縁と助力は非売品
「っ!? ゴレミさん!?」
真夜中。残業を終えて帰宅し、やっと眠れるとベッドに入って少ししたところで緊急呼び出しを受けたリエラが若干の不満を押し殺しながら探索者ギルドに戻ると、そこにいたのは左腕を失ったゴレミと辛そうな顔をしたローズだった。その姿を見た瞬間リエラの眠気は吹き飛び、職務を忘れて二人に駆け寄っていく。
「どうしたんですかそれ!? それに二人……え、クルトさんは!?」
「夜中に呼び出してごめんなさいデス。でも他の人にゴレミ達の事情を全部話して、信じてもらってから相談では間に合わなくなりそうだったので、無理を言ってリエラを呼んでもらったデス」
「そんなのどうでもいいですよ! それより一体何があったんですか!?」
「今から説明するデス」
そう言って、ゴレミがこれまでの経緯を説明していく。<底なし穴>の五層に転送罠があったこと、クルトがそれに引っかかったこと、そんなクルトが二二層で生存していること……どれもこれも普通なら荒唐無稽と斬って捨てられる内容であったが、リエラはそれを真剣に聞いていく。
「なるほど、そんなことが……」
「はいデス。少なくとも今現在マスターが生きてるのは、ゴレミのお腹で歯車が回ってるので確実デス。でもいつまで無事かはわからないデス。
だからできるだけ早く、ゴレミと一緒にマスターを助けに行ってくれる強い探索者の人を紹介して欲しいのデス」
「それは……ちょっと難しいですね」
「なんでデス!? 報酬ならちゃんと出すデスよ!?」
必死にそう告げるゴレミに、しかしリエラは顔をしかめて首を横に振る。
「確かに通常の<底なし穴>であれば、二二層まで行ける人達は何組もいました。でも異変の生じている<底なし穴>では、一番深くまで潜った人達ですら一〇層であることは、ゴレミさんのご存じですよね?」
「それは…………で、でも、出てくる魔物の強さは普段と変わらない感じだったデス。地図だって魔導具があれば埋められるデス! なら……」
「確かに理屈の上では潜れるでしょうし、実際今現在であればもっと深くまで潜っているパーティも普通にあると思います。ただ異変が起きてからまだ半月も経っていませんから、様子見をしている方達がとても多いんです。
何せこんなことは長いダンジョンの歴史の中で初めてですからね。どんな危険があるかわからない以上、慎重になるのは当然ですから」
「むぅ、それは確かにそうなのじゃ」
「なので、二二層まで行って帰ってこられるような方ですと、単純な金銭で雇うのは相当に難しいと思います。一応私の方で声をかけてみますけど、あまり期待はしないでください」
探索者とは、命がけでダンジョンに挑む者達だ。だがそれは彼らが自分の命を安売りしているということではない。命を賭けるなら相応の報酬が必要であり、強い探索者になればなるほど、金銭の報酬としての価値は減っていく。
なので一流と言われるような探索者は、基本金銭では動かない。莫大な報酬で雇われたと公表されることもあるがそれは半ば建前で、実際にはそこに至るまでに繋がった人間関係や政治的な取引、金では買えない希少な魔導具などの別の手札がなければ、交渉の席につくことすらできないのだ。
「うぅぅぅぅ……他の町になら、マスターを助けてくれそうな人が何人も思いつくデスのに……」
そんなリエラの説明に、ゴレミが悔しげに呻く。頼りになって助けてくれそうなバーナルド達はアルトラ聖国、戦力としては心許ないがそれでも助けを申し出てくれるであろうカイ達はトラス王国、素材回収などでおそらく強い探索者パーティと繋がりがあるであろうハーマンはメタラジカ王国と、思いつく人物はその悉くが他国の者達だ。
「ここがオーバードであれば、兄様から騎士を借りることもできたのじゃが……」
そしてそれは、ローズも同じ。かつて一人でダンジョンに放り出されていた頃と違い、今のローズは正式な皇位継承権がある。加えてクルトのことは兄であるフラムベルトも一目置いているため、救出のために騎士を派遣してもらうことはそう難しくはないだろう。
