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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第七章 歯車男と夜の雪

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寒いダンジョン

 明けて翌日。俺達は全員揃って同じ部屋から出発した。勿論、そこにやましいことなど一切ない。世間的にも温かい石にくっついて寝る行為を如何わしい等と言うはずもないしな。


 なので宿のオッサンにスゲーニヤニヤした顔で見つめられたとしても、何の問題もない。俺はいつだって清廉潔白であり、下世話な勘ぐりとは無縁の清らかな男なのだ……自分で言っててちょっと悲しくなるが、とにかくそうなのだ。


 ま、そんなどうでもいいことはともかくとして、俺達はその足で朝食を済ませると、いよいよ<永久の雪原(ディアホワイト)>に挑戦すべく探索者ギルドへと向かった。出発前の報告に受付へと向かうと、今日も独特の存在感を放つソエラさんが俺達を出迎えてくれる。


「フフフ、探索者ギルドへようこそ……おや、何だかご機嫌ですね?」


「わかるデス? ゆうべはおたのしみだったのデス!」


「へぇ?」


「ばっか、ふざけんなお前! 単に一緒に寝ただけだろ!?」


「……へぇ?」


 ゴレミの戯言を否定する俺の言葉に、何故かソエラさんの笑みが深くなる。すると隣のローズが呆れたような声で話を続ける。


「クルトよ、それでは否定になっておらぬのじゃ。それに正確にはみんな一緒に寝たのじゃ。ほかほかだったのじゃ」


「そうなのデス! ベッドの中で汗ばむほどに抱きしめ合ったのデス!」


「フフフ、仲がいいのはいいことですけど、探索者を続けるなら、仲良し(・・・)はほどほどにした方がいいかと…………子育て支援の案内とかいります?」


「いらねーよ! んんっ……あー、失礼。そんなことよりこの装備、どうですか?」


 不本意な流れを断ち切るべく、俺はやや強引に話題を変える。というか、むしろこっちが本筋だ。


「お勧めされた店で買いそろえたんですけど、これで大丈夫そうですかね?」


「妾はこの腕輪を買ったのじゃ!」


「ゴレミはマスターとの愛の結晶を標準装備にしたデス! これ一つで心までぽっかぽかなのデス!」


 俺がバサリとコートを開いてみせる横では、ローズが青い宝石の付いた腕輪を、ゴレミが頭に着けたリボンをソエラさんに見せつける。ゴレミだけ方向性が違う気がするが、元々ゴーレムに寒さなんて関係ないのだから、まあそれはそれでいいだろう。


 そしてそんな俺達の装備を、ソエラさんは長い髪を体ごと揺らしながらしっかり眺め、感想をくれる。


「フフフ、バッチリですね……それなら二〇番くらいまでなら大丈夫かと」


「そりゃよかった! んじゃ、行ってきますね」


「行ってくるのじゃ!」


「行ってくるデス!」


「フフフ、お気をつけて…………」


 見た目も言動も怪しいのに、その実割と面倒見がいい感じのソエラさんに見送られ、俺達はホールの方へと移動する。そこで壁に設置された向こう側の景色が歪んで見える門のようなものを超えると、途端に強烈な冷気が周囲を満たし、正面に青い炎を宿す大きな篝火が二つ立っている光景が見えた。


