第26話 犠牲。それは、あるべき場所に戻る。
我はゴーレムなり。
我は壊してしまった扉をどんどん直す。扉を直し続けて早一年。
このペースでは扉を直しきるまで、あと2、3年かかるのではなかろうか。
しかし、我も最近扉を直すスキルが上がってきたのだ。今まではひとつひとつ扉を直していたのだが、我の身体に触れているところならば復元できることが最近わかったのだ。
そのため、最近の我はごろんと寝転がり、ぴーんと手を伸ばす。そして、足と手で別々の扉を直しているのだ。効率2倍。寝転がって遊んでいるように見えても、ちゃんと仕事をしている働き者のゴーレムなのだ。
そんな我と共に、最初から扉を直すのを見続けてきたのがニューメだ。
ラクジタカと連絡がとれず、老婆に応援を頼んでも、なかなか応援がこなかった。
あの時のニューメの悲壮感はたいそうなものだった。
我も思わず、悲壮感に打ちのめされたニューメをいろんなアングルから心のシャッターを切ってしまったものだ。ニューメには内緒にしているが、我がゴーレムメモリーの中に、ニューメの悲壮というアルバムを作ってしまったくらいだ。
「応援来たらず」
と、ニューメはがっくりとしていた。そして、ニューメは服のポケットの中から何かを取りだして、飲むようになった。
我が何を飲んでいるのか聞いたところ、ニューメは血走った目で我を見つめつつ笑顔で答えてくれた。
「死ぬ気でがんばるくんという栄養ドリンクです」
正直、ちょっと怖かったのだ。栄養ドリンクがあるのかと驚いたが、我は一言だけ『そ、そうか、死ぬ前に休んだ方がいいのだ』とだけ伝え、扉を直す作業にいそしんだ。
その後もなかなかニューメの応援は来なかった。そして、今も応援は来ていない。
なんでも、ラクジタカの扉探索の方で本当に異常事態が発生してしまい、そちらの対処で老婆も身動きがとれぬらしいのだ。
そんな中、ニューメは驚くべきスキルを作り上げた。
それは分身の術!
なんでも応援が来ないなら、私が複数いればいいじゃないという発想に至ったらしい。ニューメは3人に分身することができるらしい。力は3分の1にまで減るらしい。
「これで応援が来なくてもへっちゃらです!」
『そ、そうか、よかったのだ』
ニューメが良い笑顔で我に報告してくれた。我もニューメがうれしそうでよかったと思うのだ。
今日も我はごろごろ転がりながら、扉を直し続ける。
◆
さらに1年が経った。
我が寝転がりながら扉を直していると、ニューメが「なに、あの黒い空間?」とぽつりと呟いた。
そしてすぐさまニューメは「あっ」と言いながら、我の方を見てきた。我は寝転がりながら、首だけをきょろきょろと動かす。
あっ、本当なのだ!
なにか黒い空間ができているのである。しかも、あの黒い空間はかなりの大きさなのではなかろうか。
我は扉を直しきると、ぱっと立ち上がり、黒い空間へ向かって走り出した。
走り出すのに大層な理由はいらない。ただ面白そうだから! それだけで十分なのだ!
「ゴーレムさん! 行っちゃ駄目です!」
「No.1! 緊急事態です! 起きてください!」
「うーん? どうしたの、No.3?」
「私は先に行くから! 止まってくださーい! ゴーレムさん!」
「了解! 私もNo.1を起こしたら、すぐに追いかけるよ!」
我はタタタタと黒い空間に向かって走り続ける。
その後をニューメNo.2が追ってくる。「止まってくださーい!」と言われても、この2年、我は扉を直し続けてきたのだ。たまには違うことをしても良いと思うのである!
我はニューメの声を無視して、黒い空間へと向かってどんどんと走っていく。
◆
我が黒い空間に近づいたとき、そこには多くの者たちがいた。
なぜか、その者達の多くは、似たようなローブを着て、フードも深めにかぶっていた。我はおかしな恰好が流行っているのだなと思いながら、その者達の中をかき分けて中心へと向かっていく。中心の方には大きなローブを着た巨人もいたからだ。
我が中心付近に辿り着くと、老婆を発見した。老婆の前にいるローブを着ている者は、声からしてラクジタカのようだ。悲壮な雰囲気が漂っているが、ここでは一体何が起こっているのだろうか?
