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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第三章 歯車男と夢の穴

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報告と新たな依頼

「なるほど、そんなことが…………」


 そうして無事にダンジョンを脱出した俺達は、今回の依頼を報告するため、ハーマンさんの家に来ていた。相変わらず……というか、以前より更に雑然とした部屋の中で、またも謎の黒いお茶をすすりながらの報告に、ハーマンさんが小さく頷く。


「にしても、夢幻坑道に奥があったとは……これは新発見ですよ!」


「え、ええ、そうですね。中に入って(・・・・・)確かめられなかった(・・・・・・・・・)のは残念ですけど」


 ハーマンさんとはそれなりに親しくなったが、それでもゴレミの事を全て説明するつもりはない。ハーマンさんなら何かと力になってくれそうな反面、本人が意図しないところでゴレミの情報がもの凄い勢いで拡散しそうだったからだ。


 故に、俺達は「発見機で夢幻坑道を見つけることには成功したが、坑道内には鉱石がなく、突き当たりから広間に繋がっていたが、そこに明らかにヤバそうな魔物がいたので入らずに戻ってきた」という感じで報告している。


 それだと続く誰かが広間に踏み込んだ時、脱出できなくて危ない? そこまでは知らん。明らかにヤバいと警告はしてるのだから、そこから先は自己責任だ。「これって入ったら出られなくなる罠っぽいですよね」とかそれとなく匂わせまでしたので、後は俺達よりずっと強い探索者が、準備万端で突っ込んでどうにかすることだろう。


「それに、坑道内に鉱石が存在しない状態があるとは……これは夢幻坑道の探し方そのものに問題が? それとも何か設定的に……」


「あの、ハーマンさん? そういう考察は、俺達が帰った後にしてもらえると助かるんですけど」


「おっと、失礼。興味を引かれることがあると、つい夢中になっちゃんですよ」


「ははは、構いませんよ。それじゃこれ、お返ししますね」


 もじゃもじゃ頭を揺らして笑うハーマンさんに答えつつ、俺は「夢幻坑道発見機」を返す。するとそれを受け取ったハーマンさんが、実物をしっかり確認してから小さく頷いた。


「ぱっと見で破損などはなし……はい、確かに。ただ夢幻坑道で鉱石が発見できなかったとなると、別で報酬をお渡しした方がいいですかね? でも僕、今ちょっと懐事情が厳しくて……」


「もらえるならもらいたいですけど、当初の条件にはないものですから、無理はしないでください。あーそれと、実は一つだけ手に入れたものがあって……」


 そう言いながら、俺は懐から薄い青緑色をした鉱石を取り出す。ゴレミの籠に入れなかったおかげで、俺達に唯一残された戦利品だ。


「これ、多分何かの金属ですよね? ひょっとして――」


「え……え? ええっ!? ちょっ、ちょっとそれ、よく見せてもらっていいですか!?」


「え、ええ。どうぞ」


 身を乗り出して顔を近づけてくるハーマンさんに、俺はその鉱石を手渡す。するとハーマンさんは食い入るように鉱石を見つめてから、ぽつりと言葉を漏らす。


「ま、マギニウムだ……」


「あ、やっぱりそうだったんですね。なら――」


「あり得ない! クルトさん、これどういうことですか!?」


「うぇぇ!?」


「落ち着くデス、ハーマン! マスターに壁ドンしていいのはゴレミだけなのデス!」


「これが落ち着いていられるわけないじゃないですか!」


 突然鼻息も荒く掴みかかってきたハーマンさんに、俺は思わず変な声をあげてしまう。すぐにゴレミが止めに入ったが、それでもハーマンさんの興奮は収まらない。


「いいですか? マギニウムというのはとても歩留まりが悪くて、それこそ籠一杯の鉱石を製錬しても、ほんのちょっとしか取れないんですよ! おまけに他の金属と混じりやすくて、精錬にはとても気を遣う、本当に面倒くさい金属なんです!


 なのにこれ! これ完全な純マギニウムじゃないですか! いや、勿論きちんと調べてみなかったら断定はできないですけど、でもこの輝きは間違いなくマギニウムです!


