第十三話 双頭・1
※この十三話は虫とか卵とかそういう描写があります。苦手な方は気を付けてください。
第十三話 双頭・1
この日、ユウとヨハンは朝早くから理力甲冑に乗り込み、森の奥へと進んでいた。目的は勿論、オニムカデの駆除だ。ホワイトスワンに乗っていたときは分からなかったが、町からそれほど遠くない場所で木々の低いところに傷がついている。ヨハンによるとオニムカデが這うときにつく傷かもしれないとの事だ。
「こんな町の近くに……それに数が多いですね」
「酷いものは木がボロボロだな。早くなんとかしないと林業への被害が増す一方だ」
二機はそれぞれ一定の間隔を開けて歩く。いくらもしないうちに前方で蠢く何かが見えた。ユウとヨハンは無線で言葉を交わすことなく武器を構えながらゆっくりと進む。多数の関節が奏でる音が重なるように聞こえてくる。オニムカデだ。ユウは虫は特別苦手というわけではないが、初めて見る巨大なムカデに僅かな嫌悪感を抱く。
黒く光る甲殻、理力甲冑よりも大きい体長、そして凶悪な見た目の牙。事前に聞いていた姿形と同じだ。そしてこれも事前情報通り動きはそれほど早くないようだ。
「ヨハン、いくぞ!」
言うが早いか、アルヴァリスはオニムカデに向かって走る。敵は二匹いる。ユウは剣を振り上げオニムカデの頭部目掛けて振り下ろす。しかし、剣は甲殻に弾かれてしまった。まるで大型トラックのタイヤを棒で叩いたような手ごたえを感じる。相当に頑丈なようだ。
「ユウさん、隙間を狙ってください!」
ヨハンの操るステッドランドは右手に持った剣でアゴの大きな牙を受け止め、左手の剣を体の下側から甲殻と甲殻の隙間に突き刺す。オニムカデは苦しそうにもがくが、二度、三度と剣を刺されてしまい絶命する。
ユウはそれに倣い、軽いステップでアルヴァリスをオニムカデの側面に立たせる。そして体節と体節の間を狙い剣を振るう。次の瞬間、頭部と胴体が別れたオニムカデは力無く地面に倒れた。
「甲殻が硬いけど、落ち着いて対処すれば問題ないな」
「そうっスね。とりあえず、ここら一帯の奴をやっつけちゃいましょう」
数えて二十匹目を倒した頃は昼を過ぎていた。何度かホワイトスワンに休憩で戻ったりもしたが、流石に空腹と疲労を感じるユウとヨハンはそろそろ昼食に戻ることにした。
「で、どうなのよ。まだかかりそうなの?」
「兄ちゃんたちー! おかえりー!」
クレアは戻ってきたユウたちに尋ねる。クレアは先生達の護衛としてホワイトスワンに残っている。しかし、こんなところに帝国からの刺客がいるはずもなく、遊びにやってきたロイの相手をしていた。
「そうだね、二十匹は倒したけど、まだかなりの数がいると思う」
「ユウさん、戻る途中でもう一匹倒したでしょ。それにしてもこの数は異常ですね。本当に大繁殖って感じ」
ヨハンはうへぇ、という顔をしてみせる。詳しい生態を知らないユウでさえもかなりの異常事態だと分かる。何か原因を絶たねばこの事態は収まらないのかもしれない。
「思ったんだけど……こんなに沢山いるなら、それだけ沢山の卵か何かあるんじゃないかな? それを叩かないとずっとこのままだと思うんだけど」
「……それもそうね。私達はいつまでもここに居られるわけじゃないし」
「うーん、オニムカデの卵か……暗くてジメジメしたところを重点的に周ったけど、それらしい所はなかったっスよ」
ヨハンは腕組みして考えているが、確かに木々が生い茂ったり日当たりの悪い場所に多くいた。しかし、卵やそれらしい痕跡は見つけられなかった。一体どこにあるのだろうか。
「くらくて、ジメジメならきっとあそこだよ。あっちの山のほう」
話を聞いていたロイは北西の小高い山を指差した。
「父ちゃんがいってたんだ。あっちの山にはムカデがたくさんいる、くらくてジメジメしたどうくつがあるって。だからぜったいにあの辺にはいくなって」
三人は顔を見合わせる。なるほど、洞窟か。確かにムカデがいそうな場所だ。
「決まったな。午後からはその洞窟に行ってみるか」