我にできることがあればよいがと思いながら、我は老婆に声をかけた。
『老婆よ、何があったのだ?
この悲壮な雰囲気、ただごとではあるまい』
我の問いかけに、老婆とラクジタカ、さらにジャジャイアンだと思われる巨人はビクッとなりつつ、我の方を振り返った。
「ご、ゴーレム? なぜ、あんたがここに!?
扉を直していたんじゃなかったのか!?」
『うむ、扉を直していたが、この黒い空間が見えたので急いで駆けつけたのだ』
老婆は我の言葉を聞いて、顔をしかめた。
「ただでさえ、やっかいな事態なのに、やっかいな存在が来てしまったようだね」
『なっ!? 我はやっかいな存在ではないぞ!
ちょっとでいいから、何があったか、話してみるがよい!
名探偵ゴーレムが問題を見事に解決してみせようではないか』
そんな我に老婆は、どうしようかという表情を見せる。
そして、ようやくニューメが我に追いついてきて、はぁはぁと息を切らしていた。
「まぁ、いいだろう。状況だけは説明しておこうかね。
これは2年前から始まった異常なのだが、この空間の中に呑み込まれた者はとんでもない姿に変わってしまうのだよ」
『とんでもない姿?』
我が首を傾げると、ラクジタカが老婆の言葉を引き継いだ。
「はい。黒い空間に呑み込まれた者は、体中がおかしな色と柄に染め上げられてしまうのです」
ラクジタカはそう言うと、そっとローブの下から手を出した。
その手を見て、ニューメはうっと顔をしかめる。我もその手を見たが、見慣れた色と柄だなと思った。そんな我の様子を見て、老婆は少し疑問に思ったようだ。
「ゴーレム、あんたは全然驚かないね。
あんたこそ一番驚きそうだと思っていたんだけど」
『うむ。別に我にとっては見慣れた色と柄だからな。
何も驚くようなことではないのだ』
我の言葉を聞いた周りの者たちは「えっ」と驚きながら、我の方を見てくる。それを聞いたラクジタカが慌てて我に質問してくる。
「ゴーレムさん。見慣れた色と柄というのはどういうことなのでしょうか?」
『ん? いや、何。我もこの空間に来るまでな、今のおぬしの手のような色と柄の取り外すことの出来ないポーチを身につけていたのだ。それで、この空間では何故か、そのポーチを取り外すことができたのだ。だから、近くにあった扉に目印のために引っかけておいたのだ。だから、我に取ってはなじみ深い色と柄だと言えるのだよ』
我の言葉を聞いた、周りの管理者たちは呆然としながら我の方を見てくる。
えっ、なんだ? 我が何かおかしいことを言っただろうか?
「ポーチ? なじみ深い?
えっ、じゃあ、あの原因のポーチはゴーレムさんのもの?」
ラクジタカが何かぶつぶつと言い始めた。老婆がはぁと大きくため息をつき、赤い目を細めながら我の方を見てくる。
「どうやら、この問題もあんたが原因のようだね」
『なっ!? なんのことだ!?
我は何もしていないであろう! 我が原因とは断固抗議するのだ!』
「いいや、間違いなくあんただね! あんたのポーチが中心となって、この黒い空間ができあがっているんだよ」
『ん? もしかして、この黒い空間の中心はないわーポーチなのか?』
「そうだよ。そのポーチが中心となってできあがっているんだよ」
我と老婆は無言で見つめ合う。
『もしよければ、我がないわーポーチを取ってこようか?』
「そうしてくれるかい」
『うむ、まかせておくがよい!』
我は黒い空間に近づき、そっと手を黒い空間の中に入れてみる。それを見た管理者たちから、ざわめきが起こる。我が黒い空間の中から手を引き抜いて確認してみると、特に変わったところは見られなかった。
『うむ、大丈夫そうなのだ!
