いつか再び会うために
「どうですか? これで大丈夫だと思うんですけど……」
「う、む…………」
オヤカタさんの腹から慎重に剣を引き抜き、大金が手に入ったこともあって常備していたちょっとお高めの回復薬を使ったことで、オヤカタさんの腹に空いていた穴は綺麗さっぱり消え去った。
しかし確認する俺の言葉に、髭の下で手をもぞもぞ動かすオヤカタさんが、何とも言えない声をあげる。
「まだ痛いですかね? これ以上となると、今すぐはちょっと無理なんですが……」
「ああ、いや、傷は平気だ。痛みはあるが、この程度なら問題ない。そもそもオレ達ドワーフは頑丈だし、加えて今は魔物の体だからな。だが……」
そこで一旦言葉を切ると、髭の隙間から手を伸ばしたオヤカタさんが、その場で手をグッパッと握ったり開いたりしてみたり、あるいは風を切るようにヒラヒラと動かしてみせる。
「この妙な感覚はどういうことだ? 妙に敏感というか……」
「あー、それは俺が使ったスキルの副作用というか……いや、それが目的で使ったんだから、副作用ってのは違うか?」
「……どういうことだ?」
「さっきは軽くしか説明しなかったですけど、意識の鋭敏化って、要は心と体の感度をあげるって感じなんですよ。なのでスキルの効果が続いている限りは、ずっとそんな感じだと思います」
「そ、そうなのか……ということは、何となく気持ちが浮つくようなこれも?」
「そうですね。体だけ敏感でも、心が負けちゃったら魔物になっちゃうかなーと思ったんで」
俺がオヤカタさんを助けた手段は、心身が受ける影響を強めることで自己の存在の認識も強め、それによりダンジョン側からの干渉をはねのけよう、というものだ。
特に今回は思ったよりずっとヤバい状況っぽかったので、俺にできる限りの全力で感度を強化してある。それでも精々五割増しくらいだろうが、いつもより五割増しで痛みや快感を感じるとか、怒りも喜びも、あらゆる感情が五割増しの振れ幅で揺れ動くとなると、なかなかに大変な状態だろう。
「てか、むしろその程度にしか変わってないことの方が驚きなんですけど」
「……………………まあ、オレもいい大人だからな。こんなところで無様に泣きわめく様を晒したりはしない。
だが念のため……念のために聞いておくんだが、これは解除できるのか?」
「できますよ。放っておいても一ヶ月くらいで効果がなくなると思いますし、任意で消す場合は、こう……体の中にある歯車を止めるイメージを強くもってもらえれば、多分元に戻ると思います。
逆にその状態を維持する場合は、時々でいいんで自分の魔力で歯車の回転を維持するように回してやってください。そしたら持続できると思います。
試しにやってみますか? 止めるんじゃなく、回す方で」
「わかった…………」
俺の言葉に、オヤカタさんが髭の下に腕を戻し、目を閉じて動かなくなる。そうしてしばし待つと、目を開けたオヤカタさんが小さく頷いた。
「うむ、何とかなりそうだ」
「ならよかったです。注意としては、止めるのはいつでも止められると思いますけど、また回すのは俺がやらないと無理なんで、止めるのは髭の魔力? が回復してからにしてください」
「ああ、そうしよう。ふぅぅ…………」
流石にここまでやったのに、「何となく落ち着かない」なんて理由で能力を解除され、その流れで魔物墜ちされては泣くに泣けない。そんな俺の気持ちを込めた忠告に頷いて答えたオヤカタさんが、深く長く息を吐きながら、まるで夢でも見ているかのようにぼんやりと天井を見上げる。
「まさかあそこから持ち直せるとはな…………お前達のおかげだ。助けてくれたこと、改めて礼を言う」
「いえいえ、それを言うならこっちこそ、助けさせてくれてありがとうございました」
「そうなのじゃ! いつかまたここに来たとき、知らずにオヤカタ殿に襲われて戦うなど悲しすぎるのじゃ!」
「特にゴレミは、見たら一発でそれがオヤカタのオジジだとわかっちゃうデス。せつなさ炸裂でセンチメンタルなグラフィティを壁に落書きするところなのデス」
