第十四話 重槍・2
第十四話 重槍・2
クレアのステッドランドもホワイトスワンを飛び降り、その勢いのままに丘の方へ駆ける。クレアの機体はいつもの長銃を肩に掛け、右手には大きな布のような物を掴んでいる。
「さてと、どこにいるのかしら……?」
クレアは丘に着くとステッドランドを伏せさせると同時に、右手の布をバサリと頭から被らせる。その布は薄い緑とカーキ色がまだらに染められていた。この理力甲冑用の迷彩ネットを被ることで遠方から見えにくくする効果があるので、クレアをはじめとした狙撃が得意な操縦士はこのネットを良く持ち歩いている。
クレアは丘からぐるりと周囲を見渡すが、大きく動く物体はいない。やはり、簡単に見つかるような所にはいないか。となると、森のほうだが……。長銃に装着されているスコープを起動させると操縦席のモニターが一瞬のノイズの後、拡大された映像が映る。クレアは手元のダイアルを操作して倍率を調整する。
しばらくの間、クレアは敵を探し続けたが一向にその気配は確認出来ない。すでにこの周辺から離れたか、そもそも敵の目撃情報が誤認だったか? 無線でユウを呼び出す。
「こちらクレア。敵は見えないわ。ユウ、そっちはどう?」
「今は森の方で探してるけど、足跡すら見つからない。本当に帝国の理力甲冑だったのかな? もう逃げたんじゃない?」
ユウも同じ考えのようだ。さて、どうするか。一度、本部に指示を仰ぐか?
「! クレア、南の方で音が聞こえた!」
ステッドランドの視線が南を向く。倍率を下げながら異変を探すと、森の中から鳥の群れが一斉に飛び立つのが見えた。木々が小さく揺れている。
「ユウ、気をつけて。何かいるみたいよ」
帝国の理力甲冑かそれとも魔物かは分からないが、巨大な物体がいるのは確かだ。しかし、そこかしこに生い茂る木で正体がよく見えない。少し歯がゆいがユウに直接確かめてもらおう。
ユウはアルヴァリスを慎重に歩かせる。この辺りの森は木が密集していて歩きにくく、見通しも悪い。うっかり敵の目の前に出ないよう、周囲の気配に神経を張り巡らせる。
「近いな……?」
先程から理力甲冑が大地を踏み締める音が聞こえる。それと金属同士が激しくぶつかる音も。これは……戦闘している?
ユウは周りの木を不用意に揺らさないように一歩ずつ足を前に出す。すると暗かった森に陽の明かりが差す場所が見えた。森の中に広場があったのか?
「なんだ、これは……?」
ユウがその広場で目にしたのは異様な光景だった。その広場には何かの壊れた機械や歪んだ金属の板があちこちに散乱している。いや、もしかしてこれは理力甲冑の残骸か? あまりにもバラバラにされているので元は何機だったのか見当がつかない。そして、その残骸が散らばる広場の中央に見慣れぬ理力甲冑が一機、長大な槍を携えながらこちらに背を向けていた。これだけの理力甲冑をこいつ一機で倒したのか?
「お前も俺の敵か?」
アルヴァリスが一歩踏み出した瞬間、理力甲冑がこちらを見ずに尋ねる。ユウは自分の所属を明かそうとして外部拡声器のスイッチに手を伸ばす。しかし、嫌な気配がしたと思った瞬間、ユウは機体を思い切り仰け反らせた。
「ほう、避けたか。なかなかやる奴がいるじゃないか」
確かにこちらへ背を向けていたハズの理力甲冑が一瞬の動きでこちらを振り向き、手にした長槍で真っ直ぐ突いてきたのだ。恐ろしい速度の突きで、もう少し距離が近かったら避けきれなかっただろう。ユウは槍の間合いから大きく離れてから剣を抜く。
「こいつ、帝国の人間か!」
オニムカデとの戦いで装備していた盾を失っているアルヴァリスは剣を両手に持ち、その切先を敵に向ける。敵の理力甲冑は重そうな槍をぐるりと一回転させ、その鋭い穂先をアルヴァリスの胸の方に突きつける。
(さて、どうする? あの槍の突きはそう簡単に躱せるものじゃない。それに剣と槍とじゃ間合いが違い過ぎるし……)
二機の理力甲冑はお互いの出方を伺っているのか、どちらも攻撃を仕掛けない。二人の操縦士はお互いに感じる。奴は強い、と。
ユウは相手の理力甲冑の外見と動きを観察する。ステッドランドやスピオールとも違う形状の装甲をしており、まさに完全装備の重装歩兵といった装いだ。さらに黒を基調とした塗装が威圧感と重厚感を増している。あの腕回りなど、アルヴァリスよりも一回り大きく見える。
しかしかなりの重量を感じさせる機体のわりに、足運びは以外にも軽やかだ。この操縦士の技量と実力の高さが垣間見える。あの突きといい、この体捌きといい、何かしらの武術経験者だろうか。
しばらくの間、にらみ合いが続く。どちらも迂闊には仕掛けられない。敵には槍の突きと広い間合いが、ユウのアルヴァリスは剣の小回りとライフルの射程がそれぞれ牽制しあっている。
(あいつの装甲は相当分厚そうだな……闇雲にライフルで撃っても弾の無駄遣いか……)
ユウはジリジリと左へ移動する。相手も同様に左へと移動するのでその場を回転するような格好になった。ユウは敵の足元に視線をわずかに向ける。そこには理力甲冑の残骸がいくつか固まって落ちていた。敵を残骸が集まって足場が悪くなっている所へ誘導したのだ。ここならきっと槍の一撃も鈍くなる。
「……っっいああぁ!!」
気勢を発し、ユウはアルヴァリスを敵に向けて走らせる。思った通り、敵は足元の残骸が邪魔で上手く足運びが出来ていない。このまま一気に圧し込んでやる。そう思いさらに踏み込む。あと二歩、といったところで敵の理力甲冑は予想外の行動に出た。
ユウはあちこちに転がっている残骸で相手の足運びを封じて、あの鋭い突きを鈍らせようと考えた。実際、その作戦は上手くいき、反撃の槍捌きはこない。そう思っていた。が、しかし敵の理力甲冑は足元の邪魔な残骸を思い切り蹴り上げてきたのだ。
勢いよく突進していたため、蹴られた残骸とまともにぶつかるアルヴァリス。ユウは思わず怯んでしまい速度を緩めてしまった。敵は好機、と言わんばかりに自慢の槍を振るう。まるで流星のごとき槍がアルヴァリスを貫かんと迫りくる。アルヴァリスは剣で受けようとするが間に合わない。
(まずい、やられる?!)
――その時、一発の銃声が周囲に響いた。