「……私は引き続き先生とロイのお守りをしてるわ。別に行っても良いんだけど、虫の卵とか幼虫とかは……ね」
ユウとヨハンは卵と幼虫と聞いてその光景を想像してしまい、げんなりとした顔をする。……昼食は軽めにしておこう。
「お、ここみたいだな」
ユウはアルヴァリスを停止させる。ヨハンもステッドランドを停止させ、大きく開いた洞窟の前に立つ。かなり大きな洞窟のようで、どれ程深いかはここからは分からない。しかし、少なくとも入り口から見える範囲は巨大な理力甲冑がそのまま入れる程の広さだ。
この洞窟は山の北側に位置しているため、日中でも陽がほとんど当たらない。ここに来るまでも多くのオニムカデと遭遇したが、洞窟に近づくにつれてその数が増しているためここで正解なのかもしれない。
「ユウさん、アレを仕掛けてみましょう」
ユウは言われてアルヴァリスの腰にくくりつけた袋を取り出す。中には大きな葉っぱが大量に詰め込まれていた。
「これが殺虫剤代わりか……」
さきほど昼食を取っているとロイの父親と仕事仲間が持ってきてくれたものだ。ユウ達がムカデ退治をすると聞いて急いで集めてくれたという。なんでも、昔からこの葉を燻したりお香に混ぜることで虫を殺したり防虫に利用するそうだ。何かしらの殺虫成分があるのだろう……しかし、いくら虫とはいえ魔物にも効くのだろうか?
二人は周囲を警戒しつつ、手早く洞窟の入り口から少し入った所で焚き火を始める。例の葉っぱから煙がもうもうと上がり出したのを確認した二人は急いで理力甲冑に乗り込む。
「少し離れていよう」
二人はいつ襲われてもいいように周囲に気を配る。……何も起こらない。いや、洞窟の中ではなく、森の向こうでオニムカデらしき影がのたうち回っている。どうやら効果はあるみたいだ。
「そろそろ乗り込んで……みますか?」
殺虫剤代わりの焚き火がほとんど燃え尽きたが、洞窟には特に変化が無い。もしかしてハズレだったのだろうか。一応、確認の為にも理力甲冑で探索してみることにした。
ヨハンはステッドランドで近くの木の枝を手際よく切り、何か作業をしている。
「即席の松明です。燃焼時間は短いけど、ちょっと調べる位なら十分っスよ」
洞窟の中は広く、理力甲冑が二機で歩くには十分な高さと幅になっていた。少し歩いてみると、何かが松明の明かりに照らされる。オニムカデだ。しかし、全く動かない。
「効果は有ったみたいだな。もう少し進んでみよう」
それからしばらくはオニムカデの死骸をいくつも踏み越えて洞窟の奥へと歩みを進める。外からは想像もつかなかったが、洞窟はかなりの長さだ。しかもだんだんと地下に降りている。あんまり深いところまで行くと空気よりも重いガスが溜まっているなどして酸欠の恐れがあるが、今のところ即席松明の火は順調に燃え続けている。
いくらか歩いた所で急に洞窟が広くなった場所に出た。今までの通路のような部分も広かったが、ここはさらに広いホール状になっている。向こうのほうは松明の明かりが届かず、ぼんやりとしか見えない。
……理力甲冑が駆動する時に発生する、何かが高速回転するような高い音が洞窟に反射する。キィンという音がこだまして聞こえるなか、何か妙な音が聞こえてくる。
「ユウさん、奥に何か居ます……!」
ヨハンが松明を掲げるがよく見えない。二機はゆっくりと奥に向かって歩く。広い空間にいるはずなのに何故か息苦しい気がする。あまり長居は出来ないか。
二人は暗がりに気を付けながら進んでいく。その時、ユウは明かりに反射しながら何かが動くのが見えた。なんだ、何が動いている?
……シャラ シャラ シャラ……
まるで木葉か金属片が擦れるような音だ。得体のしれない相手に緊張が高まる。
二機が謎の動く物体の正体に気が付いたのは、ソレにかなり近づいてからだった。あまりに大きいので最初は分からなかった。ソレはホールのほぼ中央に陣取り、非常に長い体躯をとぐろに巻いている。先ほどからの明かりの反射はとても頑丈な甲殻が黒光りしていたもので、妙な音は無数に生えた足が蠢く時に奏でられた音だった。




