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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第一章 歯車男と石娘

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無駄で有用なワンクッション

「マスター? さっきから歯車が止まってるデスよ?」


「ん? ああ、悪い」


 その日の夜。食事を終えて宿に戻った俺は、ゴレミの魔力を補給しつつ考え事をしていた。だがどうやら考え事の方に意識が向きすぎたせいで、歯車の回転が止まってしまっていたらしい。


「いくらゴレミのおへそがキュートだからって、見とれてちゃ駄目デスよ?」


「何がキュートだ、石じゃねーか」


 メイド服をたくし上げた一〇歳の少女の腹を見つめて唸っていると言えば紛うことなき変態だが、石像の前で思想に耽っていると表現すると何となく厳かな感じがする。なので俺がやっているのは後者だ。異論は認めない。


「……ひょっとして、リエラの言っていたことを考えているデスか?」


「まあな」


 ほんの数時間前にリエラさんからもたらされたひらめきは、俺にとって驚天動地のものだった。そのまま受け入れるのは難しいが、<歯車>のスキルを持つ者としてあの発想は是非生かしたい。


「にしても、歯車は回ることで力を伝達する、か……何て斬新な発想なんだ……」


「そう考えてるのは、多分世界でマスターだけだと思うデスよ?」


「そうか? 手から歯車が出たら、誰だって投げると思うんだが……はっ!? ってことはむしろ俺の方が没個性だったってことか!? くそっ、時代の最先端を突っ走るのは難しいぜ……」


「その最先端は、かなり斜め上だと思うデス」


 ゴレミの言葉を聞き流しながら、俺はそのへそに目を向ける。いや、石像であるゴレミが母親の腹から生まれるわけがねーから、実際にはへその位置にあるくぼみだが……そこでは俺の手から生み出された歯車が、俺の意思を受けて今もクルクル回っている。


「そう言えば、ゴレミはどういう仕組みで俺の歯車から魔力を補充してるんだ?」


「どうと言われても、ゴレミにだってわからないデス」


「え? 自分のことなのにか?」


「マスターだって、食べ物を食べたらお腹がいっぱいになって力が出ることはわかっても、どうしてそうなるのかって聞かれたらわからないのでは?」


「おーん?」


 言われて、俺は考える。確かに、人は飯を食ってそれを力に変える。だがそれがどんな仕組みかと言われたら……うむ、わからんな。


 いや、食ったものが胃で消化され、腸で吸収されて……みたいな大まかな流れは勿論わかるけど、もっと細かく説明しろと言われたらわからないってことだ。


「ゴレミも同じデス。お腹のここにはめた歯車を回すと魔力が補充されますけど、実際にどんな機構でそうなっているのかはわからないのデス。それに仮にわかったとしても、多分複雑過ぎてマスターじゃ理解できないと思うのデス」


「そりゃそうだな。ちなみにだけど、その歯車って俺の手から出したやつじゃないと駄目なのか? それともそこにぴったりはまる歯車があって、それを別の奴がクルクル回したら魔力になるのか?」


「うーん……多分デスけど、魔力は補充できると思うデス。でもこんなちっちゃい歯車を今のペースで回し続けるには、筋肉ムキムキのむさいオッサンが汗だくになりながら頑張る必要があると思うのデス。


 そういう意味では、マスターの<歯車>スキルは魔力を回転力に変換する効率がとてもいいと言えるデスね」


「なるほど。変換効率か……」


 魔力というのは、基本的に何かに変換して使うものだ。<筋力強化>ならそのまま筋力が強くなるし、<火魔法>なら魔力を火という現象に変換して運用することができる。


 そして俺の<歯車>は、その変換効率がいいとゴレミは言う。それ自体はとても喜ばしいことだが、看過できない大問題が一つ。


「なあゴレミ。変換効率がいいのはいいんだが……魔力を一旦歯車の回転力に変えている以上、そこから別の何かに変えるには、そいつに歯車から力を取り出す機構がついてねーとだよな?」


「そうデスね」


「……俺、歯車がついてる武器とか防具なんて見たことねーんだけど?」


 魔力を込めることで切れ味が増す剣や、込められた魔法が発動する杖、障壁が生み出される盾などの魔法武具は、ごく普通に存在する。その多くはダンジョン産だが、<魔力注入>や<魔導武具作成>などのスキルを持つ者であれば自作することも可能だ。


 そしてここは、世界に七つしかない大ダンジョンの一つ、<底なし穴(アンダーアビス)>のあるエーレンティアの町。俺みたいな底辺の新人から超一流の探索者まで大量にいるので、その手の品物のラインナップもかなり充実している。


