懐かしの仕掛け
「家を建てるなら、やはり西の貴族街だろうか? 城の敷地のなかに作ってもいいんだが……」
「それだとちょっとした出入りとかがいちいち面倒なのじゃ! オーベルならば治安もよいのじゃから、普通に町中に作った方がよいのじゃ」
「交通の便は重要なのデス! エキチカ徒歩五分は正義なのデス!」
「液? ああ、水回りかな? 帝都なら井戸以外にも魔導具の水源が設置されているし、下水も整備されているから、その辺は問題ないと思うよ」
「……………………」
何故か家を建てる場所のことで盛り上がる三人を前に、俺は一人そっとその場を離れていく。当事者なのに部外者というのはどうなんだろうか? いや、そもそも俺はローズと結婚するなんて言ってねーから、家の話なんて関係ないんだが……むぅ。
「あー、それにしてもスゲー部屋だなぁ」
軽い現実逃避も兼ねて、俺は改めて室内を見回してみる。中央に鎮座する赤ちゃんの浮いた魔導具の存在感はとびきりだが、それを別にしても周囲の棚に所狭しと並べられた、色とりどりのガラス管はなかなかの見応えだ。
「これ全部スキルなのか? どんだけあるんだよ……」
パッと見た感じでは、一〇〇や二〇〇ではきかない数が綺麗に並べられている。もし本当にこれだけのスキルを取り込めるなら、何とも胡散臭い『完全な人』とやらはともかく、世界最強くらいなら余裕でなれそうだ。
とはいえ、実際にそれをやろうとした結果がクリスエイドのあれだったのだろうから、試してみたいとは思えない。人間分相応ってのが大事だよな、うん。
「お、よくみたらちゃんと分類分けされてる。この辺が<水魔法>で、こっちが<火魔法>……向こうは<剣術>に<斧術>か」
どうやら魔法系と物理系で大きく分けたうえで、更にそれを細かく分けて収納しているようだ。メジャーなスキルは数も多いが、だからこそ逆にガラス管の少ない場所に目が行く。
「<星光魔法>……何ができるのかわかんねーけど凄そうだな。それにあっちは<聖剣術>? 普通の<剣術>と何が違うんだ?」
何かこう、ビカッと光ったりするんだろうか? 流石に詳細はわからないが、こういうスキルが存在するのだと知り、それを想像するだけでも割と楽しい。気づけば夢中になって棚を眺め回ってしまっていたのだが……
「へへへ、こっちの棚には何が…………うん?」
ふと、壁の低いところに小さな穴が開いていることに気がついた。石壁なのだから積み上げた石の間に小さな隙間があるくらいは不思議でも何でもないのだが、妙にそれが気になって、俺はその場に腰を落として穴に顔を近づける。
「これ、何か見覚えがあるような…………?」
「マスター、どうしたデス?」
「うおっ!?」
と、そこで突然背後から声をかけられ、俺は体を震わせながら振り向く。するとそこにはゴレミの姿があり、いつもの変わらぬ笑顔でこっちを見ている。
「びっくりした……何だよ、与太話はもういいのか?」
「はいデス! 一〇八人の嫁を収容できるハーレムタワーを建造することで決着したデス」
「多いなオイ!? てか一〇八人って、俺が名前を知ってる女の人を全員合わせても、そんなにはいねーんじゃねーか?」
「そこはマスターの将来性に期待したのデス! それより何かあったデス?」
「その将来は未来永劫来ないと思うが……ああ、何か壁に穴が開いてるんだよ。ほら、ここ」
「穴デス? マスター、ゴレミにも穴くらい…………おお、確かに穴が開いているデス。しかもこれ、マスターの歯車が嵌まりそうなのデス」
「歯車……!? あ、そうだよ! これ、その穴だ!」
ゴレミの言葉に、俺の脳内で閃光が走る。思わず大きな声をあげてしまうと、それを聞きつけたローズとフラム様もこっちにやってきた。
「クルト君、どうかしたのかい?」