行ってくるのだ!』
我が黒い空間の中に駆け込もうとすると、ニューメが我に声をかけてきた。
「待ってください! 私も行きます!」
ニューメの言葉を聞き、管理者たちからおどろきの声が上がる。しかし、ラクジタカから待ったがかかる。
「ありがとう、ニューメ。でも、あなたがこの中に入っていくことはないわ。
私がゴーレムさんと一緒に行くからあなたはここで待っていてください」
「ラクジタカ様! しかし、それでは」
「大丈夫。ニューメ、あなたには応援を送ってあげられなかったのだから、これくらいは私にさせてください」
「ラクジタカ様……」
なんか、今生の別れみたいな感じになっているのだ。
そんなにひどい空間なのだろうか?
『ついてくると言うのであれば、我がバリアを張るから、二人とも付いてきて大丈夫だぞ』
「「えっ」」
驚く二人を無視して、我はバリアを発動する。
『それでは行こうではないか』
「「あ、はい」」
我はラクジタカとニューメと共に、黒い空間の内部へと進んでいった。
◆
黒い空間も我のバリアを越えてまで侵入してくることはできないようだった。
ラクジタカが思わず「すごい」と呟いた。それを聞いた我は内心でふっふっふと思いながら、黒い空間の中心へと向かって歩いていく。
そして、それはあった。
懐かしのないわーポーチ!
我が扉にかけておいた時と変わらぬ状態でないわーポーチは我の帰りを待っていたのだ。
「なんというまがまがしいオーラ!
あれがこの異常な空間の中心に間違いない!」
ラクジタカが真剣な表情でないわーポーチをにらみつける。
たしかにないわーポーチからは、まがまがしいオーラが出ているけど、人の物に対して失礼な言い方なのだ。
失礼しちゃうのだと思いながら、我はないわーポーチに近づき、そっと手に取り、とりあえず肩にかけた。後で振り返ると、なぜ我は肩にかけてしまったのかと自問せずにはいられない。
しかし、その時はごく自然にないわーポーチを肩にかけてしまったのだ。
あるべきところに戻った、ないわーポーチ。その変化はすぐさま起こった。
すると、ないわーポーチを中心に発生していた黒い空間が、パリンという音と共に、光の粒子となって消え去っていく。
その光景に、ニューメはもちろん、ラクジタカも目を見開く。
ラクジタカは自分の手をローブから出して見てみると、元通りになっていたようだ。ないわーポーチの色と柄から、解放されたラクジタカはローブを脱ぎ去り、一人静かに涙を流す。
「よかったです! 本当によかったですね! ラクジタカ様!」
ラクジタカを励ますニューメの声だけが、辺りには響いた。
我はその様子をうむうむと頷きながら見ていて、ふと思った。
何も考えずに、我はないわーポーチを肩にかけてしまったが、わざわざかける必要はなかったのだ。
ふー、失敗失敗と思いながら、ないわーポーチを肩から取り外そうとすると、黒いオーラがあふれだし、取り外せない。
ふんぬー! ふんぬー! と、我は必死にないわーポーチを外そうとするも、まったく外れない。
我はあまりの出来事に愕然とする。
な、なんてことだ!? また、我からないわーポーチが外れなくなってしまったのだ。
『うわぁあああああああああああああああ!』
という、我の叫び声が辺りに響き渡った。
◆
ゴーレムとラクジタカ、ニューメを見送った管理者たちが、黒い空間の外で不安そうに待っていると、奇跡は起こった。
突如、黒い空間がパリンという音と共に、光の粒子となって消え去っていくのだ。
管理者たちは突然の事に驚愕する。そして、ローブに身を包んでいた者達は自身の変化に気がついた。
何をしても元にもどらなかった、おかしな色と柄が元通りになっていたのだ。
もうこれから一生このままかもしれないという不安と絶望にさらされていた管理者たち。彼らは突然の変化に、ある者は大声で叫び、ある者は涙を流し、周りにいた管理者たちと喜びを分かちあい、爆発させた。
この日は、管理者たちの間で、解放の日として長く語り継がれることになる。
そして、原因がゴーレムのないわーポーチだということが広く知れ渡り、万物崩壊での破壊と合わさって、災厄のゴーレムという呼び名が管理者たちに定着することになった。
そんな中で、トウアクイテだけが、疲れた様子でひとりごちた。
「今回の原因もまたゴーレムかえ」
こうしてゴーレムが原因で起こった悲劇は、ゴーレムの犠牲によって終わりを迎えた。管理者たちは平穏を取り戻したのであった。
この小説の感想欄の2割ぐらいはないわーでできています。




