一瞬の旅路
「っと、すまない。今の情報はこちらでも有効に活用させてもらうよ。それじゃ話を続けていこう」
「はい、そうしてください」
一分ほどブツブツ言っていたフラム様が顔をあげ、そう口にする。なので俺達も姿勢を正し、改めて話を聞く姿勢をとる。
「今し方『中に入ると弱体化する』と言ったけれど、実はそれを打ち消すような内容もある。あのダンジョン内部で魔物を倒すと、失われた力が戻ってくるようなのだ。しかも元に戻るだけではなく、元より強くなることもできるらしい」
「うむん? つまり魔物を倒すだけでドンドン強くなっていくということなのじゃ?」
「そうだね。ただそれだけだと、人間が強くなるより魔物が強くなるペースの方が早いらしい。それを補うのがダンジョン内部にある宝だ。
他のダンジョンに比べ、あのダンジョンでははるかに容易に、そして大量に武具や魔導具の類いが手に入る。それらを上手に活用することで魔物を倒し、強くなって更に新たな宝を探す……というのが一連の流れになっているようだ」
「へー、他と随分違いますけど、それはそれで面白そうですね」
「というか、あっという間に強くなったうえに凄い武具まで手に入るとなれば、そこで鍛えたらすぐに一流の探索者になれるのではないのじゃ?」
ローズの口にしたもっともな疑問を、しかしフラム様が笑顔で否定する。
「ははは、そうなっていれば素晴らしいけれど、流石にそこまで甘くはないよ。まず鍛えた能力に関しては、ダンジョンから出ると元に戻ってしまうらしい。ダンジョン内部で得られる力は、あくまでもその時だけのもの、ということらしいね」
「ふむ、異変が起きていた頃の<底なし穴>に近いのじゃな」
「ま、あっちは地形だけどな」
入る度にやり直し、というのはなかなか精神にくるものがある。地図ですら面倒だと感じたのだから、自分の能力ともなれば更にがっくりくるんじゃないだろうか。
「それと、ダンジョン内部で手に入れた武具や魔導具の類いは、どうやら全て持ち帰れるわけではないようだ。今のところ法則はわからないが、ごく一部を除くとダンジョンから出た時に消えてしまうらしい」
「うわぁ、それはまた……」
命がけでダンジョンに潜って報酬なし、は流石にあり得ない。もしそうなら俺だって興味本位で数回潜る程度で終わらせるだろうが……しかしそこでフラム様がニヤリと笑う。
「ただし、全く持ち出せないということはほぼない。何せ手に入れやすさが段違いだからね。今はまだどうしても運の要素が強いけれど、確定でどんな宝なら運び出せるのかを判別できるようになれば、他の大ダンジョンの何倍も稼げるようになるんじゃないかというのがうちの諜報部からあがってきた情報だ」
「だから莫大な先行投資して町を作ってるデスね」
「でも、それと俺達を雇いたいってことに、どんな繋がりが?」
今の情報を纏めるなら、腕利きの上位探索者を金に物を言わせて雇うのが一番よさそうに思える。なのに何故俺達なのかと首を傾げると、フラム様が苦笑しながら話を続けた。
「それなんだがね……実は我々としても、既に高名な探索者パーティを雇ってダンジョンに入ってもらったりしたんだよ。だが先の特殊な現象……能力の弱体化が思いのほかキツいらしくてね。
ダンジョンに入った瞬間急激に弱くなり、内部ではあり得ない速度で成長し、しかしダンジョンから出ると元に戻る……この落差が激しすぎて、あのダンジョンで長期活動すると他のダンジョンに潜れなくなりそうだと言われてしまったんだよ」
「あー……」
言われてみれば、そりゃそうだろうと納得する。ちょっと調子が悪いくらいでも動きに違和感が出たりするのに、そのレベルでコロコロ能力が変わったら体も意識も追いついていかないというのは当然だ。
「でもその点、君達なら弱体化しても今の能力とそこまで大きな差が出ないだろう? かといって完全な新人というわけではなく、むしろ様々な大事件に巻き込まれたことで二年目とは思えないほど経験を積んでいるから、臨機応変な対応力にも期待できる。
正直、あのダンジョンに君達より適正のある探索者は私でも思いつかないんだよ。ということで、どうだい? 勿論報酬は払うよ?」
「ふーむ……」
最後まで話を聞き終わり、俺は軽く考える。俺個人としては挑戦してみたい気持ちが強いが……
「妾は勿論賛成なのじゃ! 全ての大ダンジョンを制覇できるばかりか兄様の役に立つのじゃから、拒む理由などないのじゃ!」
