使用済みダンジョン
「さあ、これで仕切り直しだ! かかってきやがれゴブリン共!」
さっきまでの状況がヤバかったのは、ゴレミとローズという二人の護衛対象を抱えた状態で、前後から挟撃されるという点だった。だが既にゴレミは目覚めており、飛び込んだ通路の入り口は正面のみ。
これならまだまだ時間を稼げると意気込んでみたのだが……何故か黒いゴブリン共はボーッと突っ立ったままで、こちらに近寄っては来なかった。
「……何だ? どうしたんだ?」
「ここは特殊な空間なので、魔物的には別階層扱いなのデス。いくら緊急対処用の魔物でも、階層越えの権限まではないのデス」
「ほほぅ? つまりあいつらはこっちには来られないってことか?」
「そうデス。なのでここはもう安全なのデス」
「そう、か……」
ゴレミの言葉に、俺はひとまず体の緊張を緩める。そのまま一分ほど観察したが、確かに魔物が入ってくる様子はない。なので剣を収めると、俺は改めてゴレミに声をかけた。
「ふぅ、助かったぜゴレミ。ナイスタイミングだ」
「へへへー、間に合ってよかったデス! でもマスター、どうしてあんなにすぐ反応できたデス?」
「ん? あー、明確な根拠があったわけじゃねーんだが……何となく?」
何となく……そう、本当に何となくとしか言いようがないんだが、ゴレミの意識がこっちに近づいてきているというか、もうすぐ目覚めるんじゃないかという感覚が俺の中に走ったのだ。
あれで何も起きなかったら相当恥ずかしい場面だっただろうが、まあそれはそれでゴレミは作業中なわけだし、ローズも気絶していたんだから、誰に見られるってことも……って、そうだ。ローズ!
「ローズ! おい、大丈夫か!?」
「む、むぅぅ…………」
軽く体を揺すって呼びかけると、幸いにしてすぐにローズがうめき声をあげながら目を覚ました。
「妾は一体……? うぅ、頭が痛いのじゃ……?」
「すまん! 俺がヘマしたせいだ」
「クルト?」
開口一番謝った俺に、ローズが不思議そうな顔を向けてくる。なので恥を忍んで先ほどのやらかしを説明すると、ローズは苦笑しながらその口を開いた。
「なんだ、そうだったのじゃ。クルトが悪くないとは言わぬが、それなら妾とて背後を全く警戒していなかったのは迂闊だったのじゃ。お互い様なのじゃ」
「いや、でも……」
「マスター。不測の事態すら予測して完璧に対応するのは、一流の探索者だけなのデス。ゴレミ達みたいなへっぽこパーティに、そんな高度な対応力は求められないのデス」
「へっぽこって……まあ何にも言い返せねーけどさ。ははは」
二人がそう言ってくれるのだから、俺もこれ以上は引っ張らないし落ち込まない。失敗しないなんてどだい無理なんだし、大切なのは失敗を反省し、次に生かすことだからな。
「んじゃ、この問題はここまでってことで。それでゴレミ、ここは<歯車>の限定通路のなかってことでいいのか?」
「はい、そうなのデス」
見覚えのある景色を前に、俺の問いかけにゴレミが頷く。だが見覚えがありすぎる景色に、俺は更に質問を重ねる。
「そうか。なら……何で罠が作動済みなんだ?」
通路の至る所に、飛んできた矢だのなんだのが落ちている。それは明らかに罠が発動した後の残骸であり、先行者がいない「限定通路」の性質上、本来ならあり得ない光景だ。
「それはここが、マスターがかつて踏破した『限定通路』そのままだからなのデス」
「踏破済みの通路? 『限定通路』って、踏破したら消えるだろ?」
「勿論そうデス。なので実際、この入り口は『石壁』に情報が上書きされていたデス。でも前に言った通り、石壁は単なる石壁なので、ぶっちゃけ出入り口部分のコードが『石壁』に上書きされていただけだったのデス。
なのでゴレミはちょちょいと細工して、元の出入り口に書き戻したのデス。ただ通常の条件でこの『限定通路』が出現するのはずっとずっと先だったので、内部データのイニシャライズとテンプレートからの上書きがされておらず、マスターが攻略した当時の情報がそのまま残ってしまっているのデス」
