見え見えの罠
広域の地図を一気に調べ、階段を見つけたらそちらに移動すればいいだけだった四層までと違い、五層は何処に「お宝」があるのかわからないため、隅々までくまなく歩き回らなければならない。
故にローズの魔導具があってなお、俺達の五層探索はかなりの時間がかかった。時折遭遇する魔物を倒し、行き止まりとわかっている場所でもしっかりとその目で確認していき……そうして見えざる月が天頂に輝く頃、俺達は遂にそれらしきものを発見することができた。
「こいつはまた、あからさまだな」
「これなら間違いないのじゃ! というかこれで違ったら、もう何を探していいかわからぬのじゃ!」
地形で言うなら、そこはただの突き当たりだった。しかもダンジョンの端とかではなく、厚さ三メートルの壁の向こうには普通に通路のある、本当に何の変哲もない突き当たりだ。手書きでマッピングしていれば迷い込むこともあるだろうが、魔導具で地形を把握しているなら、おそらく誰だってここには来ないだろう。
だが今、俺達の目の前にある壁面にはこれ見よがしな「扉」が張り付いていた。そのあまりにわかりやすい異常に、俺もローズもちょっとテンション高めの声をあげる。
「よーしよしよし、それじゃ早速開けようぜ! つっても、一応罠の警戒くらいはしねーとな……ゴレミ、頼めるか?」
「勿論なのデス!」
俺の言葉に、ゴレミが両開きの金属扉の前に立つ。そのまま勢いよく扉を開くと……その向こうにはダンジョンの壁があった。
「…………え? 壁?」
「壁なのじゃ」
「壁なのデス。セクシーダイナマイトなゴレミとは無縁の単語なのデス」
壁だ。どうみてもただの壁だ。三度見直してもやっぱり壁だ。
「……いや。いやいやいや、それはねーだろ!? そりゃ壁にくっついた扉を開いたら、その向こうに壁があるのは普通だぜ!? わかるよ! わかるけれども、そうじゃねーだろ!」
「……妾は今、かなりがっくりきたのじゃ。正直膝から崩れ落ちそうなのじゃ」
思わず悪態を吐く俺の横で、ローズがズーンと暗い表情になる。流石にこれは心が折れかけ、俺はゴレミの方を見た。
「おいゴレミ、これどういうことだ? まさか『当たり』のなかにも『ハズレ』があるとか、そういうことか? それとも単に、ここが『当たり』じゃないってことなのか?」
「それをゴレミに聞かれても困るデス。ゴレミはあくまでもダンジョンの情報からマギニウムが出現する乱数を調べて、その範囲内に入っていたことを教えただけなのデス。具体的に何処にあるかとか、どんな風に隠されてるかとかはもっと深く調べないとわからないデスし、調べても教えられないのデス」
「あー、そっか。そうだよなぁ……すまん」
困り顔で言うゴレミに、俺は素直に謝る。今ですら頼りすぎなくらいなのに、これ以上を求めるのはゴレミを困らせるだけだ。
「ぬあーっ! よし、気を取り直した! アホみてーな罠にがっくりしちまったけど、ゴレミがあるっていうなら他の場所にあるんだろ。このまま探索を続けようぜ」
「そうじゃな。まだ地図も四割くらいは空白のままなのじゃ。他の場所にある可能性は十分に残っておるのじゃ」
「だよな! んじゃ…………」
そのまま踵を返そうとしたところで、ふと開けっぱなしの扉が目に入る。別にどうってこともねーんだが、開けっぱなしは何となく気分が悪い。
「閉じとくか」
特に何か考えていたわけじゃねーが、俺は開けたままの扉を閉じた。扉は普通にガチャンと閉じ、同時に何か固い物が扉の向こうで壁にぶつかった手応えを感じる。
「ん?」
「クルトよ、何をしておるのじゃ?」
「いや、何かぶつかった感じがして……ああ、なんだ。こっちにも取っ手があったのか」
気になってもう一度扉を開けてみると、壁に密着していた側にもノブがついているのに気づいた。おそらくこれがダンジョンの壁にぶつかったんだろう。なら別に不思議でも何でも…………うん?