「ゴレミだって、勿論オッケーなのデス! マスターと一緒に寝る枕は、ハイとイエスのリバーシブルなのデス!」
「何だよそりゃ……ははは、でもそうか。わかりましたフラム様。俺達でよければ、是非ダンジョンに挑戦させてください」
二人も賛成してくれるなら、もはや迷う理由もない。俺の決断にフラム様がパッと表情を輝かせる。
「おお、そうか! なら早速移動しようか」
「移動と言うと、馬車なのじゃ? うぅ、妾はまだお尻を鍛えておらぬのじゃ」
「大丈夫だよローザリア。お前の可愛いお尻を痛めつけたりはしないさ」
不安げに自分の尻を摩るローズにそう言葉をかけると、フラム様が席を立つ。それを期に俺達も立ち上がって部屋を出ると、近くにいたギルドの職員に部屋を使い終わったことを告げ、そのまま奥へと進んでいく。
「? 兄様、何故ギルドの奥に行くのじゃ?」
「それは勿論、ここから跳ぶからさ。おーい、君! ここの責任者の方と話をしたいのだが」
辿り着いたのは、何故か転移門のある場所。今回もまたフラム様が職員に声をかけ、おそらく偉いであろう人と話をして戻ってくる。
「話はついたから、少し待とうか。今いる人と荷物が全て運び出されたら、次は私達の番だ」
「俺達の番って……え? 何処に行くんですか?」
「決まってるだろう? あのダンジョンのある場所さ」
「いやいやいやいや、全然決まってないですよね!? まさかたった一ヶ月で、『静寂の平原』に転移門を作ったんですか!?」
「違う違う。建設は予定しているが、流石にそんなにすぐは無理だよ。だから往復は無理だが……片道だけなら行けるのさ。それは君達だって身を以て体験しているだろう?」
「へ!? そんなこと……?」
「マスター、ゴレミ達はオーバードまで跳ばされたのを忘れちゃったデス?」
「えっ? あっ!?」
言われて俺はハッとする。確かにクリスエイドの仕込みで、俺達はノースフィールドの転移門からオーバードの帝城敷地内に跳ばされたことがあった。
そして当然、帝城の内部に転移門などない。つまり――
「皮肉なものだが、クリスエイドの残した資料と実際に転移に成功したという実績があればこそ、この片道だけの強制転移が可能になったんだよ。
まあ転移先に目標となる魔導具を置いておく必要があるし、他にも細かい制約が沢山あるから、何処にでも自由自在ってわけにはいかないけどね」
「へー。でも一方通行とはいえ、好きなところに跳べるのは凄くないですか?」
「いや、凄いどころではないのじゃ。そんなものが実用化されたら、世界中の軍事や安全保障に多大な影響がでるのじゃ」
「そういうこと。だからこれは私達だけの秘密だよ?」
そう言って、フラム様が口元で人差し指を立てる。いや、秘密って……これ絶対知ったら駄目なやつじゃねーか?
「なあゴレミ、これ俺いきなり消されたりしねーかな?」
「さあ? その時はゴレミも一緒に国外脱出するデス! エージェントなマスターと殺し屋のゴレミに、心が読めるローズで家族のふりをするのデス!」
「妾はそんなスキル持っておらぬのじゃ! それにそもそも、既にここがオーバードの国外なのじゃ。これ以上何処の国外に逃げるのじゃ?」
「てか何で家族のふり? 普通に探索者パーティやってるより不自然だろ?」
「そんなことないのデス! 流行には全力で乗っかっていかないと、すぐに忘れ去られてしまうのデス!」
「みんないいかい? 跳ぶよ?」
いつものアホな会話をしている俺達をそのままに、フラム様が言う。すると身構える間もなく、俺の視界がフワッとした光に包まれた。前の時は何かスゲーバチバチいってた気がするが、今回はちゃんと手続きをしての起動だったからか、酷い目に遭うことはないようだ。
そうして一瞬の酩酊感の後、目の前にあったのは広大な緑の大地。辺りには馬車を改造したような屋台が幾つも建ち並び、それ以外にも無数の天幕と簡易的ながらもある程度しっかりした建造物もある。
そして何より目を引くのは――
「ようこそ諸君。ここは我がオーバードが主導となり、周辺各国からの援助によって今なお作られ続けている新たなる町、セントラリア! そしてあそこにある巨大な穴こそ、今まで類い希なる幸運に選ばれし者しか辿り着けなかった、七大ダンジョンの最後の一つ!」
「……<原初の星闇>」
宙に浮かぶ巨大な黒い穴。その圧倒的な威容を前に、俺は小さくそう呟いた。





