成長の先
「ブフォォォォォォォォ!!!」
「な……っ!?」
<原初の星闇>、第二〇層。再び現れたボス広場に踏み込んだ俺達の前に現れたのは、<底なし穴>にて俺達をギリギリまで追い込んだ、あの武装オークであった。
確か正式名称はオークスローター……だったか? ま、名前なんてどうでもいい。重要なのは、今また俺達の前にこいつが立ちはだかったということだ。黒いけどな。
「チッ、よりにもよってお前がくるのか……」
まるで向かい風に晒されているかのような威圧感に、俺の足が自然と一歩下がる。<永久の雪原>でゴレミに弱音を吐いたことがあるように、死にかけた恐怖ってのはなかなか消えてはくれないらしい。
「大丈夫デスよ、マスター」
「ゴレミ?」
だがそんな俺の背中に、ゴレミがそっと手を添えて押してくれる。振り返った先にあったのは、何処までも優しく、何処か楽しそうですらある笑顔だ。
「今のマスターなら、あんな奴に負けたりしないのデス! それにいざとなったら『約束の蒼穹』でぶっ飛ばしちゃえばいいのデス!」
「それに妾だっておるのじゃ! 今なら万全な状態で焼き尽くしてやれるのじゃ!」
「……ははっ、そうだな。確かにそうだ」
一度は倒した相手。しかもあの時は偶然だった切り札が、今は制御可能な状態で俺達の手元にある。
加えて俺達全員が万全な状態だ。こんな豚面野郎なんて恐れる理由は何もない。
「へっ、なら今回もサクッと乗り越えてやるぜ! うぉぉぉぉ!」
「ブフォォォォ!」
抜き身の剣を手に、走り込んで一閃。上段からの渾身の斬り降ろしは、しかしオークスローターに受け止められてしまう。互いの剣が打ち合ってせめぎ合い……くっ、やっぱり力が強いな……だが!
「まだまだ……<筋力偏重・セカンド>!」
発動したスキルにより、俺の筋力が二割増しになる。だがそれでもまだ足りない。なら……
「やってやる! <筋力偏重・サード>!」
遂に可能となった筋力三割増し。わずかの差で押し負けていた状況が一転し、俺の剣がオークスローターの剣を押し返し始める。するとこのままでは負けると悟ったからか、オークスローターが剣を引き、代わりに蹴りを放った。
俺の速度は現在五割減。水中どころか底なし沼にでも浸ってるかのように体が重く、その蹴りを回避するのは不可能。防御力は変わってねーから、これをまともに食らえば骨折くらいは覚悟しなければならないだろう。
だが俺に焦りはない。成長したのは何も俺だけじゃないのだ。
「巻き付くのじゃ、フレアウィップ!」
「ブフォッ!?」
剣を引いて蹴ってきた……つまり体勢を崩して回避できる状態ではなかったオークスローターに、俺の背後に控えていたローズの指から伸びた炎の鞭が巻き付いていく。
必然、オークスローターは俺への蹴りを中止してズシンと床を踏みしめ、すぐに炎の鞭を振りほどこうとした。だが炎は炎。いくらこいつが力自慢でも、単なる炎を引きちぎることなどできるはずもない。
「ブフォォォォ!」
「おいおい、そいつは――」
「やらせないのデス!」
怒ったオークスローターが、炎の出所であるローズを直接攻撃しようとする。だがそんな隙を見逃してやるほど俺達はお人好しじゃない。正面からのタックルをゴレミがガッチリと受け止め、がら空きの背中に俺が斬りつける。
「やっぱ頑丈だな! でも無敵にゃほど遠いぜ!」
「ブフォォォォ! ブフォォォォ!」
速度五割減は流石にヤバいので<筋力偏重>を解除したため、オークスローターの頑強な皮膚を深く斬りつけるのは難しい。が、たとえ浅い傷口だろうと、そこを現在進行形で炎に炙られたら痛いに決まってる。
「ブフォォォォォォォォ!!!」
俺か、ゴレミか、ローズか。獲物を選べなくなったオークスローターが、やけくそ気味に剣を振り回す。なのでゴレミが慌ててローズを抱えて飛び退き、俺もまた後ろに飛んで距離をあけた。
「ブフォォォォ……ブフォォォォ…………」
「へへへ、随分辛そうだな? ならそろそろ楽に――」
「クルトよ、今度は妾達でやりたいのじゃ!」
「ゴレミ達で目に物見せてやるのデス!」
俺が最後の詰めをやろうとしたところで、不意にローズがそう声をかけてくる。その横にはゴレミもいて、やる気満々の表情で拳を握っている。
「はは、そうか。わかった、じゃあ二人に任せる」
「うむ! ではゴレミよ、ゆくのじゃ!」
「オッケーなのデス!」
ゴレミが右手をまっすぐに挙げると、そこにローズが発動したフレアウィップが巻き付いていく。するとその熱でゴレミの拳が赤熱していき、やがて周囲に強い熱気が漂い始める。
「ゴレミの拳が真っ赤に燃えるデス! 今必殺の、バーニングゴレミパーンチ!」
