ダンジョンの秘密
「時にエフメル殿。エフメル殿達の目的がエフメル殿の娘を改めて生み出すことというのはわかったのじゃが、それとゴレミが記憶を吸い出されて消されそうになっていたことには、一体どのような関連があるのじゃ?」
「あっ、そうだよ! むしろそっちの方が重要じゃねーか!」
軽くお茶を飲んでからのローズの発言に、俺もまた声を上げて同意する。確かに『目的』はわかったが、それとゴレミを犠牲にしようとしたことがまだ繋がらない。
「というか、そもそもその……『死んだ娘と同一の存在を作り上げる』などということが可能なのじゃ? 妾にはそれこそ死者蘇生と同じくらい難しいことに思えるのじゃが」
「ふふふ、それについては大丈夫さ。君達は『魂の絆』という概念を知っているかい?」
「そうる……? いや、知らないです」
「だろうね! 何せこれは僕が発見した概念だからね! そりゃ知らないよね!」
「っ……」
もの凄いドヤ顔で語るエフメルさんにちょっとだけイラッとしたが、俺は唇を噛みしめて耐える。するとそんな俺の心配りを無にするように、ゴレミがペシッとエフメルさんの後頭部を引っ叩いた。
「父ちゃん、今のはかなりウザかったデス。ゴレミポイントがマイナス七なのデス」
「えっ、何それ!? トータルがどのくらいある中での七なの!?」
「それは秘密なのデス。でももうちょっとマイナスになると、父ちゃんのことをハカセと呼ぶことになるのデス」
「そんな他人行儀は嫌だよ!? くっ……」
「あの…………」
「あー、すまない。また話が逸れちゃったね。へへへ……」
「今ので更にマイナスなのデス」
「がふっ!? え、えーっと……極めて簡単に纏めると、『魂の絆』とは『縁のある魂同士は引かれ合う』という理論さ。遠く離れているのに相手のことを感じられる、言葉を交わしていないのに相手の意志が理解できる……そんな経験、ないかい?」
「それは……ありますね」
「だろう? 魂というのは水滴のようなものだ。全ての魂が揺蕩う海のような場所からぽちょんと跳ね上がって生まれ、死ぬと落ちて海に還る。だが縁のある水滴同士は細い水の糸で繋がっていて、そこにネットワークが構築される。
するとどうなるか? 本来なら海に還ってしまえば他と混じり合ってしまう水滴を、その糸で引っ張り上げることができる。死んで海に還った人間の水滴だけを、狙って引き上げることができるって寸法さ!」
「おぉぉー。何か凄そうですね」
「待つのじゃ。そんなことができるなら、それこそ死者蘇生が叶うのではないのじゃ?」
とりあえず凄そうと驚く俺の隣で、ローズが怪訝な表情を浮かべて問うた。それに対しエフメルさんは、渋い顔で首を横に振る。
「確かに万全の準備を整えた状態で死んだ直後なら、あるいはできる可能性がある。でも命というのは、生まれた瞬間から死に向かって進んでいくだろう? 放っておいても落ちていく水滴を引き上げるには莫大な力が必要になるんだ。
もし完全に引き上げる……つまり死者の魂を現世に呼び戻そうとすれば、その世界に生きている人間の半分くらいが犠牲にならないとできない。理論上可能でも、実現はほぼ不可能ってやつだね」
「っ……」
何気なく告げられたその言葉に、俺は息を飲む。一人生き返らせるのに世界の半分の命が必要……逆に言えば、世界の半分を犠牲にすれば誰か一人が生き返れるかも知れないってことだ。
もしも世界を支配するような大国の王様が復活を願ったりしたら? その先にあるであろう惨劇は、想像に難くない。
「今妾は、エフメル殿が賢明であったことに心から安堵したのじゃ」
「だな」
正しくはないかも知れないけれど、致命的には間違えていない。知らず息を吐く俺達を前に、エフメルさんが更に話を続ける。
「ま、そういう意味でもエフメルの目的が娘の蘇生じゃなく再現……再誕で妥協されていたのは幸運だったね。
とはいえ再誕だって言うほど簡単じゃない。どうにかして水面まで魂を引き上げ、そこから情報をサルベージするだけでも困難極まりないし、そもそもその情報を書き込むための新しい魂をどうやって用意するかって問題もある。