「なんでこっち側にも取っ手があるんだ?」
「? 扉なのじゃから、両面に取っ手があるのは当然ではないのじゃ?」
「そりゃそうだけど、でもこっちは壁だぜ? 誰がこっちから開けるんだよ?」
「普通の扉をそのまま貼り付けたからじゃないデス?」
「多分そうなんだろうけど、何かこう…………」
どうしても気になって、俺はダンジョンの壁に背をつけるようにして、扉の内側に入った。背中に固い石壁の感触を感じながら、俺は扉をゆっくりと閉めていく。
「マスター、何やってるデス? ダンジョン内で遊んだら駄目デスよ?」
「そんなことしたら潰れてしまうのじゃ」
「ははは、そんな勢いよく閉めたりしねーよ。ちょっと試しにやってみてるだけさ」
開かれていた扉がゆっくりと閉じていき、俺の視界がどんどん細くなっていく。壁と扉の間に隙間なんてねーから、当然半分も閉めれば俺の体がつっかえてそれ以上は閉まらなくなる……はずだったんだが。
「お? お? おぉぉ?」
どういうわけか、扉は更に閉まっていく。しかも気づけば、俺の体が動かない。正確には体の後ろ半分がまるで石に飲まれて同化してしまったかのように微動だにせず、おまけにどれだけ力を込めても閉まり続ける扉を再び押し返して開けることができなくなっている。
「や、ヤバい!? ゴレミ、扉! 扉開けてくれ!」
「マスター!? 今助けるデス!」
俺の叫びを聞いてゴレミがすぐに扉の取っ手を掴んだようだが、それでも扉の動きが止まっただけで、開いてはいかない。え、これマジか!? 本気でヤバいんじゃねーか!?
「ふぎぎぎぎ…………全然開かないデス……!?」
「クルトよ、隙間からこっちに手を伸ばすのじゃ!」
「それが取っ手から手が離れねーんだよ! 足も体も首も全部動かねーし……くっそ、なんでこんな……っ!」
どうする? どうすればいい!? 思わぬ窮地に思考が空転し、状況を打開する一手が何も思い浮かばない。幸いにしてゴレミは疲労を知らぬゴーレムであるため、多少時間が経ったところで握力が落ちたりしないはずだが……
「あっ!? あれ!? 力が入らないデス!?」
ずっと同じ位置で留まっていた扉が、まるで死へのカウントダウンを見せつけるかのように再びゆっくりと閉まり始める。
「ゴレミ!? どうした!?」
「魔力が……魔力が切れそうなのデス!」
「魔力切れ!? 何で今日に限って……いや、今日!?」
正確な時間はわからねーが、おそらくもう日付は変わっている。そして毎晩やっていたゴレミへの魔力補給は、今日はまだしていない。
「で、でも昨日の夜はちゃんとやっただろ!? 今までそんな、急に切れることなんてなかったじゃねーか!」
「ゴレミがバージョンアップされた時に、ゴレミの中に溜めていたマスターの魔力が登録の邪魔にならないように、一旦全部排出されちゃってたのデス。だから今はちょっとずつ溜めていく最中だったのデス!」
「なら言えよ! 何で遠慮してたんだよ!?」
「遠慮したわけじゃないデス! 普通に活動するだけなら問題なかったから言わなかっただけなのデス! まさかこんな浅い層で、ここまで全力を振り絞ることになるとは想定していなかったのデス!」
「ぬぁぁー!?」
言われてみれば、今のゴレミの能力は二〇層相当。ハンターマンティスの時を思い出せば、確かに全力なんて出すはずがないと考えるのも頷ける。それでも万が一に備えるのが探索者ってもんだが、それを今更言ったところで意味がない。
「ぐぅぅ、なら…………<歯車連結>、<筋力偏重・サード>!」
それは今の俺ができる、最大の能力強化。ほんのわずかに扉が閉じる勢いが弱まり、それに合わせて俺は声を振り絞る。
「ローズっ! 隙間から手を入れて、俺の右手を掴め!」
「わかったのじゃ! む、これは……!?」
「それを、ゴレミの腹に……っ! 後は任せた!」
渾身の力で小指一本を取っ手から離し、生みだした歯車をローズに託すと、俺は最後の気力を振り絞ってニヤリと笑う。その瞬間バタンと扉が閉じ……俺の世界は意識と共に暗闇に閉ざされるのだった。