 だがそれでもなお、俺はこの町で「持ち手に歯車の穴が開いた剣」とか「胸に歯車をはめるくぼみのある鎧」なんてものを一度としてみたことがない。


 というか、なくて当然だ。何せ<歯車>のスキルを持ってるのは俺しかいねーんだからな。


「おい、まさかオーダーメイドか? んなの無理に決まってんだろ!」


 オーダーメイドが出来ないというわけではない。この町の優秀な職人なら、歯車機構のついた武器なんて珍妙な要求でも、きっとやってくれると信じている。


 だがそんな職人に依頼を出す金を、俺みたいな駆け出しが持ってるはずがない。と言うか完全オーダーメイドの武器なんて、それこそ深層に潜ってるような探索者じゃなきゃ手が出ない代物だ。


「何てこった、俺の歯車道はここで終わってしまった……」


「いや、何も終わってないデスよ!? むしろここから頑張るところではないのデスか?」


「そりゃそうだ。よし、俺の歯車道はここからが本番だ!」


「マスター……適当な発言も大概にした方がいいデスよ?」


「お前が言うのかよ!?」


 一番言われたくない奴に言われて、俺は思わず歯車の回転力を上げてしまった。するとゴレミがピクッと体を震わせ、少し恥ずかしそうな表情で俺の額を小突く。


「あんっ! もう、マスター? オイタは駄目デスよ?」


「お、おぅ……お前、ホントそういうのやめろよ」


「あれあれー? ひょっとして照れてますか? マスターったら可愛いデスねー」


「うるせーよボケ! つか、なんで石像の頬がちょっと赤くなるんだよ? 基本灰色と緑じゃねーか!」


「むー、乙女の肌に言及するなんて、マスターはデリカシーというものをもっと学習するべきデス!」


「石像にデリカシーを問われるとは……ふぅ、落ち着け。とにかくリエラさんから教わったことを実行するのは、相当先になりそうだな」


「そうデスね。マスターはゴレミというSSSSSSSRを引き当てちゃったばかりデスから、もう来々々世までミジンコ転生が確定してるくらい運を使い果たしちゃってるはずデスし」


「チッ。今からお前を返品して、先輩が引き当てたらしい歯車武具と交換できねーかな」


「チェンジは受け付けてないのデス! っと、もういいデスよ。ゴレミは魔力(おなか)いっぱいデス」


「お、そうか。ならそろそろ寝るか。今日は一日ダンジョンを駆け回って疲れたし」


 俺はゴレミのへそから歯車を消し、軽く肩を回したりしながら言う。消費しているのは魔力だけなんだが、似たような格好でジッとしているとどうしても関節が固まっちまうからな。


「了解デス! ではマスター、今夜もゴレミと一緒にベッドインデス!」


「えぇ? お前がベッドに寝ると、スゲーギシギシ鳴るんだけど……」


「はうっ!? 乙女の体重を指摘するなんて、デリカシー以前の問題デスよ!?」


「許容にも限度があるって話だよ! てか、マジでお前何キロあるんだ? 石像だし、スゲー重いよな?」


「それ聞いちゃうとか、ナシよりのナシデス……ならいいデス。ゴレミは石像らしく、床の上に寝るデス……」


「…………チッ」


 しょんぼりしながら床に横になるゴレミに、俺は大きく舌打ちしてから布団をまくり上げる。


「ほら、来たいなら来いよ」


「わーいデス! やっぱりマスターは優しいデス!」


「ったく……そもそもなんでゴーレムなのに寝るんだ? 普通寝ないよな?」


「起きてることは可能デスけど、夜中に一人でずーっと起きてても寂しいだけデス。なら横になって睡眠……記憶と経験の整理をした方が有意義デス」


「ぬぅ、それっぽい理屈を言われると反論もできんな。まあいいけど……んじゃ、明かり消すぞ?」


「はーいデス」


 俺はベッドサイドのランタンに手を伸ばし、その灯を消す。すると室内に闇と静寂が満ち、ベッドの中に優しいぬくもりが広がっていく。


「……なあ、なんで石像なのにゴレミはちょっと暖かいんだ?」


「それは勿論、マスターへの愛が溢れているからデス」


「あー……そっか。そいつぁいいな」


 もはや突っ込むのも面倒とばかりに、俺はゆっくり目を閉じる。そうして不思議な暖かさをすぐ隣に感じながら、俺は疲れた体を眠りの世界へと沈めていくのだった。

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[一言] 冒険者じゃなくてホワイトカラーとして社会の歯車として世渡りする才能とかありそう そして前衛剣士としてホッケーマスクにチェンソー、逃げ足の歯車マキビシと、道具さえあれば割と強そう
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