「どうしたのじゃ? 妾を仲間はずれにしてはいかんのじゃ!」
「はは、悪い悪い。いや、壁のここのところに穴が開いててさ」
「穴……? あー、確かに開いているね」
「でも、それが何なのじゃ? 石壁にちょっと隙間があるくらい、別に珍しくもないと思うのじゃが?」
俺が指差す穴を見て、フラム様とローズが微妙な表情を浮かべる。そりゃ事情を知らなければ、壁に穴が開いているなんて言われてもこの程度の反応だろう。
だが、俺とゴレミは違う。俺達は顔を見合わせニヤリと笑うと、<底なし穴>で俺とゴレミが出会った時の話をした。するとローズ達の表情も変わり、興味深げに穴を観察してくる。
「なるほど、そんなことが……」
「ということは、この穴にクルトの歯車を嵌めて回すと、ここに隠し通路が出現するのじゃ?」
「あー、それは……どうだろう?」
俺自身も大分テンションが上がってしまっていたが、改めてそう問われて首を傾げる。あれはあくまで<底なし穴>の仕掛けであって、似たような穴があったからといって、ここに隠し通路が出現するかと言われると、その確証はこれっぽっちもない。
「あの、フラム様? 念のため確認なんですけど、この壁の向こうってどうなってます?」
「壁の向こう? おそらくは普通に土だと思うけど?」
「ですよねぇ。あーでも、<底なし穴>の限定通路も明らかに壁の厚さとか無視した超空間だったし、ならここに隠し通路が出ることもある……のか?」
俺が顔を向けると、ゴレミが真面目な顔で首を横に振る。
「それはゴレミにもわからないデス。ダンジョンの小部屋をそっくりそのまま持ってきたとしても、そこがダンジョンになるわけではないデス。でも意図して仕掛け込みで部屋を移動させたなら、限定通路の仕組みが再現されている可能性はあると思うデス」
「つまり、やってみねばわからぬということなのじゃ。フラム兄様、どうするのじゃ?」
「そうだね……」
考えるフラム様に、俺達全員の視線が集まる。この場の最高責任者は間違いなくフラム様なので、たとえどれだけ興味があろうとフラム様が駄目といったら駄目なのだ。
なのでおあずけを食らった犬みたいな顔で俺達が見つめていると、フラム様が苦笑してからその口を開く。
「わかったわかった。それじゃ開けてみようか」
「おおー!」
「やったデス!」
「さっすが話がわかる! でも、いいんですか? ここ、相当に大事な部屋ですよね?」
「それは勿論。だから室内の魔導具に……とりわけ中央の『創生の器』に影響があるようなら即座にやめてくれ。
ただまあ、話を聞いた限りでは壁が開いて通路が現れるということだから、室内には影響はないだろうというのが私の判断だ。それに……」
「それに?」
「この部屋や魔導具を用意したのは、全て初代の皇帝陛下だ。ならばこの仕掛けの向こうには、今まで誰も知ることのなかった陛下の真意が眠っている可能性がある。
もしそうだというのなら、この国を継ぐ者として、是非とも知っておくべきだろう?」
「それはまあ、そうですね。じゃ、早速やってみます」
フラム様の許可も下りたということで、俺は壁の穴に<歯車>のスキルで出した歯車を嵌めて力を込める。
が、重い。歯車の動きが滅茶苦茶重い。俺も多少は成長してるし、今度は楽にクルッと回るかと思ったんだが、一年前のあの日と同じかそれ以上の重さに、俺は必死に魔力を込めて歯車を回そうとする。
「ふ、ぎぎぎぎぎ…………」
「頑張るデス、マスター! ゴレミ達の愛の巣まであと一歩なのデス!」
「頑張るのじゃクルトよ! 城の地下に秘密の邸宅を構えるなど、贅沢の極みなのじゃ!」
「そのネタまだ引っ張るのかよ!? ぬぉぉぉぉ……ふんっ!」
ギチギチと鈍い音を立てて抵抗していた歯車が、遂に回る。するとガチッと音がして、正面の壁が音もなく消えた。





