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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2006年9月

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大人なんて大したことない

 建物に入り、チラリ外を盗み見る。


 よし、相原はさざめく海を眺めている。


 ふふふ、見事に引っ掛かった。実はこのお手洗いの斜め後ろには『なぎさの散歩道』という鬱蒼とした松林を貫く遊歩道があり、海と街の狭間で手軽に森林浴ができる。この道は先ほど通過した一中通りへの抜け道に通じていて、辿ればそのまま帰宅できる。ジャージのポケットにはパスケースを忍ばせているから明日の登校も問題ない。


 この辺りは私の庭。大通りはもちろん、裏道や地図にない抜け道まですべて知り尽くしている。土地勘なき脳みそ筋肉の相原がかくれんぼで地元住民に勝てるなどと思わないほうが良い。


 逃げ切った、完全に逃げ切った。


 ハラハラしながらもなぎさの散歩道を通り抜け、これならお茶屋さんに寄らずともということで、ちょうど来たバスに一区間だけ乗って見事脱走成功。帰宅した。


 ところが、この後が問題だった___。


 帰宅数十分後、固定電話が鳴った。


 これは相原か学校関係者からの電話に違いない。


 両親不在。私は当然居留守。


 あ、そういえばケータイは通学鞄に入れたままだ。


 ん? ちょっと待った。このまま居留守を使って親に脱走がバレたら大変厄介。次にコールが鳴ったら母親の芝居をして出よう。


 15分後、再びコールが鳴った。


「はい」


「お世話になっております。鎌倉清廉女学院の双葉と申しますが、星川美空さんのお宅で間違いないでしょうか」


 げっ、よりによって素直ちゃんからの電話だ。


「あ、はい、娘がいつもお世話になっておりますぅ~」


「えぇ、お世話しておりますぅ~、この声、美空っちだね?」


「……」


 くっ、バレたか。


「もしもーし、美空っちー?」


 声のトーンを声高なテレフォンマザーモードからいつものフラットに戻し、


「いったい如何様でございましょうか」


「あぁ、うん、わかってると思うけど、部活中に行方をくらませたって、相原先生から連絡があってね、職員室が騒ぎになってる」


「眩ませてはいない。家の近くまで来たから帰宅したまでだ。部活は途中で抜け出したが授業は最後まで受けている。よって早退にはならない。


 なお、そもそもダンス部員が自らの活動を放棄し作曲からパフォーマンスまですべてをボランティア部に丸投げとは大変モラルを欠いたものである。


 一方で私は‘ボランティア’という名を悪用され、本来の活動、つまり街の美化や学園周辺の人助けからは大きく逸脱した行為を強いられている。


 私にも拒否権はあるが、自分たちの創作物がお蔵入りになる恐れが発生したため、やむ無くトレーニングに参加しているのだ。


 流してしまえば4分程度のこの一作にどれだけの時間を費やし、睡眠時間や学習時間を犠牲にしたか。それを相手の都合で発表できないなど断じて許されず、本来ダンス部員は弾劾されるべき事象だ」


「うんうん、最初のほうの‘家の近くまで来たから帰宅した’とかなんとかは明日色々ということにして、美空っちの言うことは倫理的に概ね正しいね。ダンス部の子たちには学校や周りのひとが手を下さなくても、いずれ大きな罰が下ると思うよ」


 翌日、なんとか両親にはバレず朝を迎え登校すると、休み時間は職員室へ出向き、相原を始め各教員に謝罪回りをさせられた。


 上辺だけの「この度はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」を繰り返し、それに対して「つらいことでも逃げちゃだめ」とか、「他のみんなは頑張って走ってるのに」とか、「先生たちにどれだけ迷惑をかけたと思ってるの?」というしかつらで返してきたけれど、私がダンス部から受けた不当行為の数々、30kmという異常な距離のランニング、それを強行する相原という人間の問題点には触れられず、ただ私が一方的に悪者にされただけだった。



 大人なんて、大したことない___。



 以前から薄々勘付いていたけれど、これでハッキリした。私はダンス部から離脱した。怠慢ではなく命を繋ぐため。


 全身が乾き水分不足で笑う脚、ほとんどの区間が直射日光で気温30℃以上、あのときそのまま走り続けて鎌倉へ戻ればゴールは19時から20時くらい。そんなことを一日おきに繰り返し、尚且つ塾にも通わなければならない。


 つまり、我慢して走破したところで百害あって一利なし。


 ダンスを成功させるためという名目はあるけれど、放課後に部活で30kmも走るなど過剰トレーニングなのは明白だ。


 ということを進路指導室というマンツーマンの空間で素直ちゃんに陳情してみたところ、ランニングは約半分の16km、学校から江ノ島の往復に変更された。


 それでもからだへの負担は大きく、帰りの電車では2時間ほど乗り過ごし、1回目はあの有名な成田空港なりたくうこう、2回目は虫鳴く夜闇に15両の電車がポツンと停まる上総一ノ宮(かずさいちのみや)と、夜出発にしてはとんでもない距離の旅をしてしまった。


 3回目、学習した私はそれらの駅に加え遥か彼方の宇都宮うつのみやや、位置関係のわからない場所へ向かう電車は見送り、横須賀線では終点の近い千葉ちば行きに乗ったら何故か反対方向の横須賀よこすかにいて、そこに住む素直ちゃんの家に泊めてもらった。乗り越し対策には江ノ電が最適だけれど、その定期券は不所持のためお金がかかる。


 そんな苦労を重ね、私はいま、ステージに立ち踊り歌い終えた___。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 本作は主に茅ヶ崎や鎌倉などの湘南地区を舞台に描いておりますが、キャラクターたちは作中に描かれない部分であちこちに出掛けています。特に美空は北陸へ家族旅行をしたり、今回は電車を乗り過ごして終着駅まで行ってしまったり、横須賀でお泊りしたり……。


 私も学生時代に何度か乗り過ごし、終電で帰ったこともありました。懐かしき青春の日々。

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