最初の一口
楽しい楽しい相談は最高に盛り上がったが、とはいえ心身の疲労も限界だったわけで、程なくして俺達は自分の部屋に……今日のゴレミはローズと一緒に寝るらしい……戻ると、そのまま泥のように眠った。
翌日目覚めたのは、何と昼過ぎ。流石にそこからでは何もできないのでその日は休日と定めてゴレミの変身に関する検証などを行いつつ、適当に過ごし……そして翌日。その日もまた、俺の借りている部屋に全員が集まっていた。
「準備はいいか?」
「バッチコイなのデス!」
「よし。ならいくぞ……<歯車連結>!」
俺は腰の剣を抜くと、スキルを発動させながらまっすぐに立つゴレミの腹を正面から刺した。するとぬるりとした不思議な手応えと共に、俺の剣がゴレミの体に入っていく。
ちなみに、スキルを発動させずに触れた場合は普通に刺さる。いや、刺さるというか石の体にカツンと当たるという、当たり前の感触がある感じだな。
「うーん、何回やっても不思議な感触だな……」
「それはゴレミも同じなのデス。嫌な感じではないデスけど、体の内側がゾワゾワというか、ソワソワする感じなのデス」
「そっか。ならさっさとやるか……<心核解放>!」
ゴレミの体の厚さよりも明らかに長い刀身が全て飲み込まれ、柄だけとなった剣を捻りながら、俺は歯車を回していく。するとゴレミの体が光に包まれ、次の瞬間には俺よりやや年下程度の青髪の少女が姿を現した。
「ふふーん、アルティメット美少女メイド、ゴレミ爆誕デス!」
「毎回名乗りが違うじゃねーか……まあいいけど。ローズ、いいぞ!」
「わかったのじゃー!」
部屋の扉を開けて声をかけると、すぐにローズがドタドタと階段を上がってくる。足音に品がないのは、その手に大きな鍋を持っているからだ。
「できたのじゃ! 持ってきたのじゃ!」
「おう、お疲れさん。それじゃ配るぞ」
デーンとテーブルの上に置かれた鍋から、同じくテーブルにセットされた皿に中身をよそっていく。その間にゴレミは席につき、その様子を目を輝かせて見つめている。
「最後の決め手は、こいつをぱらりと振りかけて……よし、完成だ!」
野菜と肉の切れ端をひたすら煮込んだだけのスープに、細かく刻んだ香草をひとつまみふりかけ、これにて俺とローズの合作、「ただの煮込みスープ」の完成である。
「時間もねーことだし、早速食うか。みんな席に――」
「最初から座ってるのデス!」
「妾も着席完了なのじゃ!」
「はえーなオイ!? それじゃ……いただきます!」
「「いただくデス!」のじゃ!」
挨拶をおえ、目の前で湯気を立てるスープを一口……うん、普通だな。
「うーむ、普通なのじゃ」
そしてローズも、どうやら同じ感想らしい。まああの材料であの料理法なら、そりゃ普通にしかならねーよな。それとも料理系のスキルを持ってる人なら、完全に同じ材料でももっと美味しくできるんだろうか?
