その現実は夢と消える
――――『まいったな。いつか誰かが来るとは思っていたけれど、まさか彼の仕込んだ裏口から直接ここに来るというのは想定外だよ』
意識が、フワフワする。微睡みのなかで揺蕩う俺に、誰かの声が優しく響く。
――――『にしても、ゴレミって……また随分な名前をつけられたものだね』
――――『いやいや、別に馬鹿にしたわけじゃないって! うんうん、いい名前じゃないか。君の存在を実にストレートに表現しているというか』
浮かんでは、消えていく。覚えられない、留められない。俺という存在が、どうしようもなく曖昧になる。
――――『わかったわかった。じゃあこうしよう。ちょっとだけサービスするから、それで許してくれ。な?』
――――『よし、交渉成立だ! じゃあ今回はこれでお別れだけど……』
あれは誰だ? 俺は誰だ? 声が聞こえる。聞こえる気がする。その声が近づいてきて、そっと俺を見下ろして……
――『いつかきっと、正面からやっておいで。その時は歓迎しよう。ということで……おやすみ、良い夢を』
今という時が、俺という存在が、泡沫となってはじけて消える。そうして俺は……俺は? 俺は…………
「ふがっ!?」
「あ、マスターが起きたデス」
「……ゴレミ?」
目を開けた俺が最初に見たのは、いつものゴレミの顔だった。そのまましばしボーッとしていると、後頭部のゴツゴツした感触が痛くて意識がはっきりしてくる。
「うぅ、物理的に頭が痛い……てか、あれ? 俺何して……?」
「マスターが壁にある変なボタンを押したら、突然倒れちゃったのデス。なのでゴレミがスペシャル膝枕でおはようからおやすみまでマスターを見守っていたのデス!」
「膝枕って、この頭痛はそれでかよ! ボタン……あー、確かに躓いた時に手を壁に突いちまった記憶はあるんだが…………うーん?」
「どうしたデス?」
「…………いや、何でもない」
石枕という拷問器具から上半身を起こして周囲を見回してみたが、変わったところはなにもない。何かがスポッと抜けているような気がするんだが、抜けているのだから当然それが何かはわからない。
「うぅむ……ふごっ!?」
「あ、ローズも起きたデス」
と、そこで俺の側で倒れていたローズも、お姫様にあるまじき声をあげて目を覚ます。バッと顔を上げて素早く周囲を確認した後、俺達の顔を見ると何とも言えない表情で声をかけてきた。
「クルトとゴレミがいるのじゃ……妾はどうしたのじゃ?」
「マスターが壁についてる変なボタンを押したら、ローズとマスターがバッタリと倒れちゃったのデス」
「むぅ……?」
俺にしたのと同じ説明をゴレミがすると、しかしローズもまた眉間に皺を寄せて考え始める。
「それだけなのじゃ? 何かこう、フワッと体が浮いて何処かに跳んでいったような気がするのじゃが……?」
「ゴレミが見ていた限りでは、二人共ここで寝ていただけなのデス。ただ……」
「ただ、何なのじゃ?」
「ゴレミが調べた限りでは、マスターが押したスイッチは、人間の能力を活性化させるような魔法の効果があったっぽいのデス。普通なら寝ぼけた頭がスッキリはっきりする程度の効果デスが、クリスエイドとの死闘を繰り広げた直後の二人なら、ひょっとしたら何か実感出来るようなスキルの成長があったかも知れないのデス。フワッと浮いたというのなら、それを無意識に感じ取った可能性がある……かも知れないデス」
「ほぅ?」
その言葉に、俺は自分の手から歯車を出したり消したりしてみた。だが特にこれといって変わった感じはない。
「……別にいつも通りだな」
「そうデス? 前よりおっきな歯車が出せるようになったとか、歯車が強く回るようになったとかないデスか?」
「ふむん? そう言われてもな……」
