夜這い者の白状
確かにあの夜に翁の屋敷に忍び込んだのは私です。しかし、姫を拐うなどはしていません。ではどこへ行ったか? おそらく噂通り月にでも帰ったのでしょう。まあお待ちなさい。いくら拷問にかけられても、知らぬことは申されますまい。その上、私も二度目の捕縛となれば、一切隠し立てはしないつもりです。
私は昨夜の夜半過ぎに、翁の屋敷に忍び込みました。ええ、使用人に幾らか握らせていたので、侵入は容易でした。はい。確かに私は以前にも姫に夜這いを掛けようとして捕らえられ、処罰を受けた身です。
その時私は、どうにか姫が見えないかと屋敷の塀によじ登りました。その拍子に、庭先にいた姫の顔がちらり、と見えたのです。見えたと思った次の瞬間には、屋敷に引っ込んでもう見えなくなってしまったのですが、私にはあの姫の顔が女菩薩に見えたのです。
私は……たとえ翁の夫妻を殺して姫を拐ってでも、姫と添い遂げたいと決心しました。
まあ、その直後に塀に登ってる所を警備に見つかって、捕縛され袋叩きにされてしまったのですが。その時の傷が癒えるまでの間に、五人の貴人や帝が姫の元を訪れたと言う噂を聞いて、諦めようとしておりましたが姫の美しい顔を思い出す度に、どうしても逢いたいと言う思いが強まって行き、とうとうあの夜に姫を拐う為に屋敷に忍び込んだのです。
ええ、はい。おっしゃる通り屋敷は私が覗き見した時に比べて、完全に様変わりしていました。あの豪華な庭園は見る影も無く荒れ果てて、壮大であった元々の屋敷の母屋や庇、廊下等はすべて建て増ししたと思われる更に巨大な建物に置き換わっていました。
建物は殆どが見るからに頑丈な壁で覆われて、庇や縁が全く無く、幾つかの出入り口も厳重な扉で出来ていて、屋敷と言うよりは、まるで巨大な蔵か匣の様でした。
その異様な屋敷の有り様に思わず怖じ気付きましたが、入り口の扉の一つが僅かに開いていて、そこから灯りが漏れているのを見付けると、勇を取り戻して目的を達する為にその入り口へ近づく為に荒れ果てた庭を横切りました。
すると、なにかに躓いて思わず転びそうになってしまいました。一体、何に躓いたのかと目を凝らしてみると、それは未だ肉片や皮のこびりついた牛の頭骨でした。慌てて周囲を見ると、伸び放題の藪の間に夥しい数の牛馬の骨が転がっていて、それらは月明かりを浴びて青白く光っていました。私は辛うじて悲鳴を上げるのをこらえて、どうにか扉にたどり着くと逃げる様に屋敷の中に入りました。
……そこは本来は厨房か何かで、広い土間になっていたのですが……そこには……そこには、無数の人間の死骸が雑然と積み上げられて……
(しばらく、嗚咽と譫言で言葉なし)
……失礼しました。はい。恐らくは翁が雇い入れた使用人や警護の者でしょう。死骸の中には、私が買収した使用人の顔もありましたので……。死骸はどれも、酷い傷や火傷の様な焼け爛れた痕があり、比較的顔の残った死骸は皆一様に恐怖の表情を浮かべておりました。
辺りは夥しい死臭と腐臭の他に、何とも例えようの無い名状しがたい悪臭が漂っており、屋敷の奥からは何か湿った音と誰かの笑い声が聞こえて来ました。
私は半ば呆然となって、その音のする方へと歩いて行きました。する内に、赤黒い染みで被われた荒れた畳の広間に出たので、私はここがかつての母屋なのだな……等とボンヤリと考えていました。
広間の真ん中には醜い顔の老女が血塗れで転がっていて、その隣には返り血に塗れた老人が、やはり血に濡れた短刀を手に呆然と立ち尽くしていました。竹取りの翁と媼の夫妻でした。翁は私に気付きもせずに、ぶつぶつと何やら譫言を呟いていました。
私が翁に声を掛けようとしたその時……広間の奥の壁に造り付けられていた、一際頑丈そうな扉が弾けるように開くと、そこから姫が出てきたんです。間違いありません。あの美しい顔を見間違える事なんて……姫はその美しい顔に満面の笑みを浮かべると、翁を……あんな惨い…………まだ脈打つ……を……一息に…………姫は満足げに笑うと……私を見て…………ああ! 救いたまえ!
……傍らに落ちた翁の短刀を手にしたものの、それでどうにかなる相手ではありませんでした。私も姫から逃れようも無く、艶然と微笑む口元を目の前にしたその時……雷の様な轟音……屋敷全体が吹き飛ばされて…………姫の狂喜に満ちた哄笑を聞きながら、私の意識はそのまま闇に落ちたのです。
……え? いや、これで全部だぞ。
気絶してたんだ、後の事など知るもんか! 本当だ! 何も見てないし、何も知らない! これ以上、何を聞きたいんだ! ……お前達、検非違使じゃ無いのか? なら一体……
いやだ止めろ! 蓮の霊薬や催眠術を使っても無駄だぞ! 知らない物はどんな手段を使っても……
……
……
……
……はい。どれだけ経ったのか、わたしは……屋敷の瓦礫のなかで目をさましました。あたりは残骸と死骸だらけで……とにかくここから逃げなければならない事はわかっていたので、痛む全身をおこすと、忍び込んだ塀の方へいこうとしました。
いやだこの先は言いたくない。言いたくない。言いたく……
……そのとき、空から姫の笑いごえがきこえたので……見てはいけないのはわかってたのに……見上げた空には、ちょうど姫が月からの従者達と共に月へと帰って行くところで……金色と七色の光……妙なる天上の音曲……そして、月へと帰って行く姫は……あの、変わらぬ美しい顔を私に……あの微笑……月明かりに映えて綺麗で……でも……あれは……あ、ああ、ああああああああ……
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
(後は永久的狂気に入りて言葉なし)




