ディンギ魔法商店
「ふむ、ひとまずこんなところかねぇ。いやー、参考になったよ。これでまた新しいものが作れそうだ」
「ヨーギ殿の役に立てたなら、妾も嬉しいのじゃ!」
小一時間ほどの報告も終わり、楽しそうに笑うヨーギさんの姿にローズもまた満足げに答える。丁度区切りもいいようだし、この辺が切り上げ時だろう。
「話も終わったみてーだし、そろそろ行こうぜ。あんまりずっといても邪魔になっちまうからな」
「そうデスね。ゴレミは空気の読めるゴーレムなので、ぶぶ漬けを出されずともちゃんとお暇するのデス!」
「ブブヅケ? 何だいそりゃ、ウチにはそんなもん置いてないよ?」
「ゴレミの言うことを気にしてはいかんのじゃ! それよりクルトよ、この後はどうするのじゃ?」
ローズの問いに、俺は軽く窓から見える景色へと視線を走らせる。昼は過ぎているものの、日はまだ十分に高い。
「そうだな、時間もありそうだし、このままディンギさんの店に行くってのはどうだ? コート預けるにしても早いほうがいいだろうし」
「ん? 息子の店に行くのかい? ならアタシもついていこうかねぇ」
「え、いいんですか?」
驚く俺に、ヨーギさんが鷹揚に頷く。
「ああ、いいとも。アタシもちょうど、納品予定のものをいくつか向こうに運ぶ用事があったからね。それに息子には以前アンタ達のことを話したことがあるけど、直接会ったことはないんだろう? ならいい機会だから、ちゃんと紹介しておくのもいいかと思ってね。その方が話も早いだろう?」
「それはそうですね。じゃあ行きます?」
「ああ。今すぐ準備するから、ちょっと待ってな」
「あ、それならゴレミが荷物を持つデス! オババはいたわらないといけないのデス!」
「おや、そうかい? なら頼もうかね」
ゴレミの申し出を笑顔で受け入れると、店の奥に入っていったヨーギさんが、すぐに木製の箱を抱えて出てきた。それをゴレミが受け取ると、俺達は揃って店を出て通りを歩いて行く。するとすぐに大通りへと辿り着き、そこには「ディンギ魔法商店」と看板の掲げられた立派な店舗が存在していた。
「おおー、でっかいお店なのじゃ!」
「通りかかる度に見てはいたけど、そう言えば入ったことはなかったなぁ」
「今日は初体験の連続なのデス! マスターとの夜の初体験にも期待が高まるのデス!」
「俺に何させる気だよ……」
「ほら、さっさと入るよ」
ズンズン店に入っていくヨーギさんに、俺達も慌てて後をついていく。すると店員さんらしき若い女性がすぐに近づいてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しですか?」
「ああ、後ろのはともかく、アタシは客じゃないんだよ。ディンギはいるかい?」
「店長ですか? えっと、失礼ですけど、どちら様で?」
「アタシかい? アタシはディンギの母親だよ。ヨーギってんだ」
「お母様、ですか? えっと……?」
訝しげな表情を浮かべた店員さんが、俺達の方を見てくる。だが俺達が口を開くより先に、店の奥から人がやってきた。
「どうしたんだいヨーコちゃん……って、あれ? 母さん?」
「ようディンギ! 久しぶりだねぇ」
三〇代後半くらいの人の良さそうな男性を前に、ヨーギさんがニカッと笑って声をかける。だがそれに対する男性……多分ディンギさん……は軽い困惑顔だ。
「久しぶりって、三日前にも一緒にご飯食べたばっかりだよね?」
「カッカッカ、年寄りには三日だって久しぶりなんだよ。何せいつ死んじまうかわからないからねぇ」
「またそんな事言って。あんまり続けるなら、またアルテラに叱ってもらいますよ? それともしばらくシギを遊びに行かせない方がいいですか?」
「ひぇっ!? 義理の娘に叱らせるどころか、年寄りの数少ない楽しみである孫とのひとときまで取り上げようってのかい!? ディンギあんた、そんなに年寄りを虐めるもんじゃないよ!」
「虐めてなんかいませんよ! まったく母さんは……っと、すみません。お客様の前でお見苦しいところを」
「あ、いえ、大丈夫です」
「あの、店長? その人は、本当に店長の……?」
おずおずとそう問うてくる店員の人に、ディンギさんが軽く顔を向けて答える。
「ああ、間違いなく僕の母さんだよ。ちょっと特殊なスキルを持っていてね、見た目だけは若いんだ。
それで母さん、今日はどうしたの? いつもの納品なら、裏に回ってくれればよかったのに」
「カッカッカ、それもあるけど、今日はアタシが世話になった客を連れてきたんだよ。ほら、前に話したことがあるだろう?」
「前に……ああ、そういえば少女型のゴーレムを連れている若い探索者の話をしてましたね。ではこちらが?」
「そういうことさ。少し話があるから、奥にいいかい?」
「わかりました。では皆さん、こちらへどうぞ。ヨーコちゃんはそのまま店番をお願いしますね」
