笑顔を願う気持ち
「クルトよ、これは……っ!?」
「ああ、半端ねーな」
いきなり変な泡が出てきたと思ったら、次はまさかの歯車。更にダメ押しでゴレミにしかできねーと思っていた変身まで決められ、俺の背筋にはこれ以上無いほどの寒気が走っている。
実のところ、ゴレミと違ってアルフィアの見た目は何も変わっていない。だがわかる。あれは別物だ。
熱が、命が空間を満たし、まるで水の中にいるかのような息苦しさを感じる。だがそんな状況で、俺は思わず笑みをこぼす。
「へへっ……」
「? 何がおかしいのですか? ああ、それともあまりに強大な力を目の当たりにしたことで、気でも触れましたか?」
「いやいや、俺はまともさ。ただちょっと嬉しい発見があったんでな」
「……それは何かと、聞いても?」
「勿論。一つ目は、あんたはやっぱり、ただ冷たいだけのゴーレムじゃなかったってことだ」
半分は自分のことだから、俺にもわかる。<心核解放>に必要なのは、心の絆だ。俺がどれだけ強くなっても、ゴレミがどれだけ優れたゴーレムであっても、そこに心がなかったら絶対に為し得ない。
ならばそれを使ったアルフィア……アルフィアさんは、間違いなく心が、魂がある。ならば俺達には、最後の切り札が残されている。
「そしてもう一つは……これだ! <歯車連結>、<記憶再現>!」
剣を抜き、歯車を繋ぎ、そしてスキルを叫ぶ。すると俺の手の中で剣の形がめきめきと変わっていき……
「っ!? それは!?」
「どうだ。こいつが俺達の切り札だ!」
現れたのは、水滴を二つくっつけたような空色の弓。驚愕するアルフィアさんに、俺はニヤリと笑みを見せる。
これぞオヤカタさんがこの剣につけてくれた最後の能力。一つだけ任意の武装を記憶し、それを再現する能力だ。
ぶっちゃけ「記憶」させるのがスゲー大変だから『約束の蒼穹』以外を覚えさせられる気はしねーんだが、最強の武器を再現できるなら、他なんて必要ない。
「まさかイリスの武器を再現できるとは……ですがそれは、イリスがいなければ使えないはずです。仮に貴方が使えるのであれば、それは形だけを真似た紛い物ということになります。どちらにせよ脅威にはなりません」
「ああ、そうだな。こいつは本物だから、俺には引けない。でもゴレミなら……ここにいるぜ」
言って、俺は鞄から無骨な石の籠手を取りだし、左手にはめる。
「? 何ですか、その見窄らしい籠手は。随分と酷い出来のようですが」
「ははは、確かにこれは防具としては欠陥品さ。石だから関節は曲がんねーし、防御力だって大したことねー。でも言ったろ? こいつは……ゴレミなんだよ!」
俺が<底なし穴>でヘマした時、助けに来てくれたゴレミはその過程で左腕を自ら破壊した。それは後に回収されたが、変身の影響か左腕は元に戻っていたため、その腕が修復に使われることはなかった。
捨てるには忍びない。だが使い道があるわけでもない。そんなゴレミの腕を加工して作ったのが、この籠手である。
ちなみにこれを作成したのは、ゴレミの変身後の能力を色々と検証しているとき、たまたま壊れた腕を使っても弓が引けると判明したからだ。流石に腕そのままを持ち歩くのは色々と問題があったので、ヨーギさんに頼んでこの形にしてもらったわけだが……それが今、ここで生きた。
「ってわけだから……いくぜローズ!」
「うむ! ネックレスも消えてしまったから、これが正真正銘最後の魔力なのじゃ!」
俺の左側に立ち、ローズが籠手に触れてくる。俺とゴレミとローズ、三人の左手が重なったことで、『約束の蒼穹』の弦がゆっくりと引かれていく。
「……いいでしょう。ならば私も全力を尽くしましょう」
対するアルフィアさんもまた、杖を掲げてそう口にする。すると周囲に浮かぶ泡が杖の先端に集まっていき、黒い円環を伴う光の球となっていく。
「もっとだ! もっと……もっと、もっと!」
「ぐぅぅぅぅ……これが限界なのじゃ……っ!」
アルフィアさんの光球の育ち具合に対して、『約束の蒼穹』の引き絞りが遅い。
くそっ、何でだ? 手はあくまでも使用条件をクリアするためだけのものだから、力が足りねーってことか?
(このままじゃ負ける? どうすれば……もっと力を…………っ!?)
