安心というところか。
「いやぁ、それにしてもユウさん凄いっスね! あのエンシェントオーガを倒しちゃうなんて! それも二体!」
そういえばクレアの記憶にある、銀色に輝くアルヴァリスがエンシェントオーガを倒す光景。
「夢じゃなかったのね……」
「ん? どうしました?」
「なんでもないわ……疲れたからもう少し寝かせて」
「了解っス。あとはこっちに任せてください!」
クレアは目を閉じるとすぐに寝息をたて始めた。よほど疲れていたのだろう。そういうヨハンも疲労で少しフラフラだ。
エンシェントオーガの亡骸や荒らされた森の後始末などは援軍に任せよう。そう思い、ヨハンは椅子に腰かけたまま眠り始めてしまった。




