それぞれの適正
そうしてダンジョン探索とは全く関係ない謎を微妙に頭に残しつつも、俺達は無事に第三層へと至る螺旋階段に辿り着くことができた。当初の予定では階段の途中で野営するつもりだったのだが、ここで問題が生じる。幅が細い螺旋階段は、横になって眠るのに適していなかったのだ。
考えてみれば当たり前のことだが、これはまいった。下手に寝返りを打つとそのまま横や下に落ちてしまいそうだったので、俺達は階段での野営を断念。魔物が襲ってくるリスクを承知で、第三層の入り口付近で寝ることとなった。
ちなみに第二層ではなく第三層を選んだのは、これもやはり「落ちる」リスクを最低限にしたかったからだ。見張りをしつつ仲間の様子も確認し、落ちないように気をつけ続けるってのは大変だからな。
ということで、翌日の朝……と思われる時間帯。懸念されていた魔物の襲撃もなく、俺達は普通に目覚めて飯を食っていた。
「何とか夜は乗り越えられたな」
「そうじゃな。まあ特に何かをしたわけではないのじゃが」
「何もないのはいいことなのデス。はいマスター、お水デス」
「おう、ありがとな」
ナッツや干し果物などがぎっしり詰まったちょっとお高い携帯食を囓りつつ、ゴレミの差し出してくれた水を飲む。<空間拡張>の背負い鞄を買ったことで水を節約する必要がないのは本当にいい。
まあそれを言うなら水を生成する魔導具とかを買えばいいんだが、あれも決して安いもんじゃねーのと、そもそもこの町では売ってなかったのだから仕方ない。まあ現状は生活用水全部魔導具でまかなってるわけだからな。個人にまで回す余裕はないんだろう。
「さて、食ったら第三層を回るぞ。二人共体調は平気か?」
「ゴレミはいつでも元気いっぱいなのデス! いっぱいおっぱいなのデス!」
「何故急にそんなことを言うのじゃ!? 妾も平気なのじゃ。やはり平らなところで寝られるのは楽なのじゃ」
「だよなぁ。あの階段に座って寝るのは厳しそうだ」
座った状態で目を閉じているのと横になって眠るのとでは、体の休まり具合が全く違う。頻繁に魔物に襲われて目が覚めるとかなら階段に引っ込むのも考えていたが、全く襲われずゆっくり休めたのは実に幸運だった。
「んじゃ行くか!」
「「おー! なのじゃ!」デス!」
元気に声を掛け合い、俺達は第三層の探索に乗り出す。程なくしてここでも魔物が現れたが、そのシルエットはゴブリンでもコウモリでもない。
「ん? 何だこいつら? 見たことねー感じだけど」
「人型ではあるが……人形? 黒くてよくわからぬのじゃ」
「あっ! これはドグーファイターなのデス!」
首を傾げる俺とローズの横で、ゴレミが魔物の名を呼ぶ。
「ドグーファイター? 何だそりゃ?」
「体が陶器でできてるゴーレムの魔物なのデス。ゴーレムなので力は強めで、動きも割と速いのデス。あと体が硬いので弱い矢とかの遠距離攻撃は通じないデスし、魔法に対してもかなり高い耐性があるデス」
「ほーん。なら……食らえ、歯車スプラッシュ!」
現れた黒いゴーレムに、俺は歯車の雨をお見舞いしてみる。するとカンカンという高い音を立てて俺の歯車がゴーレムの体に弾かれた。
「本当だ、全然効いてねーな」
「妾も試してみるのじゃ! クルト、誘導を頼むのじゃ!」
「わかった。ほらほら、こっちだ!」
「フォォォォォ……」
俺が声をあげて意識を引くと、俺の胸くらいの背の高さがあるドグーファイターが洞窟を吹き抜ける風みたいな音……声? をあげながら向かってくる。ずんぐりむっくりした体型の割にはちょこちょこと動きが速い。
「確かにゴブリンより速いな……っと、そこだ!」
ひょいと俺が体をかわしたところで、ドグーファイターがローズの仕掛けたフレアトラップを踏む。するとその体が瞬時に炎に……包まれない?