試行錯誤はまだまだ続き……しかし遂に僕はその答えに辿り着いた! それがこのダンジョンシステムさ!」
「あ、そう言えばダンジョンも作ったってことでしたよね」
すっかり流してしまっていたが、このダンジョンという不思議空間もエフメルさんが作ったということだった。ちょっと前のめりに聞く姿勢になった俺に、エフメルさんが上機嫌で語り続ける。
「魂を引き上げるために解決しなければならない一番の問題は、それだけのエネルギーを何処から調達するかだった。エフメルのいた世界は文明の発達に伴って人の死が大分遠くなっていたし、仮に大戦争とかが起きたとしても、それだけのエネルギーを海に返さず保持してしまったら、世界に命が巡らなくなって滅んでしまいかねない。
だが幸いにも、僕は魂の研究をする過程でその海が自分達の世界の外までずっとずっと広がっている……つまり世界というのは数え切れない程沢山あるのだということを突き止めた。
なので僕はまずアルフィアを作り上げ、他の世界の情報を集めさせた。そうして必要な量を集め終えると、元の世界にあったリソースの全てを費やし、世界の狭間……他の何かに干渉されず、可能な限り魂の海に近い場所にこの場所に<魂の揺り籠>を構築し、アルフィアが集めた情報をベースにして世界の一部を模倣した最初のダンジョンを作った」
「おぉぉー」
「うむん? 待って欲しいのじゃ。他の世界を模倣したのがダンジョンということなら、その中にいる魔物はどういう存在なのじゃ?」
「ん? ああ、あれは元になった世界にいた生命の『影』だね。そしてあれらの元……海に還れなかった魂の澱みである『くらやみのしずく』こそが娘の魂を引っ張り上げる重りなのさ。
あー、ただ『影』と『くらやみのしずく』は別物だよ? 確かベリルから情報が……データベース検索…………そうそう、君体は自我を持つ魔物と出会ってるね。
その魔物が持っている生前の……あるいは前世の知識は、世界をコピーした時に一緒に残された情報であって、あの魔物個人のものじゃない。
もっとわかりやすく言うなら、君達がオヤカタと呼ぶドワーフや、ジルと呼ぶエルフ。彼らが死ぬと確かに今の意識は失われてただの魔物と同じになるけれど、またいつか何処かで別のドワーフやエルフの個体が、オヤカタやジルの記憶を自分の過去として思い出す可能性がある」
「えぇ……?」
「つまりあの者達は、自分がオヤカタ殿やジル殿だと思い込んでいるだけで、全く関係のない別人ということなのじゃ?」
「端的に言うとそうだね。更に言うなら、本当の意味でそう呼ばれていたドワーフやエルフは、彼らとは一切関係なく元の世界で普通に生活していたと思うよ。流石に経過してる時間が時間だから、もう生きてはいないと思うけれどね」
「そんな…………っ」
あまりの事実に、俺は胸が締め付けられるように痛む。だがそんな俺に、エフメルさんが優しく微笑んで声をかけてくる。
「なに、そう悲観することはない。確かに彼らが思い出した過去は、何処かの誰かのものだったんだろう。だが彼らが生きて過ごした時間は紛れもなく彼らのものだ。
たとえばジルがダンジョンから出るために研鑽を重ねたことや、オヤカタが妖精と邂逅し、その帰還に尽力したこと。そして二人が君達と出会って過ごした時間は、皆彼らだけの本物の人生だった。
それに彼らの存在を否定したら、僕達の『目的』もまた否定されると思わないかい?」
「あっ……」
言われてみれば、死んだ人間がその知識や記憶を保持して蘇るというのは、エフメルさん達が目指す『完全な人』の在り方とそっくりだ。気づいて声を上げる俺に、しかしエフメルさんが苦笑する。
「もし魂を留めおくシステムが娘が死ぬ前に完成していたら、『目的』の達成はずっと楽だったろうね。まあそれこそ考える意味のないことだけれど。
それにダンジョンの外に出られないとか、澱んでしまった記憶が完全には蘇らないとか、欠点も多い。興味深くはあるけれど、それだけだよ。
さて、それじゃ長くなったけど、最後にどうしてゴレミが『目的』のために必要だったか話そうか」
いよいよ、一番知りたかった確信に触れる。緊張で乾く喉をお茶で潤しつつ、俺達は真剣にエフメルさんの次の言葉を待った。