 これに一体どれだけの価値があるか……というか、これどうやって手に入れたんですか!?」


「は、はなして……はなして…………」


「ええ、話してください! さあ、さあ、さあ!」


「そうじゃないデス! 離すのはハーマンの方デス!」


 グッとゴレミが力を込めて、俺の肩を掴んでガクガク揺らしまくっていたハーマンさんを物理的に離してくれる。そのままぐったりとしていると、ローズが心配そうに声をかけてくれた。


「うぇぇ、きぼちわるい…………」


「クルトよ、大丈夫なのじゃ? ほら、お茶を飲んで一息つくのじゃ」


「おぅ……………………」


「ハッ!? す、すみません! ついつい興奮しちゃって……」


「ついついじゃないデス! 今度同じ事やったら、そのもじゃもじゃ頭を中途半端に毟るデスよ! できそこないのブロッコリーみたいにしてやるデス!」


「ふぐっ!? で、できそこないのブロッコリー……っ」


「クルトがお茶を吹き出したのじゃ!? あーもう、びしょびしょなのじゃ」


「わ、悪い。てか自分で拭くって……ブロッコリー……くくくっ……」


 俺は腹を押さえながら濡れた服を吹き、ローズは床やらテーブルやらを拭き、ゴレミはハーマンさんに説教し、ハーマンさんはもじゃもじゃ頭を若干しんなりさせながら説教される。数分ほどしてそのカオスな状況が終わると、俺達は改めてテーブルについて話を再開した。


「クルトさん、どうもすみませんでした」


「いやいや、もういいですから! じゃあ話を戻しますけど、俺がそれを拾ったのは、夢幻坑道のなかです。正確にはそこにこう……黒い水晶の柱? みたいなのが一本だけあって、それを割ったら出てきました」


「水晶の柱……? 僕は知らないですけど、夢幻坑道ではごく稀に精錬済みの金属みたいな鉱石が手に入ることがあるというので、それのことでしょうか?


 他に鉱石がなかったのは、その水晶柱があったから? それとも同時に精製されないという条件が――」


「ハーマン? 毟るデスか?」


「ひえっ!? す、すみません! もうやらないですから、毟らないでください!」


 ゴレミに睨まれ、ハーマンさんが怯えた感じで身を仰け反らせる。そのまま数回深呼吸すると、改めて俺に話しかけてきた。


「ふぅ……初回でそんなレアものを見つけて、しかも中身がマギニウムだなんて、クルトさん達はとんでもない幸運に恵まれてるみたいですね。いいなぁ、僕もあやかりたいです」


「ハハハ、デスネー」


 羨望の眼差しを向けてくるハーマンさんから、俺はそっと顔を逸らしつつそう答える。あの広間には水晶柱しかなかったので、むしろ俺としては普通はどんな風に鉱石が配置されてるのかの方が興味があるが……まあそれは今言うことでもないだろう。


「ならハーマンさん。それを使ったら、前に言ってた『歯車の剣』の本当の状態……『歯車の鍵』を作る事ってできますか?」


「ええ、これだけあれば十分です! というか、作らせてもらえるんですか!? これ売れば相当な大金になるんですよ!?」


 念を押して確認してくるハーマンさんに、俺は仲間の方を振り返る。するとゴレミもローズも太陽のように輝く笑顔を浮かべて、しっかりと頷いてくれる。


「ええ、お願いします。勿論金は金で欲しいですけど、せっかくそんな貴重なものが手に入るっていうなら、それを選ばないのは勿体ないじゃないですか」


「お金で買えない価値があるのデス!」


「人は飯のみで生きるに非ず、なのじゃ!」


 俺の浪漫を、探索者としての生き方を、この二人は笑って受け入れてくれた。なら俺が尻込みするなんて格好悪いことができるはずがない。


「いつになるかはわからないですけど、いつかきっと、俺はその鍵に合う穴を見つけてみせます! そしたらその時は……」


「ふふ、お土産話を楽しみにさせてもらうよ」


 俺の差し出した右手を、ハーマンさんがガッチリと握り返してくれる。未知の場所からギリギリで生還したばかりだというのに、俺達の胸には夢幻坑道なんて比較にならないくらい、夢と浪漫が満ちあふれていた。

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