第19話 ゴーレムは語る
我はゴーレムなり。
老婆の言葉に従って、我はしばしこの部屋で待機させてもらうことにした。本当に我が元の世界に戻る為に力を貸してくれる者達が現れるのであろうか。
ん?
そういえば、この老婆は占い師ということなのだし、我が元の世界に戻る為の扉がどこにあるのかを占ってもらえば良いのではないか?
そうだよ!
その通りだ!
『老婆よ、おぬしは占い師なら、我が元の世界に戻る為の扉がどこにあるか占って欲しいのだ!』
老婆はフードの下の赤い瞳で我をちろりと見る。
「ひっひっひ、すでに占っているわえ。
どうやら、お前さんを元の世界に戻すのが一番良さそうだからねぇ」
おお、なんと。この老婆は仕事のできる老婆のようだ!
『なんだ! だったら教えて欲しいのだ!
我も元の世界に戻りたいし、一人でとっとと帰るのだ!』
「だめだね。あんたには教えられないよ」
老婆は首を左右に振りながら、我には戻る為の扉を教えてくれないという。
なぜだ!?
『老婆よ!
その外見から、意地悪な老婆なのは我にもわかる。
しかし、我も早く帰りたいのだ!
どうか教えて欲しいのだ!』
「誰が、意地悪な老婆じゃい!
別に意地悪で教えられないって言っているんじゃないよ!」
我は老婆の言葉に首を傾げる。
意地悪ではないのに、我に戻る為の扉を教えてくれないとはどういうことだろうか?
『老婆よ、なぜだ?
意地悪でないなら、なぜ我に教えてくれぬのだ?』
「ひっひっひ、そりゃあんた一人に教えても辿りつけないだろう?
どうせ、適当に歩いて、道に迷うのがオチだわえ」
『なっ!?
我はそんなに方向音痴ではないぞ!
直進も出来るし、右にも左にも突き進めるのだ!』
老婆は、目を細めてやれやれと呟いた。
「いや、お前さんを一人でいかせることは出来ないね。
今の返事を聞いてより一層不安になったよ。現に、悪意もなく、世界を破壊するモノという称号を持っているじゃないか」
『ぐぬぬ。頑固な老婆なのだ』
我は両手を握りしめ、老婆をじっと見るが、老婆はにやりと笑うばかりだ。
これはどうあっても教えてくれぬらしい。
『はぁ、仕方ないのだ。
我も人の話を聞けるゴーレムだからな。しばし、この部屋で待たせてもらうことにするのだ』
「ひっひっひ、そうしておくれ」
◆
我は老婆の部屋を歩き回る。
結構きれいに掃除がされているのだ。暇だから掃除でもしようかと思ったが、これではあまり意味がないね。
うーん、何をしよう。
◆
我は老婆の部屋を歩き回るが、特にこれといってすることがない。
あっ、そうだ!
部屋の中心にあった世界儀を見てみるのだ。
我が世界儀にタタタと駆け寄ろうとすると、老婆から待ったがかかった。
「ちょっと、ゴーレム!
それ以上、世界儀に近づくんじゃないよ!」
『なぜなのだ?
我は暇だから、世界儀を見て、中に入るくらい良いではないか!』
「いいや、ダメだね!
あんたが近寄ったら、世界儀がはちゃめちゃになっちまうよ。
あたしの管理する世界儀はきちんと面倒を見ているんだから、余計なことはしないでおくれ」
『なっ、その言い方ではまるで、我が近寄るだけで、老婆の管理している世界儀をはちゃめちゃにするような言い方ではないか!
