表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大江戸巌窟殿 恨みは捨てない── ただ、置き場所を決める  作者: 真野真名
第三章 名前は穴の中

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

第八話|江戸を見下ろす

――決意は、まだ形にならない




 高いところに来たかったわけではない。

 だが、気づくと、巌助は坂を上っていた。


 江戸には、坂が多い。

 坂は、視線を変える。


 ***


 見晴らしの利く場所に立つと、屋根が並んで見える。

 瓦の色は、どれも似ている。

 似ているから、違いが際立つ。


 遠州屋の屋根は、もう分からない。

 探そうとも思わない。


 過去は、上から見ても、過去だ。


 巌助は、腰を下ろした。

 石は、冷たい。


 冷たい石は、判断を誤らせない。


 ここから見る江戸は、動いている。

 人が動き、金が動き、噂が動く。


 だが、流れは、いくつもある。


 一つだと思うと、飲まれる。

 複数だと分かると、選べる。


 巌助は、算盤を取り出さなかった。

 ここでは、算盤は役に立たない。


 代わりに、書付の一部を思い出す。


 名前。

 日付。

 動き。


 それらは、まだ線になっていない。



 復讐、という言葉が、頭をかすめる。


 だが、すぐに追い払う。


 復讐は、言葉にした瞬間、感情になる。

 感情になると、急ぐ。


 急ぎは、制度に捕まる。



 巌助は、自分がまだ「何もしない」と決めていることに気づいた。


 何もしない、という決断は、何かをするより、難しい。


 ***


 坂の下で、子どもが走っている。

 転んで、泣いて、立ち上がる。


 誰も、裁かない。

 誰も、正義を問わない。


 世界は、そうやって回っている。




 巌助は、ふと思った。


 ――自分は、どこまで行くのだろう。


 だが、その問いに答えを出さない。


 答えを出すと、道が一本になる。


 一本の道は、監視しやすい。



 江戸を見下ろすと、奉行所も、賭場も、問屋も、同じ大きさに見える。


 同じ大きさに見える、ということは、同じ距離にある、ということだ。



 巌助は、立ち上がった。


 決意は、まだない。

 だが、視線は、確実に変わった。


 下から見ていた世界を、上からも見られる。


 それだけで、次に動く準備は、整っている。



 江戸の空は、特別ではない。

 だが、見え方は変わる。


 変わった見え方を、急いで使う必要はない。


 巌助は、坂を下り始めた。


 上りより、下りの方が危険だ。

 足を取られやすい。


 だから、歩幅を小さくする。


 ***


 脱獄と遺産は、完了した。

 だが、復讐は、まだ始まっていない。


 始まっていないからこそ、静かだ。


 次に動くとき、巌助は、もう少年ではない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