いるはずのない援軍
「漸く戻ってこられましたか……下ろせ」
「げふっ!」
再び扉の前に辿り着くと、クリスエイドの指示により俺の体がぽいっと床の上に投げ出される。痛い。担がれて運ばれている間に回復した体力が、この一瞬で差し引きゼロにまで減った気がする。
「では、今度こそきちんと開けてもらいます。さあ、やりなさい」
「はい…………」
若干痛みが引いてきた……というか、麻痺してきた? 代わりに背中の方が引きつるように痛いんだが、そんな泣き言を言っていられる状況ではない。俺はのそのそと起き上がると、扉の前にやってきてからクリスエイドの方を振り向く。
「あの、開けますから、ローズは……」
「くどいですね。お前に渡していいということは、そのまま投げ捨ててもいいということです。ゴミをゴミとして処分されたくないなら、まず自分が行動で示しなさい」
「っ……はい…………」
仲間をゴミ呼ばわりされるなど業腹の極みだが、怒って殴りかかったところで瞬きする間に取り押さえられるのがオチ。俺は内心の不満を噛み殺し、痛む腕をあげて「歯車の鍵」を穴に差し込む。
集中力は相当に落ちていたが、代わりに今はゴレミの歯車を回し続けてはいない。おかげで何とか鍵の発動に成功し……力を振り絞ってその柄を回すと、ガチッという手応えと共に扉に伸びていた鎖が錠前に吸い込まれていき、次いで支えるもののなくなった錠前がゴトンと床の上に落ちた。
ふむ、『試練の扉』と違って、こっちの錠前は消えないのか……まあ消えたら再施錠できねーしな。というか、もし消える仕様だったら、あの時即座に鍵を閉め直して逃げることもできなかっただろうし、その点だけは幸運だったんだろう。
「遂に、鍵が……! おい、開けろ!」
「……………………」
クリスエイドの指示に、騎士の一人が巨大な扉に手をかける。すると巨大な扉がゆっくりと押し開かれていき……
「ふっ、はっはっはっはっは! 漸くだ! 漸く辿り着いたぞ! これで私は――」
「あの、クリスエイド様」
上機嫌で笑うクリスエイドに、俺は徐に声をかける。するとクリスエイドが若干顔をしかめながら俺の方を見る。
「何ですか? 私の喜びに水を差すとは、無粋な……」
「も、申し訳ありません。ですが、俺は扉を開けました。だからローズを……」
「ああ、そうですね。なら……」
俺の申し出に、クリスエイドがニヤリと笑う。
「ローザリア、その男を殺しなさい」
「……ファイヤーボール」
「なっ!? ぐあっ!?」
クリスエイドのその言葉に、近づいてきたローズが再び俺の体を火球の魔法で吹き飛ばした。当然ローズも吹っ飛ぶわけだが、相変わらずうめき声一つあげることはない。
「て、めぇ、どういうつもりだ!? ローズは助けるって約束だっただろ!?」
「? だからローザリアは助かっているでしょう? 私が出した指示はあくまでもお前を殺すためのものなのですから」
「ふざけんな! ローズの攻撃魔法は自爆前提なんだぞ!? そんなの使って無事なわけねーだろうが!」
体が痛い。喉がひりつき皮膚が焼け付き、だがそれでも俺は怒りを燃やしてクリスエイドに叩きつける。するとクリスエイドは意外そうな顔で俺を見た。
「ほう? これだけされてまだローザリアの方を気にするのですか。ならば……」
そこで一旦言葉を切ると、クリスエイドが緑の騎士が持っていた剣を俺の目の前に放り投げてくる。
「少しだけ興が乗りました。もしお前が助かりたいというのなら、それでローザリアを殺しなさい」
「……は!? 馬鹿かお前、誰がそんなこと……ぐっ!?」
呆気にとられる俺に、再び歩み寄ってきたローズが近距離で魔法を炸裂させる。俺の方は床に膝を突いていたので耐えられたが、ローズの小さな体はやはり吹き飛んでしまう。
「ローズ!? もうやめろ!」
ローズの体は、自分の魔法では火傷を負ったりしない。だが吹き飛ばされた衝撃は別だ。肘の部分には血が滲み、スカートの裾からも赤い筋が垂れ落ちているのが見える。
だが俺の声はローズに届かない。よろよろフラフラしながらも、クリスエイドに与えられた命令をこなすべく、俺の方へと近づいてこようとする。
「さあ、どうします? ローザリアを傷つけたくないなら、その剣で今すぐ自殺でもすればいい! あるいは自分が生き残るためにローザリアを殺しますか? いくら弱っているとはいえ、この近距離で小娘一人なら、お前だって殺せるでしょう?
さあさあさあ、お前はどうする? どんな選択をするのです? もし私を満足させる選択をしたならば、本当にもう一度飼うことを検討してもいいですよ?」
「チッ……」
興奮気味にそう口にするクリスエイドを、俺は思いきり舌打ちをしてから意識から外した。もうこいつのことは気にしても意味がない。それより問題は……
「ローズ……っ」
のそのそと歩み寄ってくるローズに、俺はどうしていいのかわからない。ただ黙って魔法を食らってやるだけでもローズは傷ついてしまうし、かといってこっちから反撃できるはずもない。
「ローズ! やめるんだ! あんなアホのいいなりになんてなるんじゃねぇ!」
なので俺は、必死になってローズに呼びかける。だがローズの動きは止まらず、やむなく俺は後ずさろうとするが……
「おっと、あまり移動されては困りますね。おい、あいつを逃がさないように囲んで守れ」
クリスエイドの指示により、扉の横から俺達を囲うように、緑の騎士達が半円状の隊列を組んで立ち並ぶ。それは壁と同義であり、そこより後ろには下がれない。
「逃げて先延ばしなんてつまらない選択はさせませんよ。さあ、覚悟を決めなさい」
「……そうだな。ああ、覚悟を決めるとき、か」
くだらないクリスエイドの煽りに、俺はローズに向かって両手を広げる。そして手の前に浮かべた火球ごと、ローズの小さな体を抱きしめた。
「……ファイヤーボール」
「ぐふっ!」
魔法が炸裂し、逃げ場のない衝撃が俺の腹を揺さぶる。だが……
「…………ははっ、どうだ。これならローズは傷つかねーだろ?」
ローズが怪我を負うのは、あくまでも吹き飛んだ衝撃でのみ。ならこうすれば俺のダメージが倍増する代わりに、ローズはもう怪我をしない。
「大丈夫だローズ。俺が必ずお前を助けてやる」
「……ファイヤーボール」
「ぐっふっ! ……へへ、効かねーな。さっきクリスエイドに蹴られた時の方がずっと痛かったぜ。だから安心しろ」
「……ファイヤー、ボール」
「俺は死なねーし、お前に俺も殺させねーよ。必ずみんなで無事に生きて帰るんだ……」
「……ファイヤー……ボール」
「ぐほっ!? げほっ、げほっ…………さあ、ローズ…………」
俺は口に鉄さびの味を滲ませながら、一縷の望みをかけてローズの内側に入り込もうとする。操られているというのなら、ローズの精神世界に入り込めれば、きっと解決法があると思ったからだ。
俺の体がずり落ちて、ローズの腰の辺りに縋り付く形になる。本来なら肌に直接触れたいが、流石にスカートを捲り上げて頭を突っ込む気力はない。
だが、今の俺達ならきっといける。そう信じて俺は――
「今なのデス! ゴレミスパンキーング!」
ペチィィィィィィン!
その瞬間、騎士達の壁の下をスライディングで抜けてきたゴレミが、ローズの尻を思い切りひっぱたいた。





