お買い得には訳がある
予想外の追加収入があったこともあり、その後俺達はガッツリと準備を整えた。具体的には一〇日分ほどの保存食と水。それに加えてお高めの回復薬や装備の手入れに必要な油などを用意すれば、準備は万端である。
もっとも、それだけ準備したとてそんな大荷物普通なら運べない。ましてや<原初の星闇>では入った瞬間に身体能力が低下するのだから尚更だ。
しかしそれは、他の探索者パーティだって同じ。ならどうやってそれに対処しているのか? その答えは……今ゴレミが背負っている。
「どうだ、ゴレミ?」
「いい感じなのデス!」
開けて翌日、ダンジョンの入り口付近。いつもの背負い鞄とそう変わらない大きさの鞄を担いだゴレミが、俺の問いかけにそう言ってゆさゆさと背中を揺する。そのご機嫌な様子に無理をしている感じはない。
「はー、あれだけ大量の物が入ってしまうとは……<空間拡張>の鞄とは凄いのじゃなぁ」
「本当なのデス。隙間なく詰め込むのではなく、隙間そのものを広げるという逆転の発想なのデス!」
「いや、詰めるのは詰めろよ。そこまでスゲー入るわけじゃねーんだから」
感心するローズとアホな事を言うゴレミに、俺はいつも通りにツッコミを入れる。そう、これぞ新たに用意した切り札。全探索者の憧れである、見た目より大量の物が入る魔導具の背負い鞄こと、通称「拡張鞄」である。
「しかしクルトよ、よくこんなものが買えたのじゃ? 妾の記憶では、この手の魔導具は軽く億を超える値段だと思ったのじゃが……?」
「ははは、そこはちょっと抜け道というか、需要と供給の妙ってのがあってな。実はそれ、機能限定版なんだよ」
「限定版? 間違いなく荷物は入っておるのに、何が限定されておるのじゃ?」
「確かに荷物は入るけど、それだけなんだ。つまり、重量がそのままなんだよ。大量の荷物が鞄一つに収まったとして、重さが変わらねーならそんなの誰が持てるんだ?」
「あっ!?」
俺の指摘に、ローズがハッとした顔をする。今あの鞄には買い込んだ物資が入っているわけだが、保存食はまだしも水は重い。特に今回は密閉処理がなされているだけのただの水なので、必要量もかなりのものだ。仮に手のひらサイズに収まったとしても、とても一人で運べる重さではない。
が、そこで活躍するのがゴレミだ。同じ量の荷物をそのまま紐で括るなり何なりした場合、流石にゴレミでも運べない。だがそれは重量ではなく、ゴレミの小さな体に対して荷物が大きすぎてバランスが取れないという意味である。
つまり、重さの方はどうにでもなる。この鞄はゴレミが荷物を運ぶために必要な問題をピンポイントで解決したと言えるのだ。
「それに加えて、付与された魔法に干渉する? とかの理由で、魔導具の類いも一切入らない。そうなると水や食料、野営道具なんかの生活用品は入っても、回復薬とかは入れられない。
入れられる物が限定的で、重さもそのまま……『ただ入るだけ』の機能限定版だからこそ、お安く買えたってわけだな」
「なるほど、そうだったのじゃ!」
俺の説明を聞いて、ローズが納得の言葉と共に頷く。勿論「ただ荷物を小さく圧縮できるだけ」であっても馬車なんかで荷物を運ぶなら十分に有用だから、安いと言っても一〇〇〇万クレド……フラム様からもらったばかりの追加予算が丸ごと吹き飛ぶ金額だった。
だがそれでも、今後の事を考えればこれは是非とも欲しかった。そう売りに出されるものでもねーから、たまたま見かけて即購入を決めたのはいい判断だったと今でも自負している。
「ちなみにデスが、ダンジョンの深層で見つかるような拡張鞄だと、何を入れても重量が一定以上にはならないデス。入れた順番に拘わらず欲しいものをすぐに取り出せたり、中に入れた瞬間の状態を保持する機能なんかもあるデス。いつでも出来たてのアツアツシチューが食べられたりするデス」
「おぉぉ、それは凄いのじゃ! 便利なのじゃ!」
「だな。まあだからこそそっちはローズの言った通り、何億とか何十億クレドなんて値がつくみてーだぜ。ま、縁がなさ過ぎて詳しいことはわかんねーけど」