が、それが他国となると話は別だ。たとえ少数でも他国への武力の派遣は正式な手続きが必要になり、時間がかかる。もし強制転移されたのがローズであったならば「皇族を救出するため」という名目で強引に部隊を派遣することも可能であったが、単なる民間人であるクルトが対象ではそうもいかない。
「……………………」
そんな二人の辛そうな顔に、リエラもまた必死に頭を悩ませるが、いい答えは浮かばない。顔見知りの上位パーティは幾つもあるが、それはあくまで受付嬢と探索者としての関係であり、こんな無謀な依頼を頼めるほどの関係性はない。
あるいはゴレミの希少性やローズの素性を餌にすれば釣れる可能性はあるが、そんな精神性を持つ相手に救出などという依頼を任せるのは無理だ。
「…………諦める、のが無難かも知れませんね」
「リエラ!? 何を言うデスか!?」
その暴言に、ゴレミが声をあげる。だがリエラは努めて平静な表情を浮かべ、静かに首を横に振る。
「私は受付嬢として、これまで沢山の探索者の方達と接してきました。そしてそのなかには、ダンジョンに入ったきり出てこなかった人が沢山……本当に沢山いるんです。
だからこれは、今の私ができる唯一の助言です。無理にクルトさんを助けに行って、その結果ゴレミさんやローズさんまで死んでしまったら、それこそクルトさんが悲しみます。ならば――」
「やめるのじゃ! 聞きたくないのじゃ!」
リエラの非情な忠告を、ローズが大きな声で遮る。子供のようにいやいやと首を振り乱し、その目には涙すら浮かんでいる。
「わかっておるのじゃ! リエラ殿が妾達のために、あえて厳しい……じゃが現実的な助言をしてくれておることくらい、妾にだってわかる! わかるが……でも、それはあまりにも…………」
「ありがとうデス、リエラ。でももし誰の助けも借りられなかったとしても……ゴレミはマスターを助けに行くデス」
「妾だって行くのじゃ! クルトとゴレミがいなければ、妾はとっくに<無限図書館>で死んでおったのじゃ! 魔物に殺されなかったとしても、きっと孤独が妾の心を殺しておったのじゃ!
いや、それだけではないのじゃ。クルトもゴレミも、何度も何度も妾を助けてくれたのじゃ! なのに今更我が身可愛さに妾がクルトを助けぬなどと、そんな選択は絶対にないのじゃ!」
「ゴレミさん、ローズさん…………」
ゴレミの覚悟とローズの必死さを前に、リエラが再び言葉を詰まらせる。これ以上何を言っても無駄だと悟り、然りとて告げねばならぬことはまだある。
「わかりました。お二人がそう言うのであれば、私からはこれ以上何も言うことはありません。
ですが今日はもう遅いです。朝からダンジョンに入っていたのですから、今夜はもう休んでください」
「いや、しかし……」
「そんな暇はないのデス! それにゴレミは寝なくても平気なのデス!」
「いいえ、違います。ローズさんは勿論、ゴレミさんだって心が疲れてるはずなんです。そんなときに焦って突っ走ったら、できることもできなくなってしまいます。
だから今は休んで、朝になったらまた走り出してください。大丈夫、クルトさんなら少しくらいお二人が遅刻しても、きっと笑って許してくれますよ」
「む、う…………」
「それにそもそも、こんな夜中に助っ人を探すのは常識的に無理ですよ? 誰かに聞いて回るにしても、朝までは何もできないでしょ?」
「それは確かに、そうなのデス……」
「ということですから、ほら、さっさと帰って寝てください! 私もすぐに帰ってもう一回寝て……朝になったら、またいつもと同じようにお二人を笑顔で送り出してあげます。勿論三人揃って帰ってきたら、『お帰りなさい』も言ってあげますよ?」
「ふふふ、それはリエラのいつものお仕事なのデス」
「あら、違いますよ? 何せ今回はお給料分以上の笑顔を大サービスしてあげますからね! 何なら手だって握ってあげちゃいます!」
「おお、それは高そうなのじゃ。ならツケはクルトに払ってもらうのじゃ」
「マスターのお小遣いがなくなってしまうのデス! 赤スパは計画的になのデス!」
他愛のない会話のやりとりで、ゴレミとローズの張り詰めていた気持ちがいくらか緩む。この場にいる全員の目に、この場にはいないクルトの笑顔が映った気がした。





