第十六話 黒槍・3
第十六話 黒槍・3
「う゛ぅ~、もう飲めないデス……」
「……ウップ、ちょっと飲み過ぎたかも……」
先生とクレアはフラフラとした危なっかしい足取りで歩く。二人とも赤かった顔が少し青くなっている。いい加減飲み過ぎた面子を無理矢理立たせてホワイトスワンまで帰ろうとしたのがついさっき、しかし酔っ払い二人の歩みが遅いので到着にはしばらく時間が掛かりそうだ。そしてヨハンはまだ起きないのでユウに背負われている。
ちなみにシンは豪快ないびきをかいて寝てしまった。仕方なく、なんとか担いで部屋まで送ろうと頑張ったがしかし、大柄な体はびくともしなかったので仕方なく店に置いておくほかになかった。店長が後の面倒は見ると言ってくれたので大丈夫だろう。
「クレア、先生、飲み過ぎですよ。今後はお酒を控えてください」
「いや、それは無理な相談デスね!」
「そうね、いくらユウのお願いでもお酒はやめられないわ!」
二人はグッと固い握手を交わし、そのまま手を上下に勢いよく振る。そんなに体を揺すっていると、また気分が悪くなるぞ。ああ、ほら、言わんこっちゃない……。
ユウ達がホワイトスワンに戻ったのはだいぶ夜が更けてからだった。それぞれ自分の部屋に戻っていき、ユウはヨハンを部屋まで送る。そのあとユウは明日の朝食を準備しようと思い、厨房のほうへと歩いていく。献立は軽いものにしようと考えていたとき、ホワイトスワンの機体が小さく揺れた気がした。
「地震……じゃなさそうだな?」
妙な感じがする。外の様子を伺おうとユウはブリッジまで走った。窓に嵌められた強化ガラスの向こうを見ようと目を凝らすが、夜の暗闇で辺りの状況はよく見えない。街の方も特に異常は無さそうだ。
「気のせいかな……?」
そう思って厨房へ引き返そうとしたとき、闇の中で何かが発光した気がする。火花が散ったような赤い光が一瞬見えた。なんだ? 次の瞬間、近くで爆発音が轟く。
ホワイトスワンの機体が爆風で揺さぶられるので、ユウは思わず床にしゃがみこむ。幸い、近くで爆発したわけではなさそうだ。
「……! 敵襲か?!」
ユウは急ぎ格納庫まで走る。途中で慌てて部屋から飛び出たボルツと出会う。
「ユウ君! 今の音は?!」
「爆発です! 敵襲かもしれないので、ボルツさんはいつでもスワンを発進出来るようにしてて下さい!」
「分かりました! それとクレアさんとヨハン君を起こしてみますが、あまり期待しないで下さい!」
そうか、二人は酒で酔いつぶれていてまともに戦える状態じゃない。まずいぞ。
ユウはアルヴァリスに乗り込み急いで装備を整える。が、つぎの攻撃がこない。どうしてだ?