ダンジョン産の拡張鞄は、基本的に金では買えない。何故なら発見者が自分達で使うのがほとんどで、売りに出されないからだ。そしてそういうパーティがダンジョンの深層で全滅したりすると、当然魔導具を回収することなどできずそのままダンジョンに飲まれてしまうことになる。
唯一あるとすれば探索者を引退し、パーティを解散する時くらいだろうが、その場合は大抵大規模なオークションとかになり、目玉が飛び出るような高額で大商人や王侯貴族が落札することになる……らしい。
死ぬほど金があればひょっとしたら買えるのかも知れねーけど、どっちにしろ俺達には縁のない話であるのは同じってことだ。
「そういうのはいずれ自力で手に入れるってことで……んじゃ、そろそろ行くぞ」
「了解なのじゃ! 今日も元気に探索なのじゃ!」
「ちゃんとした遠征は初めてなのデス! ドキがムネムネなのデス!」
「あー、そう言えばそうか?」
オヤカタさんのところには大分滞在したが、あれはフレデリカを家に帰すために留まっていたのであって、探索のために滞在していたわけじゃないし、先日の<底なし穴>での遭難も、不可抗力であって準備をした遠征ではない。
故に準備万端で挑むのは初体験。引き締まった気持ちでダンジョンに入れば、今回もまた自分の体がズンと重くなる。
「おー、弱くなったな」
「やっぱり妾はわからぬのじゃ」
「今回はいっぱい魔物を倒す予定デスから、きっとローズも能力の変化を実感できると思うデス」
「だな。それじゃ予定通り、第一層はサクッと抜けて、まずは二層に降りるぞ」
「「おー!」」
第一層は昨日大分歩いたので、今回は第二層から探索すると決めている。加えてフラム様からもらった地図には第一〇層まであり、各階層の階段から階段までの道はどれも完成しているため、ただ降りるだけなら迷うこともない。
実際途中で出会う黒ゴブリンと幾度か戦闘しつつも二〇分ほどで階段まで辿り着くと、通路とはまた違う威容に俺は思わず言葉を漏らす。
「おお、階段はこういう感じか……これもまたスゲーな」
「何とも神秘的なのじゃ。綺麗ではあるのじゃが……」
通路と同じ横幅ではあるものの、縦は三〇センチ、厚さに至っては五センチほどしかなさそうな金属の板きれが、ゆるい螺旋を描きながら下の方へと続いている。
当然手すりなんてねーし、それぞれが独立して浮かんでいるという不安定さが何とも恐ろしい。これ乗ったらバキッと折れたり、横にずれたりしねーよな?
「うっ、ぐぐぐ…………動かねーか」
「マスター、何やってるデス?」
「いや、ほら、固定とかされてねーし、何か動きそうかなって……」
その場でしゃがんで板きれを掴み、力を込めた俺に対して、ゴレミが呆れたような顔をする。
「動くわけないのデス。確かに見た目は浮いてる感じデスけど、実際には空間に固定されているのデス。ゴリラとクジラの合体生物が踏んだって壊れないのデス!」
「何じゃその無駄に強そうな魔物は!? じゃが確かに、それで平気なら妾達如きでどうにかなるはずもないのじゃ」
「当然なのデス! こーんなことしたって大丈夫なのデス!」
そう言って、ゴレミが階段の上に乗り、ぴょんぴょんと跳びはね始める。その動きに俺の脳裏で嫌な予感が走ったが、幸いにして階段の板がへし折れ、ゴレミが下に転がり落ちていく……などという展開になることはなかった。
「……そうだよな。毎回毎回、そんな馬鹿なことばっかり起きねーよな」
「ほらほら、マスターもローズも、いつまでも怖がってないで行くデス!」
「わかったのじゃ、行くのじゃ! でもちょっとだけ手を繋いで欲しいのじゃ!」
「ふふ、いいデスよ。マスターも繋ぐデス?」
「ん? ああ、いいけど」
左手でローズと手を繋いだゴレミが空いた右手を差し出してきたので、俺はそれを掴んで階段に降りる。予想と反し足に帰ってきたのは今までの床と同じ硬い感触。
「おお、見た目の印象と違ってふわふわはしておらぬのじゃ」
「だな。もっとこう、沈み込む感じかと思ったけど……確かにこりゃ『固定』だ」
「それじゃみんな揃って、第二層にレッツゴーなのデス!」
今度はゴレミの声かけに俺達が合わせ、そうして歯車のように渦を巻く階段を、俺達は足を踏み外さないようにゆっくりと降りていった。





