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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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黒い魔物

「グギャー!」


「これはゴブリン……なのじゃ? でも全身真っ黒なのじゃ!」


「考えるのは後だ! とにかく倒すぞ!」


「了解なのじゃ!」


 全身……それこそ手に持った棍棒まで真っ黒なゴブリンを前に、俺達はそう声をかけあって戦闘を開始する。ひとまず普通に剣を振るえば、目の前のゴブリンは割とあっさり首を飛ばされ、そのまま燃えかすのような黒い塵となって消えていった。


「強くはねーな。てことは、問題は数か」


 今の感じだと、どうやらこいつらは普通のゴブリンと大差ない強さらしい。だが天井からは今もボタボタと黒い雫が垂れ落ち続けており、床に広がった黒いシミからは次々と新たなゴブリンが生み出され続けている。


「ローズ、そっちはどうだ?」


「何の問題もないのじゃ!」


 チラリと背後に視線を向けると、ローズはオヤカタさんにもらった指輪で正面に防御膜を展開しているようだ。ゴブリンが棍棒を振り下ろす度にバチリと青白い火花が舞い、一瞬遅れてその体が炎に包まれている。おそらくは防御膜のすぐ手前にでも、従来のフレアスクリーンの魔法を重ねて展開しているからだろう。


「グギャー!?」


「この程度の攻撃なら、何時間でも余裕で防げるのじゃ! それに向こうから攻めてくれるなら、妾は待ってるだけで倒せるのじゃ!」


「そりゃ頼もしいな。ならそっちは任せた! こっちは俺が……<歯車連結(ギアコネクト)>、<速力偏重(スピードシフト)・ファースト>!」


 今欲しいのは、強さより速さ。俺は自分と剣の両方に、速度偏重の歯車(スキル)を発動する。すると若干体が重く感じられるようになり……それとは裏腹に動きそのものは加速される。


「グギャッ!?」

「ギャーッ!?」


「おらおら、どんどん行くぜ!」


 速度の増した腕で、切れ味の増した剣を振るえば、もはやゴブリン程度では俺の攻撃を防ぐこともかわすこともできない。一体、二体、三体、四体……風すら切り裂く翡翠の刃が閃く度に、ゴブリン達が塵に還る。だが……


「おっ?」


 五体目のゴブリンが、体をよじって俺の剣をかわす。しかし回避は不完全で、仰け反った状態で喉笛を切り裂かれて絶命。六体目のゴブリンは手首を切り飛ばされるも致命傷は避けて後退。そして七体目のゴブリンが、ついに俺の剣をかいくぐって懐に入り込んでくる。


「グギャギャギャギャ!」


「やるな、でもまだ甘い! <歯車連結(ギアコネクト)>、<筋力偏重(パワーシフト)・ファースト>!」


 その動きを、しかし俺はしっかりと把握していた。即座に歯車を筋力偏重へと切り替え、剣の柄から手を離した左手の拳でゴブリンの腹を思い切り殴る。すると元々小柄なゴブリンの体が吹き飛び、手首を飛ばされたゴブリンにぶつかって壁まで転げた。


「どうだ? 増幅率はともかく、瞬時の切り替えは散々特訓したからな! さあ続きだ、<歯車連結(ギアコネクト)>、<速力偏重(スピードシフト)・ファースト>!」


 俺は再び速度偏重へと能力を戻し、文字通り次々と湧いて出てくるゴブリン達を切り伏せていく。真っ黒な見た目から何か特殊な能力でも持っているんじゃないかと警戒していたのだが、今のところ見た目以外の違いは感じない。


(……いや、天井から無限に振ってくるのは十分に異常だろ。こりゃどうすりゃいいんだ?)


 天井からの黒い雫は、未だに滴り続けている。あれをどうにかしない限り、ゴブリン達は永遠に襲ってくると思われる。


 だが大本を叩くにしても、ダンジョンの天井なんてどうしようもない。高さが三メートルほどなのでそもそもこっちの攻撃が届かねーし、仮に届いたとしても壁や天井は俺の力ではかすり傷一つつけられない。


「ローズ、あの天井どうにかできるか?」


「むぅ? どうにかと言われても……手を触れられればフレアスクリーンを貼り付けることはできるじゃろうが、それであの雫を防げるかはわからぬのじゃ」


「そうか……ならもうしばらく様子見だな。ゴレミが起きたら状況に応じて撤退するから、そのつもりでいてくれ」


「わかったのじゃ」


 今ここに俺達が留まっているのは、偏にゴレミが動けないからだ。無限に湧き続ける敵と戦うなんてこっちの負けが確定しているのだから、ゴレミが動けるようになれば……そしてあの雫に対処できないということなら、もはや入り直しで地図が無駄になるなんてことは関係なしに、最短距離で脱出一択となる。


 ならば必要なのは時間稼ぎ。幸いにして敵はゴブリンだけのため、俺達は危なげなく敵を倒し続けていくのだが…………


「……おかしいな?」


 もう何十体目かわからないゴブリンを切り伏せながら、俺は思わずそう声を漏らす。俺達は時間を稼ぎたいのだからこの対応で問題ないわけだが、ではダンジョン側は、どうしてこんな雑魚ばかりを生みだしてくるのだろうか?