「何で落書き……?」
「待て、見たらわかるだと? どういうことだ?」
相変わらずの謎語録に俺が首を傾げるなか、オヤカタさんは怪訝な声でゴレミに問いかける。するとゴレミはあっさりと自分の正体を口にした。
「ゴレミはダンジョン生まれのロックゴーレムデスから、魔物は見たらわかるデス。でも今回はオジジが魔物だと困る理由が何もなかったデスから、あえて指摘しなかったのデス」
「何だと!? それは…………いや、それも含めて運命、か」
「そうじゃな。結局のところ全部上手くいったのじゃから、これでよかったと思うのじゃ」
「だよな」
もっと上手くいく未来も、あるいは派手に失敗する未来もあったのかも知れん。だが現状に不満がないのだから、「もしも」を考える必要もない。小さく笑って同意する俺に、オヤカタさんも頷いて答えてくれる。
「確かにその通りだ。ならばお前達にもらったこの命、有効に使わせてもらうとしよう」
「そうしてください。それでオヤカタさんは、これからどうするんですか? 今度こそ本当に旅に出るとか?」
「いや、オレはこの部屋を出られない。こうなるとそれにも抜け道がありそうな気はするが、一朝一夕でどうにかなるものでもないだろうしな」
「そうじゃな。ジル殿も妾が魔導具の笛で召喚せねば、外に出るのは難しいと言っておったのじゃ」
「…………そっちも前例があるのか? どうやらオレは、オレが思っている以上に無能だったらしい」
「いやいや、それは方向性の違いでしょ! こんなスゲー剣を作れるのはオヤカタさんだけでしょうし! なあゴレミ?」
「そうなのデス! 向き不向きで適材適所なのデス! それに今までできなかったなら、これからできるようになればいいだけなのデス」
「これから……そうか、今のオレには『これから』があるのか…………」
感慨深げにそう言うと、オヤカタさんが近くにあったハンマーを手に取る。それをガチンと金床に振り下ろすと……今は炉に火が入っていないので、消音機能は切れているようだ……楽しそうに目を細め、全身の髭を揺らす。
「ふっふっふ、手の感覚は狂い、やたら気が散るせいで集中力も落ちた。まるで手習いの頃に戻ったようだが……だからこそやり甲斐がある。
なあお前達。オレはこれからも、ここで冒険者……いや、今は探索者だったか? それを待つことにしよう。
だがそれは、倒されるべき魔物としてではない。ここに訪れることのできた者達に相応しい武具を作ってやるためだ。
だからお前達も、いずれまたここに来い。その時は……」
「追加の研磨石をくれるデス!?」
「ゴレミお前、この流れでそれ言うか!?」
己の欲望を剥き出しにしたゴレミの台詞に突っ込みを入れると、きょとんとして言葉を失っていたオヤカタさんが、次の瞬間豪快に笑い声をあげる。
「ガッハッハッハッハ! ああ、いいとも! 一〇〇でも二〇〇でも、好きなだけ作ってやろう! これは手付けだ!」
勢いよく立ち上がったオヤカタさんが、近くの棚から何かを掴んで放り投げてくる。慌ててそれを受け取ると、俺の手の中にあったのは見覚えのある石ころだ。
「ふぉぉ、ゴレミの夢と希望がマスターの手の中にいっぱいデス!」
「欲望の間違いだろうが! いいんですか?」
「ああ、いいとも。置いておいても使い道などないしな。フレデリカの案内がなければここへの再訪は難しいだろうが……それでもオレは、お前達がくるのを待つ。いつまでも、どんな姿に成り果てても、オレとして待つと決めた。
だからもう行け。オレはこれから忙しいんだ」
「わかりました。それじゃ今度こそ失礼します」
炉に火を入れ、俺達に背を向けたオヤカタさんに、俺は笑顔で一礼する。そのまま皆で連れ立って雪原へと出ると……
カーン! カーン! カーン!
「……ははっ」
「いい音なのじゃ」
「やる気が漲ってるデス!」
きっと今だけ、消音の魔導具を切ったのだろう。背後から聞ける小気味よい金属音に背を押され、俺達は今度こそ町へと戻っていくのだった。