「あれ? どうしたローズ、不発か?」
「そんなはずないのじゃ! 魔法はちゃんと発動しておるのじゃ!」
「足が赤くなってるデスから、ちゃんと熱くなってはいるデス。でも陶器だから燃えないのデス。物理的な力以外はほぼ無効なのデス」
「むぅ、確かにこれは……いや妾なら全力を出せば、陶器を再び焼き溶かすことくらいできるはずなのじゃ?」
「おいおい、無茶すんなよ!? 俺が側にいるのにそんな火力だされたら、俺が焼け死ぬからな!?」
ローズは自分の魔法では燃えないだろうしゴレミも平気なんだろうが、俺はただの一般人なので、そんな熱源が側にあったら普通に火傷して死ぬ。にしても……
「力も強くて動きも速くて、魔法や遠距離攻撃が通じない? 大分強い気がするんだが、何でそんな魔物が第三層なんて浅い層にいるんだ?」
「それは……攻撃してみたらわかると思うデス」
「そうなのか? ならやってみるか……ローズ、魔法は消しといてくれよ?」
「わかったのじゃ。解除したのじゃ」
触ったら火傷する熱さを維持されたりしたら、むしろ俺の方が困る。ローズが魔法を解除したのを確認すると、俺は剣を抜いてドグーファイターに斬りかかった。
すると奴はあろうことか、素手で剣を受け止めた。太くて短い腕の先端についた妙に小さな手がガッチリと刃を掴み、俺の剣が動かなくなる。
「チッ、確かに力がつえーな。離せ! 離せオラ!」
「フォォォォォ……」
オヤカタさんの鍛えてくれた剣がこの程度で折れるとは思えねーが、かといって無造作に掴まれているのは業腹だ。俺はドグーファイターの腹に何度も蹴りを入れるが、正しく石を蹴っているような感触でダメージを与えている気がしない。
するとドグーファイターが、空いている左手を俺の方に伸ばしてきた。この力で掴まれるのはヤバい。なら一旦剣を手放して距離を取る? 馬鹿言え、武器なしじゃこの硬い体を傷つけるのは無理だろ。
ならどうする? ゴーレム相手に力比べしても…………ん?
「これでどうだ!」
「フォォォォォ……」
互いに引っ張り合っていた剣を、俺は思いきり押し込む。すると急に力の方向が変わったドグーファイターはそれに対応しきれず、そのまま上半身がぐらりと倒れて……
パリーン!
「フォォォォォ…………」
「お、おぅ!?」
床に打ち付けられたドグーファイターの頭が割れ、破片が飛び散る。驚きながらも取り戻した剣を構える俺の前で、しかし奴はそのまま立ち上がることなく黒い霧となって消えていった。
「……えぇ? え、終わりか!?」
「そうデス。陶器だから硬くて丈夫デスけど、中が空洞デスから限界を超える衝撃を受けるとあっさり割れちゃうのデス。諸行無常、切なさ炸裂なのデス」
「確かにこれは、第三層な感じなのじゃ……」
一定以下の力しかない相手にはほぼ無敵なのに、ちょっとでもそれを超えられるとあっさり負ける。その色んな意味で潔い在り方に、全員が微妙な表情を浮かべる。
「ま、まあ楽に倒せる分にはいいだろ。あーでも、これローズだと倒せねーのか?」
「うむ? 確かに妾の力では、押し倒すのも無理そうなのじゃ。攻撃を防ぐことはできるじゃろうが、流石に自分の殴った衝撃では倒れぬじゃろうしのぅ」
「ジャイアントバットがマスターと相性が悪かったように、ドグーファイターはローズと相性が悪いということなのデス。適材適所での対応が必要なのデス」
「なるほどなぁ、上手くできてるもんだ」
誰かにとっては楽勝の敵が、誰かにとっては強敵となる。バランスよくパーティを組んでいないと苦労するというのは、実にダンジョンらしい流れだ。
「ならこの層は、俺とゴレミが活躍できそうだな。その分ローズは……」
「頑張って隠し通路を探すのじゃ!」
「おう、期待してるぜ」
できないことを嘆くより、できることを頑張る方が楽しい。落ち込むのではなくやる気を見せるローズに、俺は笑ってそう声をかけた。