(<火吹き山(マウントマキア)>の時は、あの辺じゃ出会わねーような強力な魔物を出現させてきた。なのになんで今回はゴブリンだけ? 強い魔物は数が出せねーってことだとしても、ゴブリン一〇〇体よりあの亀一体の方がよっぽど強いだろ?


 なのになんでゴブリン? ダンジョンも時間を稼いでる……いや、それならそもそも何もしなけりゃ、勝手に時間が過ぎていくだろ? なら俺達を疲れさせて、生け捕りにしたいとか? その可能性ならありそうだが、それにしたってもうちょっと強い魔物の方が疲れたり怪我して行動不能にしやすいはず。


 何だ? この黒いゴブリンの大群には、どんな狙いがあるんだ?)


 与しやすい相手だっただけに、俺の精神に余裕が生まれ、わずかに思考が横に逸れる。そしてその瞬間、目の前で俺に殴りかかってきたゴブリン……ではなく、その背後にいたゴブリンが、不意にニヤリと口元を歪ませた。


「なっ!? うおっ!?」


 ゴブリンが、手に持っていた棍棒を投げた(・・・)。その絶対あり得ない行動に、俺は辛うじて首を動かして回避に成功したが……逆にそれこそが、俺達にとって大きな不運となる。


「うぎゃっ!?」


「ローズ!? しまった!」


 俺が回避してしまったことで、背後にいたローズの後頭部に棍棒が直撃したのだ。全く予期していなかった背後からの打撃に、ローズが悲鳴を上げて倒れ込んだ。するとすぐに防御膜が消失し、ローズ目掛けて大量のゴブリンが殺到し始める。


「くっそ、やらせるかよ!」


 俺は即座に大きく剣を振るい、そんなゴブリン達を牽制する。そのままぐったりと意識を失うローズを左腕で抱えて守りに入ったが、そのために腰を落としてしまったため、即座には立ち上がれない。


 やっちまった、失敗した、やらかした! 歯噛みする俺に、黒いゴブリン軍団が突撃しようとしてくる。だが奥から出てきた無手のゴブリンが、それを押し留めて俺達の前に立った。


「……………………」


「? 何で攻めてこない?」


 その黒水晶のような瞳には、知性の光は感じられない。だがその奥からは、どうもこちらを監視しているような違和感というか、意思のようなものが漂っている気がして……!?


「……なるほど、そういうことか。まさかここが『ナザレの大穴』になるとはな」


 何故ゴブリンだったのか、何故大量に湧き続けていたのか。その謎の答えに辿り着いて、俺は今更苦笑する。


 こいつは、ダンジョンは、ゴブリンに『学習』させたのだ。俺達がどう戦い、同胞がどう負けるのか。無数の屍を積み重ねることで急速に学習させ……そしてついに、こいつは「武器を投げつける」という選択肢にまで辿り着いたのだ。


 それは普通の生き物ならば当たり前に辿り着く考えだが、知性を封じられたダンジョンの魔物であれば決して辿り着けない場所。この黒い魔物に与えられた特性は、正しくその『学習』だったのだろう。


 であればこいつを倒しても、その次はその「負け方」を学習したゴブリンが生まれる。それを延々と繰り返されれば、最後に待っているのは俺達が育てたゴブリンによって、無残に殺される未来だけだ。


「最初から強い魔物にしなかったのは、その方が俺達が絶望しそうだったからか? だよな、いきなり強敵ぶつけてあっさり殺しちまったら、お仕置き(・・・・)にならねーもんなぁ。ったく、いい性格してやがるぜ」


 油断なく剣を構えながら、俺を見下し嘲笑うゴブリンを睨み返す。


 別にこの状態は、窮地でも何でもない。一撃食らうのを覚悟すれば普通に反撃できるし、そこから更に目の前にいるゴブリン達を切り伏せるくらいは十分に可能だ。首から上にさえ攻撃を受けなければ、まだまだ何十分でも戦える。


 ただしそれは、こいつらの強さが変わらなければの話。おそらくは遠からぬうちに仲間同士で連携を取るようになり、前衛後衛の役割分担を始めるようになる。そしてそうなれば苦戦は必至であり、無限の物量に加えて個の力も上回ったゴブリン達に蹂躙されるのは、そう遠い話ではないだろう。


「でも、悪いな。『自分が勝つまでやり続ける』なんてガキの喧嘩に最後まで付き合ってやるほど、俺達も暇じゃねーんだ。だから……食らえ、歯車スプラッシュ!」


「ギャアッ!?」


 こっそり手の中に生みだしていた歯車を、俺は無手のゴブリンに向かって投げつける。そうして奴が悲鳴を上げるのと同時に、俺の背後からも声があがる。


「マスター! こっちに!」


「戦略的撤退!」


 最後にそう捨て台詞を残しつつ、俺はローズを抱えたまま、壁に空いた見覚えのある通路に飛び込んでいった。

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