焦る俺の顔の側に、不意に一つの泡が近づいてきた。そこに映し出された光景に、俺の意識が吸い込まれる。
――「おい、マール。お前はどうしてこの剣が欲しかったんだ?」
――「親方? 何だよ突然」
俺のなかに、俺の知らない誰かの会話が響く。
いや、知ってる? 片方は多分、オヤカタさんだ。それにもう一人も……?
――「今作っているこの剣ならば、お前の強大な<歯車>の力にも耐えられるだろう。だがこれほどの力を、お前は何に使う? 一体お前は何を目指している?」
――「ははっ、そんなの決まってるじゃん! 俺が力を振るうのは、いつだってフィアの……みんなの笑顔のためさ! 誰一人かけることなく、最後は『ああ、楽しかった』って終わらせるために、俺は剣を振るうんだ!」
――「……そうか。ならば俺も、その気持ちに応えられる剣を作ろう」
――「ああ、頼むぜドルカン親方! 俺達の未来のために、最強の剣を打ってくれ! あと俺の名前は廻だから! マールじゃねーから! 何回も言ってるけど!」
――「おや、ここにいましたかマール」
――「フィア!? 何で被せてくんの!? いつもは普通に廻って呼ぶじゃん!」
――「その方が面白そうだったので」
――「辛辣ぅ!」
「…………ああ、そうか」
「クルトよ、どうしたのじゃ!?」
「何でもない。大事なことを思い出した……いや、伝えられただけさ」
泡は既に俺の側を離れ、光球に吸い込まれてしまった。だがもう十分だ。お節介な何処かの誰かのおかげで、俺は大事なことを思い出せた。
そうだよな。みんなが笑顔の結末……それが目指すべき唯一の未来。そのために必要なのは敵を倒すことじゃなく、大切な誰かを救うこと。
「なあ、アルフィアさん……あんたにとって、ゴレミは何だ?」
「イリスは我が創造主が、その目的のために作った最後の妹です」
「いや、そうじゃなくて。アルフィアさんにとってのゴレミだよ。目的の為に作られたとか、そういうんじゃなくてさ。アルフィアさんにとってのゴレミは、一体何なんだ?」
「それは…………」
アルフィアさんの言葉が止まり、少しだけ考え……そして口を開く。
「妹です」
「そっか、妹か……ならあんたにとって、妹がその……目的? のために犠牲になるってのはいいことなのか?」
「当然です。我々はそのために作られたのですから」
「なら質問を変えよう。その目的以外でゴレミが犠牲になるのはいいのか?」
「駄目に決まっているでしょう。イリスは私の妹なのですから」
ただ一瞬の迷いもなく、アルフィアさんが断言する。聞きたかった答えが聞けて、俺の体から余計な緊張が抜ける。
「そうか……なら何の問題もない。俺はこの一撃で、ゴレミもあんたも一緒に救う」
「何を世迷い言を。私は貴方に救ってもらうことなど何もありませんが?」
「いーや、あるね! 俺達全員が笑顔で『ああ、楽しかった』って結末を迎えるには、あんたの存在も必要なんだよ!」
「っ!? 貴様がそれを口にするのかっ!」
アルフィアさんの顔が、大きく歪む。自分の大事な思い出に不用意に触れられたことに強い怒りを覚えたんだろう。
だが俺は怯まない。まっすぐにアルフィアさんを見つめ返しながら左手に力を込める。するとあれほど固かった弦が、今はスルリと簡単に引ける。
はは、そうだよな。そりゃ大事な姉ちゃんを傷つけるのは嫌だったよなぁ。でも助けるためなら力を貸してくれる。自分が捕まってるくせに……そういうところもお前らしいよ。
「……貴方は決して強大な敵ではなかった。貴方は決して凶悪な盗人でもなかった。
それでも貴方は、私がこの力を振るうに相応しい相手だった」
「あんたは馬鹿みたいに強かった。あんたは決して倒すべき悪党なんかじゃなかった。
それでも俺は、あんたを救ってゴレミも助ける」
「…………妹を助けに来てくれたことは、私のデータベースに刻みましょう。さあ、永劫の封印のなかで眠りなさい。閉じろ、『時忘れの封樹』!」
「目的とかいう訳のわかんねーもんのために、これ以上何も犠牲にはさせねー! 届け、『約束の蒼穹』!」
アルフィアさんの杖から放たれた光球と、俺達の放った歯車の矢が激突する。それは激しい閃光を放ちながらせめぎ合い、拮抗する。しかし――
「押し負ける!? 何故私の方が!?」
「そんなの決まってるだろ。俺達がゴレミを助けたいと心から願っているように……あんたにとっての誰かも、あんたを助けたいと思ってるのさ!」
「そんな……私は…………っ」
光る矢が地平を貫き、アルフィアさんの体がフラリと地に落ちた。