試しに可能な限り大きな歯車を出そうとしてみたが、やはり手のひらくらいの大きさまでしか無理だ。回す強さは……どうだろう? 少なくとも軽く魔力を込めた感じだと、強さと魔力の消費量のバランスは変わってないように思える。
「やっぱ同じだな」
「えぇ? そんなはずは…………あと変わるとすれば……そうデス、歯車の材質とかはどうデス?」
「ざ、材質? それは考えたことがなかったな」
何故か焦ったような顔で言うゴレミに、俺は虚を突かれた気分で手の中の歯車を見つめる。木製の本体に金属製の芯棒が刺さった歯車はもはや俺の体の一部と言っていいほどに馴染んでおり、これ以外の歯車を出そうと思ったことは、言われてみればない。
「材質、材質なぁ……石とか鉄とか、そういうことだよな? むむむむむ…………」
なので、まずはとにかく丈夫な材質を想像して歯車を出現させる。するとそれなりの量の魔力が削れるのと同時に、俺の手のひらに銀色に輝く総金属製の歯車が出現した。
「お、おぉぉぉぉ!? スゲー、めっちゃ光ってるじゃん!」
「マスターの手から、メタルなギアが出たデス! 二足歩行で核ミサイルをぶっ放すデス!」
「何でわざわざ二足歩行を強調したんだ? まあいいけど。にしても、おぉぉぉぉ……」
ピカピカの歯車を前に、俺の口元が自然とニヤける。金属、金属か……何だろう、遂にここまできたって感じがする。実際にどう有用なのかはまだわからねーが、ずっしりとした重量感と確かな存在感が素晴らしい。
「凄いのじゃクルト! ピカピカなのじゃ!」
「まあな! ローズの方は何か変わったのか?」
「ふーむ、何となく魔力の通りがよくなっているような気はするのじゃが……こんなところで試すわけにはいかぬから、確実なところはわからぬのじゃ」
「ああ、そりゃそうだな。ならこの部屋の調査も終わったし、戻って確かめるか」
「そうじゃな。ここに居てもこれ以上は何もわからぬじゃろうしな」
何故かはわからないが、俺のなかに「ここにはもう何もない」というイメージが強く湧き上がってくる。それはローズもそうだったようで、俺達は揃って立ち上がると、もう一度軽く室内を見回してから部屋を出た。
「はぁ。あんなに隠してあったのに、結局は古い書斎っていうか、研究室? そんなだったってだけか」
「まあまあ、大発見には違いないのじゃ。あとは兄様に任せて、妾達は調査の報酬を考えておけばいいのじゃ」
「そうデスね。クリスエイドの反乱も防いだデスし、割と凄いご褒美がもらえるんじゃないデス?」
「凄いご褒美なぁ……正直想像がつかん」
仕事の報酬としてもらうなら、最初に思いつくのは当然金だ。だがそれ以外となると、途端に大したことが思いつかなくなる。
「こういうときの定番って、城の宝物庫から好きな物を一つもらえるとかか?」
「宝物庫はあるはずじゃが、妾達が丁度よく使える程度の宝があるかと言われると、正直微妙だと思うのじゃ」
「あとは爵位とか領地とかデス。ローズは最初から皇女デスけど、マスターもこの際貴族になるデス?」
「えぇ? ぜってー無理だろ。領地経営なんてこれっぽっちもできる気がしねーよ」
「なら代官に丸投げして、クルトは名ばかり領主として税収だけを得る感じになるのじゃ?」
「うわ、それ最悪の奴じゃん。俺が知らないところで横領とかされたうえで、俺が責任取らされて首を斬られるやつじゃん! ならんならん! 俺は死んでも貴族にはならねーぞ!
そもそも俺は、まだまだ探索者を続けるんだ! せっかく光る歯車を手に入れたってのに、これを試さねーなんて勿体ないだろ!」
「妾も早く魔法の練習をしたいのじゃ! ここに捕らわれてからずっとまともに体を動かしておらぬから、何だかウズウズしておるのじゃ!」
「ならサクッと報告して、またダンジョンに潜るデス!」
ここは完全に安全な通路なので、俺達はそんなことを駄弁りながら、一路フラム様の待つ部屋へと戻っていった。