我はこう見えても、数々の世界儀に手を貸してきたのだぞ!』
老婆はふぅとため息をついて、ゴーレムを見つめる。
「ちょっと、あたしの前においで。
それで、ゴーレム、あんたが手を貸してきたという世界儀について話してみておくれ」
『おお、老婆は我の話を聞きたいのか。
よかろう。我が手を貸してきた世界儀について話そうではないか』
◆
『まず一つ目の世界儀は、デカイ鳥、チュンデュンチュチュンという名の管理者が面倒を見ていたのだ』
「ほぅ。聞かぬ名だね。新米管理者なのかねぇ」
『うむ、おそらくそうなのだ。そして、デカイ鳥は我のことを監査官と見抜いて、助言を求めてきた』
「ちょっとお待ち!
ゴーレム、あんたは監査官なのか?」
『うむ。我もこう見えて、元いた世界では、書類に判子を押す立場のモノなのだよ』
どうよと胸を張って老婆を見るが、老婆は、はぁと大きくため息をついた。
「あんた、そりゃ違う」
『違う? 違うとはいったいどういうことなのだ?』
「この白い空間内には、管理者が悪いことをしていないかというのをチェックする監査官という役職の者がいるのさ。別にあんたが、元の世界で判子を押していたというのは何の関係もないよ」
『な、なにぃ!?
そうなのか! だから、あの鳥はやけに真剣に我に話しかけてきたのだな!
謎がひとつ解けたのだ』
「いや、あんた、その時にもっときちんと話をして誤解を解いておきないよ」
『うむ、そうだな。次からは気を付けるのだ』
「で、その部屋では何をやらかしたんだい?」
『何をやらかしたとは、失礼な。まるで我が何かをやらかしてしまったような言い方ではないか!』
「いや、間違いなく、あんたはやらかしているよ」
老婆は何かの確信があるのか、我が何かをやらかしたと断言する。
まったく、失礼な老婆なのだ。
『まったく失礼なのだ。我はデカイ鳥ががんばっていたので、ちょっとだけ力を貸してあげただけなのだ!』
老婆は目を細める。
「力を貸すって一体何をしたんだい?」
『我は、デカイ鳥の部屋にあった世界儀に力を注いだだけなのだ。
かなり力を注いだから、デカイ鳥も興奮して、我を押しのけて世界儀を食い入るように見ていたのだ。そして、こう言ったよ。良い状態だってね』
ふふんと我は胸を反らせる。
別に我は何もやらかしていないだろう! 老婆は目を細めたまま、少し考えた後、我に質問してきた。
「その鳥は、本当に良い状態だって言ったのかい?」
『うむ。間違いないのだ。正確には、なんだったかな。<せ、せいめいたいが、い、いじょう、たいへんだ。しんかしてしまっている>って言ってたのかな』
老婆は大きく頭を振った。
「そりゃ、違うよ。良い状態じゃないよ。
異常だ、大変だっていう意味だろう」
『なぬ!?
それではまるで正反対の意味になってしまうではないか!
デカイ鳥は食い入るように世界儀を眺めていたぞ!
我の言葉も聞かぬ位に!』
「あんたが世界儀に手を加えて、大変なことになっちまったから、そのデカイ鳥というのは、言葉も聞こえぬ位に慌ててたんだろうよ」
『な、なんと!?』
我は老婆の言葉に驚愕する。
もしも老婆の言葉が真実なのだとしたら、我はやっちまっているではないか!
しかし、今は老婆の言葉が正しいのかどうかわからない。これはデカイ鳥の部屋まで確認しに戻らねばなるまい!
我は扉に向かって走り出す!
待っていろよ、デカイ鳥! 我はすぐに駆けつけるからな!
そんな我の後頭部にガンと衝撃が走る。
振り向くと水晶玉がゴロゴロと転がっていた。
なんだ? どうしたのだ? これは。
「ちょっと、待ちな! どこにいこうと言うんだえ!」
『いや、デカイ鳥の部屋に確認にいこうと思って』
「いや、確認なんて行かなくていいから、この部屋にいな!」
『えぇ〜。でも、しかし』
「でも、しかしじゃないよ!」
我はこうしてデカイ鳥の部屋に確認には行けず、老婆の部屋に留まるのだった。