「あー……………………」
「えっと、以前にマスターが泊まった宿のお部屋があったとして、宿屋の主人が次のお客を入れるための掃除をする前に、ひとまず鍵をかけて誰も出入りできなくしていたデス。でもゴレミが強引に鍵をぶち破ったことで、また入ることができたデス。
でも掃除する前デスから、当然マスターが部屋を出た時そのままの散らかり具合なのデス。それがこの状況なのデス」
「おお、なるほど!」
最初の説明はまったく意味がわからなかったが、今のたとえ話は実にわかりやすい。
「ならこの通路は、比較的安全ってことだな。当時の俺が見逃した罠があるかも知れねーから、絶対とは言えねーけど」
「それでも迷わないというだけで十分なのじゃ。なら早速奥に向かうのじゃ!」
「そうだな。ここにいても……あー、ゴレミ。その前に一応聞くんだが、あの黒い雫ってどうにかできるか?」
ここには入ってこられないとは言え、帰りにはここを出てダンジョンに戻り、そこから更に地上へと行かなければならない。その懸念を問うと、ゴレミがむむむっとしかめっ面になって考えこむ。
「現状のゴレミではどうすることもできないデス。ただ最奥に行ってダンジョンコアにアクセスできれば、多少はどうにかできる可能性はあるデス」
「そっか。なら最悪、帰りは強行突破だな。まあ道はわかってるんだから、ゴブリンくらいはどうにでもなるだろうが」
「おおー、マスターが強気なのデス! ゴレミとマスターが運命の出会いをした頃では考えられない強者ムーブなのデス!」
「からかうなよ! でも実際どうにでもなるだろ? 俺もゴレミもあの頃より強くなったし、今はローズだっているんだからな」
「そうじゃな。ゴレミにフレアスクリーンを貼り付けて先行してもらうだけでも抜けられるじゃろうし、魔物がこちらに来ないというのなら、クルトが妾の歯車を回してくれれば全部焼き尽くすことも可能なのじゃ」
「たかが一年、されど一年……まさかここまで変わるとはなぁ。あ、そうだゴレミ。今更だけど、ここの安全度ってどのくらいなんだ? 外から魔物が入ってこねーのはわかったけど、ここの天井から黒い雫が垂れてきたりはしねーのか?」
「この場所はそもそも魔物が出る設定ではないデスし、本来なら存在しない場所デスから、そんなに簡単に干渉はしてこられないと思うデス。
ただいつまでも大丈夫とは言えないデスから、やることをやったらさっさと帰るのがいいと思うデス」
「ふむ、当然だな。なら後は歩きながら話すか」
そう言うと、俺は率先して先頭を歩き始める。視界の先に広がる罠の山は、今見てもなかなかのものだ。実際それをしげしげと見てから、ローズが呆れと驚きの混じった声で言う。
「しかし、本当に凄い量の罠なのじゃ……クルトよ、お主よくこんな場所を、たった一人で踏破できたのじゃな?」
「まあ、あの時は必死だったからなぁ」
最初は歯車を投げまくることで片っ端から罠を発動させ、その後を悠々と突破した。だが二回目は再びゴレミに会えることを願って、全ての罠を正面から丁寧に突破した。
あれがもう一回できるかと言われると……正直微妙だ。身体能力もスキルも今の方がずっと成長しているが、あの時のあの気持ちは、そういう常識的な要素の全てを凌駕するものだったと今でも思っている。
「てか、ローズだってできるだろ?」
「うむ? 確かに今の妾ならば、オヤカタ殿の指輪についた自動防御で、飛び道具系は全部無効化できると思うのじゃが……ぬわっ!?」
「おっと、危ないデス! 足下に注意なのデス!」
「すまぬのじゃゴレミ……という感じで、罠そのものではなく罠の発動時にへこんだ床に躓いたり、あと落とし穴に落ちたりしてあっさり失敗しそうなのじゃ。
……地味に恥ずかしいのじゃ。今のは忘れて欲しいのじゃ」
「ははは…………」
顔を赤くするローズに、俺は苦笑して失敗を見なかったことにする。そんな感じで気をつけつつも先に進んでいけば、やがて通路の終着点が見えてきた。