「わかりました店長」
ディンギさんの言葉に従い、店員の人を残して俺達は店の奥へと進む。そうして通されたのは革張りの長椅子のある、ちょっとだけ豪華な小部屋だった。
「それで母さん、どうしたの?」
「いや、実はね。この子達にちょっとしたお使いを頼んだら、思った以上にいいものが手に入っちゃってねぇ。それで追加報酬を払うことにしたんだよ」
そう言って、ヨーギさんが件の取っ手を取り出す。するとそれを受け取りまじまじと観察していたディンギさんの顔色が、みるみる真剣なものに変わっていった。
「……えっ、これまさか、マギニウム!? 母さん、一体幾らで依頼したの!? そんな大金、急に言われても――」
「あー、報酬の大半はアタシの作ったやつで払ったから平気だよ。ただ追加ってことで、この子のコートの補修をしてやって欲しいんだよ」
「コート?」
「あ、はい。これなんですけど……」
「拝見します」
着ていたコートを脱いで渡すと、ディンギさんがさっきよりも丁寧にコートを観察してく。だがその表情は険しく、あまりよろしくない反応だ。
「これは……ちょっと難しいですね」
「え、そうなんですか!?」
「おいおいディンギ、どういうことだい? マギニウムに比べれば、たかがコートなんてタダみたいなもんだろう?」
「そりゃそうですけど、そういう問題じゃないんですよ。えっと……確かクルトさん、でしたっけ?」
「そう言えば名乗ってませんでした。初めまして、探索者をやってるクルトと言います」
「妾はローズなのじゃ。宜しくなのじゃ!」
「ゴレミはゴレミなのデス!」
「初めまして、私はこのディンギ魔法商店の店長で、ディンギです。どうぞよろしくお願いします」
改めて名乗る俺達に、ディンギさんも丁寧にお辞儀をしてくれる。ゴレミの名乗りに一切動じないあたりに、やり手の商人という感じが垣間見える。
「それでディンギさん、難しいというのは? 自分で言うのも何ですけど、それはただのオーバーコートなんで、そこまで高価だったり特別だったりはしないと思うんですが……」
「確かに、補修するだけなら簡単です。が、問題となるとは素材と使い道ですね」
「素材と使い道?」
オウム返しに問う俺に、ディンギさんが小さく頷いて説明を続ける。
「はい。まずこのコート、この辺で買ったものじゃないですよね? こんな暖かい地域で、毛皮のコートなんて扱ってる店ないですし」
「そうですね、ノースフィールドで買ったものです」
「つまり、それが問題の一つ目です。普通この手の服の修復には同じ素材を使うんですけど、この素材がエーレンティアでは手に入らないんですよ。どうしてもとなれば大規模なキャラバンを組んで輸送するか、あるいは転移門経由となるわけですが、どちらも相当な費用がかかります。
わかりやすく言うと、これを新品で一〇〇着買うより輸送費の方が高いです」
「うげっ!? そんなに!? あーでも、確かにそうですね」
驚きはしたものの、すぐに納得もできる。確かに大陸の北の果てからここまで物を運ぶなら、金がかかって当然だからな。俺達は割と気軽に使ってる転移門も、本来は大金を積んですら簡単には使えない代物だし。
「で、もう一つの問題ですけど……ほらこれ、穴が空いちゃってるでしょう? 普通に着る服なら縫い合わせればいいんですけど、それだと縫い目の部分がどうしても脆弱になっちゃうんで、探索者の方が防具として使うのはやめた方がいいでしょうね。
別の魔物の皮を貼り合わせるようにすればいくらかマシになりますけど、その場合さっきの理由で同じ魔物の素材が手に入らないため、見た目が非常に悪くなります。
勿論それに合わせて見た目を整えるようにデザインし直すことはできますが、それなら正直似たような新品を買った方が安いです。どうしてもこれを使いたいという拘りがないのであれば、これもやはりお勧めはしませんね」
「な、なるほど……」
「確かに見た目というのは大事なのじゃ。性能はともかく、つぎはぎの防具となると、如何にも安っぽく見えてしまうからのぅ」
「マスターのしょぼくれ具合が加速してしまうのデス」
「ということで、どうしますか? 普段着として使うということであれば穴の部分を縫い合わせて、染み込んだ血を魔法で飛ばすくらいで大丈夫だと思いますが。
それとも見栄えは気にせず防具としての性能をある程度確保する補修にしますか? 見栄えも含めた完全な補修ということでしたら、まずは見積もりを出させていただく感じにしますけど」
「だそうだよ。悪いけどウチも商売だから、無制限にタダってわけにはいかないんだよ。まあどれを選んでも悪いようにはしないさね」
「そう、ですね…………」
ディンギさんとヨーギさん、二人の言葉に俺はしばし考え混み……そして結論を出した。