「どうだゴレミ? これが俺にとって一番馴染みのある味なんだが……ゴレミ?」
気になって横を見ると、ゴレミがスプーンをくわえたまま動かない。そのまま五秒ほどゆっくりと味わうと、口からスプーンを抜いたゴレミがほぅと小さく息を吐いた。
「……ああ、凄く美味しいデス」
「そんなにか!? まあ美味い分にはいいけどさ」
ゴレミの最初の食事を何にするかは、色々と考えた。見た目は最悪だが味は最高みたいな奇をてらったものとか、単純にちょっとお高い料理店で個室を借りて、最高級とは言わずともまあまあの値段の料理を頼んでみるとかあったんだが、予算と時間という二つの問題があってどれも無理だった。
予算は言わずもがなだ。ジャッカルに一〇〇〇万クレドの報酬を払ったことで、俺達のパーティ資金はほぼほぼ底を突いている。先のダンジョン探索で損耗した装備や消耗品の補充なんかを考えると、そうそう娯楽に金は使えない。
無論せっかくの記念だからと張り込むことはできたが、自分の為に借金生活になるかも、なんてのはゴレミだって望まなかったし、そんなの気にしてたら美味いものも美味くなくなっちまうからな。そういうのはしばらく稼いで、資金に余裕ができたらってことで落ち着いた。
そしてもう一つ、時間の方なんだが……どうもゴレミの変身時間は、どうやっても五分までしか伸ばせないようなのだ。これはローズの援助を受けて俺が火を噴きそうな勢いで歯車を回しても同じで、ゴレミ曰く「今はこれが精一杯」であるらしい。
今は、ということはこれから先伸びるのかも知れねーが、それがいつになるとも、どうすれば伸びるのかもわからない。流石にそんなに先延ばしにするのはつまらねーし、かといって五分じゃ外で飯を食うわけにもいかねーから、こうして部屋で食うことになったわけだ。
「しかしゴレミ、本当にこんなのでよかったのか? 部屋でしか食えねーとはいえ、フレデリカやオヤカタさんとやったときみたいに、美味いものを適当に買ってくるのはできたんだぜ?」
そんな理由があったとはいえ、初めて食うものが俺とローズの手作りスープというのは流石にショボすぎる。そんな気がして苦笑しながら問う俺に、しかしゴレミはゆっくりと首を横に振る。
「そんなことないのデス。マスターとローズが作ってくれたスープは、本当に美味しいのデス。それに初めてだからこそ、味よりも思い出の方が重要なのデス」
「思い出なのじゃ?」
「そうデス。たとえばいつかこれより美味しいものを食べた時、『あのスープより美味しかった』と言えるデス。あるいはマズいものを食べた時だって、『あのスープの方が美味しかった』と言えるデス。仮にマスター達が砂糖と塩を間違えるようなベタな失敗をしていたとしても、その時は『あれは酷かった』と笑い合えるデス。
これが初めて……全ての始まりだから、これから先どんなものを食べた時でも、絶対にこれを思い出すのデス。マスターとローズが作ってくれたこのスープが、ゴレミの始まりに刻まれたのデス。
だから、これでいいのデス。いえ、これがよかったのデス。ああ、本当に……本当に美味しいのデス。この味を、ゴレミは未来永劫忘れないのデス」
安物の簡単スープを二口、三口と味わいながら、ゴレミが幸せそうに笑う。そんなゴレミの様子を見て、俺も照れくさいような幸せなような気持ちになる。
「ははは、そこまで喜んでもらえるなら、作った甲斐があったってもんだ」
「うむうむ。何だか妾も、このしょぼくれスープが最高に美味い気がしてきたのじゃ」
「しょぼくれスープ? これはそういう名前の料理なのデス?」
「んなわけねーだろ! 料理名がつくような手の込んだ品じゃねーっての」
「ではゴレミが、正式にこれを『しょぼくれスープ』と名付けるデス! ダンジョンコアのデータベースに登録しておくのデス!」
「登録? それをするとどうなるのじゃ?」
「ダンジョンの宝箱から、このスープが出るようになるデス!」
「ぶはっ!?」
突然の発言に、俺は思わず口に含んでいたスープを吹き出す。
「やめろよマジで! 宝箱から汁物とか、完全な嫌がらせじゃねーか!」
「ちゃんとできたてが瓶に入って出るデスよ?」
「あー、まあそれなら……いや、やっぱ駄目だろ。」
期待に胸を膨らませて開けた宝箱から煮込みスープが出るとか、ガッカリなんてレベルじゃない。確かにあの小部屋で出たパンと水は助かったけど、それは特殊な状況だったからであって、平時に宝箱からパンがガンガン出てきたら、俺なら泣くと思う。
「ほほぅ、そんなことができるのじゃ? なら一流の料理人が作った料理を多数集めて登録し、それらの食料品だけが手に入るダンジョンというのがあったら、大人気になりそうなのじゃ」
「えっ?」
「おおー、確かにそれは凄そうなのデス! 幻のドラゴンステーキも、城よりでっかいウェディングケーキも食べ放題なのデス!」
「ええっ!?」
「夢が広がるのじゃ! 是非近所に欲しいのじゃ!」
「ゴレミには無理デスけど、機会があったら姉ちゃん達に話してみるデス!」
「えぇぇ…………?」
戸惑う俺と、それを無視して盛り上がる二人。三人揃っての初めての食事会は、こうして賑やかに過ぎていくのだった。





