第二十話 レフィオーネ・1
第二十話 レフィオーネ・1
早朝のクレメンテ。街の外はまだ薄暗く、時折聞こえてくる虫の音以外は静かなものだ。しかし、さすがはこの大陸でも有数の大都市、城壁の中は少しずつ街の営みの音が騒がしくなってくる。火を熾して朝食の準備をするもの、仕入れた品物を早速市場に運ぶもの、街の外へ野良仕事に向かうもの……。そんな街の喧騒に紛れて一つの工房でも騒音が響く。
「オラァ! 早くチェーン持って来い! グズグズすんな!」
作業着を着た中年の男性が叫ぶ。その怒声を浴びながら、同様の作業着を着た若い男性が数人走り回っている。そのうちの一人が太く重たそうな鎖を懸命に引きずっていくと、他の作業員が天井から吊るされたクレーンを操作しフックを下の方まで降ろす。その重い鎖の端を持ち上げてフックに引っかけると、ジャラジャラと鎖が音を立ててクレーンのワイヤーが巻き取られていく。
「作業長! クレーン用意できました!」
「おう! それじゃあ装甲を取り付けるぞ! まずは胸部からだ!」
熟練の整備士である作業長の指示で骨格がむき出しになっている理力甲冑に装甲が取り付けられている。年若い整備士もテキパキとクレーンを操作し、装甲を固定するボルトを締めていく。ここの作業長は腕もいいが、後進の育成も腕がいいのだろう、鈍い灰色をした骨格と白い人工筋肉だけだった理力甲冑があっという間に薄い水色で塗装された装甲に覆われていく。
「チッス! 作業長、進捗はどうデスか?」
「お、センセイか。作業は順調だぜ。今、半分終わったところだな」
先生は作業場にトテトテ歩いてくると作業長に気安く話しかける。二人は試作機であるこの理力甲冑を改造するために一緒に作業を行っていくうちに意気投合してしまった。作業長も先生の整備の腕を知って、まるで自分の娘かのように接するようになった。
「しっかし、センセイの考えることはぶっ飛んでやがんな。俺ぁ、仕様書を初めて見たときはオメエの正気を疑っちまったぜ」
「フッフッフッ、でも作業長? そっちもノリノリで改造に付き合ってくれたじゃないデスじゃないデスか?」
「おうともよ、こんな面白そうな機体に触れるとあらば、やらないわけにはいかないだろ?」
そういうと二人は悪い顔でクックックと笑いだす。
「作業長~! 上半身終わりました~!」
「よし! 次は腰の装甲だ! おめぇら! 気を抜くなよ!」
同じ頃、街の外に駐機しているホワイトスワンでも作業が行われていた。クレアの新機体を搬入し次第、クレメンテを出発するからである。といっても、こちらに搬入する物資は数日前にその殆どを積み込んでおり、今は最終確認およびアルヴァリスとヨハンのステッドランドの簡易点検が主である。
「クレアは新しい機体をもう見たの?」
ユウがアルヴァリスの足元で人工筋肉の点検を行っている。この前、先生が開発した新型の人工筋肉は試験の結果が良好なため、無事アルヴァリスに搭載された。しかし、実際にアルヴァリスでの稼働試験はまだ終わっていないため、この後の旅の途中でテストする予定だ。
「ええ、見せてもらったわよ。といってもまだ装甲がついてない状態だったから、ちゃんとした状態はこの後ね」
理力甲冑用の大きな長銃を整備しているクレアが作業の手を止めずに答える。クレアが以前から愛用しているこの銃は少し型が古く、銃床など多くの部分が木で出来ている。しかし構造が簡単なため故障しにくく、整備性も良いため前線の兵士からは根強い人気がある。クレアはその銃にロングバレルと狙撃用のスコープを取り付けて自分専用に改造してある。
「へぇ。そういえば名前は決まったの?」
「レフィオーネ、よ。古いお話に出てくる女神さまの名前からとったの」
「姐さーん、なんか軍のほうから荷物が届きましたよ?」
格納庫の入り口からヨハンが顔を出す。クレアは追加の補給物資なんてあったかしら? と首を傾げながらそちらの方へ歩いていく。ユウは一人になった格納庫で残りの作業を進めることにした。