「ブフォォォォッ!?!?!?」
文字通り死ぬほど熱いであろうゴレミの拳が、オークスローターの腹部に命中した。ジュワジュワと音を立て、焼くどころか溶かす勢いでめり込んだゴレミの拳が引き戻されると、オークスローターは大穴の空いた腹を苦しそうに押さえながら前のめりに倒れ込み、そのままその巨体を黒い霧に変えてしまった。
「やったのじゃー! 妾達の勝利なのじゃー!」
「清楚な乙女の二人はゴレキュアなのデス! ユリでバラな奇跡のコラボなのデス!」
「お見事! お疲れさん」
相変わらず言ってることは謎だが、それはそれとして俺は二人をねぎらう。実のところ同じようなことは俺とローズでもできるのだが、俺とローズだけでなく、ローズとゴレミでも使えるという汎用性の高さは大事にするべきだ。
それに『約束の蒼穹』は使用制限もある本当に最後の切り札だからな。「俺達と一緒に戦いたい」というゴレミの願いからしても、こうして協力技が使えることはいいことなのだ。
「で……ここはこれで終わりか? てっきり一〇層の時みたいにオークスローターがぞろぞろ出てくるかと思ったんだが」
「大丈夫みたいデスね。あれは五層くらい下の魔物のはずデスから、普通に単独でボス扱いだったんだと思うデス」
「しかしその割には、あまり苦労した感じはないのじゃ?」
「だよな。むしろ数で押された分、一〇層の方がキツかった気がするぜ」
「マスター達が地道に魔物を倒しまくっているので、想定より強くなっているということもあるデスけど……あとはまあ、当然ボスにも強さの波があるデス。強いボスに当たるほど勝ったときにはいいものが手に入りやすくなるデス」
「なるほど。ならサックリ倒せる魔物だったってのは、幸運でもあり不幸でもあるってことか」
「となると今回はそこまで期待できぬのじゃ?」
そう言ってローズが視線を向けた先には、金色に輝く宝箱がある。その色自体は素晴らしいのだが、先に中身は今ひとつかもと告げられたことで、俺達はまあまあの期待を込めて箱の蓋を開けると……中には組み立て式の魔導具らしきものと、スゲー上手そうな肉が入っていた。
「魔導具と……肉?」
「説明書きがあるのじゃ。なになに……携帯焼き肉セットと、最高級肉? え、そういうのもあるのじゃ!?」
「焼き肉って……」
食ったら美味いんだろうが、ダンジョン探索にはこれっぽっちも貢献する気がしない。思わず拍子抜けした声を出す俺に、しかしゴレミが強い言葉で否定してくる。
「そんなにガッカリしては駄目なのデス! 美味しい食事は日々のモチベーションを高めるために、とっても重要なのデス! 特に最近のマスター達は腕輪のせいであんまり飲食をしないデスから、きっとこれを食べたら感動するのデス!」
「……言われてみれば、そうかもな? ならせっかくだしみんなで食うか。ここって確か、一回ボスを倒すとしばらくは安全地帯になるんだよな?」
「そうデスね。ゴレミが知っている仕様のまま変更されていないなら、部屋の外に出ない限りは二時間くらいは外から魔物が入ってくることもないのデス」
「なら安心して肉を焼くのじゃ!」
「で、焼けたらゴレミも変身して、一緒に食おうぜ」
「え!? ここで変身しちゃっていいデス?」
「当たり前だろ! せっかく切り札を温存したのは、むしろここで使うためだ」
「絶対そんなことないのデス! 完全に行き当たりばったりの発言なのデス! でもゴレミも二人と一緒に食べたいので騙されることにするのデス!」
「うむうむ。嘘も方便なのじゃ」
手早く魔導具をセットし、やたら高そうな肉を豪快に切って焼く。それができあがったらゴレミを<心核解放>し、分厚いステーキにお揃いのギザギザスプーンを突き立て、口へと運ぶ。おぉぉ、これは……!?
「「「美味ーい!」デス!」のじゃ!」
とろける肉の食感に、感想の言葉まで揃う。ああ、こりゃ美味い。そして確かにやる気が湧く。ゴレミの言う通り、食べなくてもいいからといって食事が不要になるわけではないというのを、俺は強く実感した。
「マジ美味いな! てかこれ何の肉なんだ? 最高級だけじゃわかんねーんだが……」
「さあ? オークを倒した宝箱じゃから、オークの肉……なのじゃ?」
「美味しければ細かいことはいいのデス! それよりマスター、ゴレミには五分しかないのデス! 早急にお代わりを要求するのデス!」
「わかったわかった。ほれ、焼きたては熱いぞ」
「ハフハフハフッ! はふいへほほいひーのレフ!」
久しぶりに食事の楽しさを思い出しながら、俺達はそうしてやたら美味い肉を堪能するのだった。