「それに、敵の標的はどっちなんだ?」
先ほどの攻撃はおそらく帝国のものだろう。しかし、クレメンテの街を狙ったのか、それともホワイトスワンを狙ったのかが分からない。もし、街が標的の場合は何が目的なのだろうか? 敵の目的が分からなければ後手に回ってしまう。
ユウは開いたままのハッチから外の様子を伺う。向こうの森から月明かりに反射する理力甲冑の集団が見える。やはり、帝国の攻撃か。しかし、進軍する速度が遅くはないか? さっきの爆発から間隔が空きすぎている気がする。それに街の守備隊ももうすぐ駆けつける頃だ。
「ひょっとして、何か罠があるのか?」
ユウは敵の罠や作戦の可能性について考えてみたが、こういうことは素人なので何も思い付かない。今度クレアに戦術とか教えてもらおうかな。
「ま、考えても仕方ないか……」
ユウは敵の数と距離を再確認する。森と城門の中間の位置に四機、つまり一部隊か。暗くて見えにくいがあれはステッドランドだな。盾と長銃を装備しているようだ。ユウはライフルの予備弾倉を確認し、安全装置を外す。よし、行くぞ。
アルヴァリスは格納庫の床を踏み切って横っ飛びに跳躍する。そのままライフルを敵に向けて数発撃つ。注意を引き付けるための射撃なので照準は特につけない。敵は急な攻撃に驚いた様子だ。
「よし、こっちへ来い!」
ユウは一定の距離を保ちつつ、射撃と回避を続ける。敵は全機、盾を構えながら長銃で反撃をしてくる。よし、もっとだ、もっとこっちに食いつけ。
そのままアルヴァリスは少しずつ街から離れようとしたが、突如敵は攻撃を止め、街の方へと歩みを進める。アルヴァリスを放っておいて街を攻撃する気か。ユウは舌打ちしながらアルヴァリスを走らせる。ライフルをしまい、腰に下げた剣を抜きつつ大きく跳躍する。敵部隊の中へ着地すると同時に周囲を剣で薙ぎ払った。しかし、敵もこの攻撃を予測していたようで盾できっちりと防御してくる。ユウは反撃を警戒したが、何もこない。敵のステッドランドは盾を構えたまま、アルヴァリスを四方から囲んで距離を一定にしたままだ。
「なんだ、こいつら。全然攻め気がないじゃないか」
ユウは敵の行動が読めず、次の一手を決めかねている。このまま持久戦に持ち込むのか、それとも一気に片付けるのか。援軍が来てくれればこの状況を打破できそうなものなのに。そういえば、街の守備隊はどうしたんだ? 敵襲からだいぶ時間が経つが、まだ誰も来る気配がない。
ユウは敵を警戒しつつ街の方へ注意を向ける。ここからでは何もわから……いや、遠くで煙が上がっている? 耳を澄ますと煙の方向から銃声のような音が聞こえる。まさか、ここ以外にも敵がいるのか?
敵のステッドランドはユウの隙を突こうと長銃を構える。だが引き金を引こうとした瞬間、銃身が途中で二つに分かれてしまった。その操縦士は何が起きたか理解できなかったが、アルヴァリスは敵の方を見ることなく剣を一閃させたのだ。
「くそ、もたもたしていられないじゃないか!」
ユウは頭を振り、ひとつ深呼吸をする。熱くなるな、今は目の前の敵を倒せ。
帝国の操縦士は眼前の白い機体をにらむ。もしや、これが最近噂になっている白い機体か。この操縦士が小耳にはさんだ話では風のように舞い、バケモノのように強いらしい。その話を聞いた時はあまりにも尾ひれが付いた噂だな、と思ったが、実際に見てみるとそれが誇張どころではないという事に気づかされた。気を抜いたら一撃でやられてしまう。全身に汗が噴き出る。さっさと逃げ出したい気分にさせられる。
次の瞬間、白い機体の姿が消えた。どこへ行った? 操縦士が右前方を確認したと同時に左にいた僚機がくの字に折れて吹き飛んだ。
「なんだ! どうしたんだ!」
無線に向かって叫ぶが、ほかの操縦士も混乱してるらしく、まともな返答が来ない。すると視界の隅に白い影が映る。急いで銃口をその方向へ向けるが、何もない。いや、いつの間にか前方にいた僚機が頭部を失いその場へ倒れ込んだ。
その次の瞬間、右にいたはずの僚機、この小隊の隊長機がこちらへ向かって膝から崩れ落ちた。その背後には白い影、いや、あの白い機体が剣を振り下ろしていた。……ゴクリ、と唾を飲み込む音が大きく聞こえた。なんなんだ、あの白いやつは。一瞬で三機のステッドランドがやられた? 馬鹿な、こっちは新兵の集まりじゃないんだぞ。
白い機体がこちらをにらむ。帝国の操縦士はまるで金縛りにあったように動けなくなる。気圧されている? この白い理力甲冑に? いいから動け、動け。とにかく盾を構えろ。
どうにかステッドランドの腕がぎこちなく動き、盾を持ち上げた瞬間、白い機体は再び影となった。ステッドランドの全身に大きな衝撃が走り、巨大な体が宙を舞う。操縦士には何が起きたか理解できない。唯一、分かったことはあの白い機体に自分がやられてしまったということ位だ。あまりに違い過ぎる。直後、地面に叩きつけられた衝撃でその操縦士は意識を失った。