「えっと、あとは足首まわりか……」
ユウはボルツが作ってくれた点検リストを確認しながら、同じくボルツが作ってくれた作業マニュアルを片手にしゃがみこむ。アルヴァリスの足首を下からのぞき込み、点検用のハッチを開くとマニュアルをもう一度確認する。
「それにしてもあの魔物がこんなになるなんてなぁ」
白い人工筋肉を撫でながらユウはポツリと呟く。湿地帯で捕獲したディエノス・ネマトーデという白いミミズの化物のような魔物を加工して作られた、新型の人工筋肉。ユウの脳裏にはウニョウニョとのたうつネマトーデを思い出す。
(あの時、僕がもっと早く蛇の魔物に気付いていれば、クレアの機体は無事だったのにな……)
湿地帯で遭遇した巨大な蛇の魔物はその巨体に似合わず、音もなく獲物に近寄ることで恐れられている。なのでユウが責任を感じることはないと、あの後クレアに言われたが、それでも心に引っかかるものがある。
「…………ん?」
ユウは人工筋肉の手のひらが触れている部分がボゥ、と淡く光っているように見えた。とっさに手を離すと淡い光はすぐに消えてしまった。いや、本当に光っていたのだろうか?
「目の錯覚、ってやつかな……?」
その後、人工筋肉をべたべた触ったり叩いたりしたが、先ほどの異変が再び起こることはなかった。
太陽が南に到達する頃、ホワイトスワンの前に大きな覆いが被せられた巨大な荷台が到着した。荷物はその膨らみ方と大きさから理力甲冑であると遠目でも分かる。クレアの新しい機体が届いたのだ。ヨハンのステッドランドがその荷台を牽いて歩く度に太い綱が軋む。
「姐さーん、センセーイ! このまま格納庫入れちゃいますよ?!」
「ヨハン! 段差に気を付けるデスよ!」
ステッドランドは足を踏ん張り、ゆっくりと荷台を牽く。格納庫へと続くタラップを荷台の車輪がゴトゴトと音を立てて登っていき、ようやく頂上まで到達する。
「さて、それじゃあ荷物を降ろすデスよ!」
先生の指示でユウとボルツが荷台とクレーンを操作していき、機体が格納庫の所定の位置へと運ばれる。その間も覆いは被せられたままなのでユウ達はまだ機体の全貌が見えない。一体、どんな機体なのだろうか?
「積み込みは済んだわね? それじゃ、早速だけど出発するわよ」
向こうの方で軍の技術部の人間と話していたクレアがいつの間にかこちらにやってきていた。ホワイトスワンは予定よりも長くクレメンテに滞在していたため、グレイブ王国への旅程が遅れている。先生とボルツはグレイブ王国でアルヴァリスに搭載している理力エンジンを量産するため、一行はこうしてホワイトスワンで長い道のりを旅している。
しかし、それも早く量産化を軌道に乗せなければ、オーバルディア帝国はシナイトス工業国家との戦争にケリをつけて都市国家連合に攻めてくるだろう。先生とボルツによると、もう少しの間はシナイトスが粘るだろうという事だが、それでもあまり時間の猶予はない。
「えー? 姐さんの機体を見せてくれないんですか?」
新しい機体を見たがっていたヨハンは不満を垂れる。ユウもちょっと気になっていたので止めようとしないが、クレアはぴしゃりと遮る。
「朝、説明したでしょ! 機体を積み込み次第、出発しなきゃ予定をだいぶ遅れているのよ?」
「まあまあ、ヨハン。移動中に機体の稼働試験と新装備の調整をするから、その時に存分に見るといいデスよ」
先生が二人の間に割って入る。ヨハンは仕方ないといった様子で返事をするが、ユウは先生の新装備という単語が気になる。
「先生、新装備ってなんです?」
「あー、新装備はこの機体の超目玉デスからね、まだ秘密デス。でもきっと、見たらぶっ飛びますよ?」
先生はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。うーん、ちょっと不安だけど、変な装備じゃないだろうな。ユウは一抹の不安を抱えながら、出発するために格納庫の片付けを始めた。