「うぉっ、急に寒くなったな!? でもここ、まだダンジョンの中じゃねーよな?」


「そうデス。さっきの門は、多分外側の冷気が建物のなかに入らないように隔ててる魔導具だと思うデス」


「ならば、あの篝火の向こう側が<永久の雪原(ディアホワイト)>なのじゃ。クルトよ、早速行くのじゃ!」


「おう! それじゃ二人共、入るぞ」


 俺は二人に声をかけ、まずは横並びになって一斉にダンジョンへと踏み入る。するとその瞬間、世界が闇に包まれた。


「っ!? おぉぉ、こいつは…………」


「夜になったデス! それに……」


「でっかいお月様が出ておるのじゃ」


 突然訪れた、明けることのない永遠の夜。空には巨大な月が輝き、白い雪原に照り返すことで夜だというのに驚くほど明るい。


 加えて、周囲の冷気の質が変わっている。さっきまでは普通に寒いというだけだったが、今はそれこそ体の芯が凍り付くような感じで、俺は思わずゴレミの手を握ってしまった。


「? マスター、どうしたデス?」


「あ、いや……すまん。別にどうってことはねーんだけど、何となく?」


「確かに、何となく心細い気持ちになるのじゃ。妾も手を繋ぎたいのじゃ」


「勿論いいデスよ。はい、どーぞ」


「やったのじゃ!」


 左手は俺が掴んでいたので、ゴレミが差し出した右手をローズが嬉しそうに掴んだ。その姿を見て和みつつ、俺は改めてダンジョン内部を観察していく。


「ふーむ、思ったより雪は深くねーな」


「これなら足を取られることはなさそうなのじゃ」


 雪の深さは、俺の足首くらいまで。スポッと埋まる感触はあるものの、動作を妨げるほどじゃない。


 それに周囲も十分に明るい。昼の明るさとは質の違う明るさなので戸惑いがないわけではないが、少なくとも仲間の顔が見えなくて不安になる、なんてことはなさそうだ。


「よし、ならまずは進んでみるか。まずはセオリー通り、一番を目指す」


「了解デス!」

「了解なのじゃ!」


 二人の返事を確認すると、俺達は雪原を進み始めた。ここはまだ入り口なので進むべき道筋を示すように先人の足跡が残っているのだが、あえてそこから少し離れ、新雪を踏む感覚を慣らしていく。


 そうしてしばらく歩くと、ダンジョンの入り口にあったのと同じ、高さ三メートルほどの青白い炎が揺らめく篝火の下に辿り着くことができた。


「ふぅ……ひとまずは来られたな」


「ソエラ殿に散々脅かされていたから、緊張したのじゃ。でも死んでいないのじゃ!」


「しっかり準備したデスから、当然なのデス!」


「だな」


 ゴレミの言葉に頷きつつ、だが内心で「もし準備していなかったら……」と考え、ぶるりと小さく体が震える。


 入り口からここまで、俺達は遠くに見えるこの篝火の光を頼りにまっすぐ歩いてきた。ぱっと見では近そうだったのに、ここに辿り着くまでに一〇分ほど歩いている。


 つまり、距離感がおかしい。空間が歪んでるのか、はたまた周囲に何もないせいで近く見えてしまっていただけなのかはわからねーが、とにかくここでは目で距離を測るのはかなり難しいようだ。


 しかも、真に恐ろしいのはそこではない。


「……本当に誰もいねーんだな」


 入り口からこの篝火までは、特に寄り道するような場所もなく、誰もが一直線に進むところだ。だというのに入り口にあれだけいた他の探索者が、この場には一人もいない。


 というか、そもそもここに来る間に、俺達は誰ともすれ違っていない。誰かに追いつくことも追い越されることもなかったし、探索を終えて帰ってくる他の探索者とすれ違うこともなかったのだ。


 ならば他の探索者は何処にいるのか? その答えは――


「正確には見えないだけで、その辺に一杯いるはずデス。まあお互いに干渉できないなら、いないのと同じではあるデスけども」


「世界がずれる、じゃったか? 実に奇妙なのじゃ」


 そう、このダンジョンの内部では、探索者同士は別の空間? 位相? 何だかよくわからねーが、とにかくそういう場所に分かれるらしい。なので沢山の人達がここを探索しているというのに、その人達と出会うことはあまりない。


 なお完全に出会わないわけではないのは、分割されている世界の数には何十だか何百だかの限りがあって、そのどれかに振り分けられる……つまり同じ世界にいる奴もそこそこはいるから、ということらしい。


 まあその辺の仕組みなんかは俺達が知る由もないことなので、当面はとにかく人に遭いづらいということだけ覚えておけばいいだろう。


「何か、あれだな。このダンジョンは徹底的に『寒さ』を煽ってくるって感じなんだろうな」


「むぅ……確かに、ここはとても寂しいのじゃ……」


 暗く冷たい夜の闇。そこに満ちた静寂と孤独は、体だけでなく心まで凍えさせようとしてくる。だがそんな空気を一発で壊せる奴が、俺達の仲間にはいる。


「そういうときはゴレミにお任せなのデス! マスター達に寂しがる暇なんてこれっぽっちも与えないのデス!」


「おう、頼りにしてるぜ」


「ゴレミがいれば、いつだって楽しいのじゃ!」


「わーい、頼られたデス! ならその期待に応えるためにも、まずは雪原だけに滑らない話を一〇〇連発しちゃうデス!」


「おいおい、大きく出たな。それ失敗すると超寒いやつだぞ?」


「大丈夫なのデス! マスターの面白愉快な失敗談一〇〇選なら、頑固なオジジも思わず大爆笑なのデス!」


「俺の話かよ!? え、それ俺だけ凍えるやつじゃねーの?」


「面白そうなのじゃ! 聞きたいのじゃ!」


「ふふふ、それじゃ最初は――」


「やめろって! 何話すつもりだよ!?」


 調子に乗って喋ろうとするゴレミの口を、俺は背後から押さえ込む。だがゴレミは口を動かして喋っているわけではないので、その発言を止めることはできない。


「その時マスターの視線が、リエラの胸の谷間に――」


「ふぉぉ! 妾には刺激が強いのじゃ! でも続きが気になるのじゃ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 せめてもの抵抗としてあげた俺の魂の叫びは、しかし周囲の雪に吸い込まれ、虚しく消えていくのだった。

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