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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2006年9月

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一流の作家になるには

「美空っちー、自由研究のこれ、どういうことかなー?」


「なんだ、そんなことか」


 職員室の奥にある小部屋、生徒指導室。取調室と呼んで相違ないだろう。


 デスクワークに追われる職員の寒い視線をくぐり抜け通された先にあるのは、お茶くらいならかろうじて飲める小さな白い丸テーブルと向かい合わせの白いプラスチック製チェア。日当たり悪い北側の狭い部屋に、合法ロリと二人きり。


 てっきり教職員に対する態度について厳しい指導を受けるのかと思いきや、テーブルに置かれたのは真幸の協力を得て仕上げた自由研究冊子のトンボが交尾をしているシーンを描いたページ。


 合法ロリ、二葉素直の担当科目は理科。授業の際は白衣着用、気分で眼鏡を掛ける彼女は、自分をアニメキャラクターっぽく見せたいのだろうか。


 試しに授業中、ノートにシャープペンを走らせアニメチックに彼女を描いてみたところ、これがなかなか可愛らしかった。醜い三次元女を美化してしまう己のセンスに天晴あっぱれだ。


「んんー? そんなことって、なにかな?」


「態度のことかと」


「それもそうだしトンボさんの交尾のシーンがアダルト漫画っぽく描かれていることも存分にツッコミたいところなんだけどー、もっと心配なことがあるかなー」


「ん?」


 思い当たる節がない。もしや私の存在自体が指導対象ということか……!


 だとしたら極めて悪質なイジメだ。我が校のコンプライアンス体制はどうなっている!?


「えっへん! ではオトナとして言わせてもらおう! オトナとして!」


 胸を張ると出ないわけではないのだよな、この合法ロリ。女性の胸は着衣によって形状が判りにくくなるけれど、大きくなりたい、まだ諦めていないとか言っているクラスメイトに対して私は、なんだキサマら、実はそんなに小さくないだろ。着替え中に見てるんだよ、なんなら私のを見てみるか? などとねたそねみをべっとり被せたくなる。


「美空っちさ、なんだかきょう、いつも以上にモヤってない?」


「そうかな?」


 見抜かれた。高飛車女、菖蒲沢麗華の嫌味はいつものこと。けれど今回は威力が段違いだった。それに、彼女の言う私の生きざまには誤りがある。


 菖蒲沢は自身がブラスバンドに腐心し自己研鑽じこけんさんしてきた中学生活にプライドを持っていて、それとは対照的に、私、星川美空はただ怠惰的な日々を過ごしてきたという旨を述べた。


 確かに、ボランティア部の設立理由に関してはその通り。


 けれど私は夜遅くまで絵本を描くという活動をしていて、公ではないけれど、陰で自分を高めてきたつもりだ。彼女の言葉を少々借りるならば、貴女の発言こそ釈迦に説法。私を燕雀えんじゃく、つまり小さきものと勝手に決めつけた、表面上しか見ていない愚かな鴻鵠こうこくである。


 と、言い返したいところであった。


 けれど私の物語は母親に葬られるほど、無価値なものであった。


 それが、反撃に及べなかった理由の一つ。


 私のしていることなど、自己満足するための単なる妄想の産物に過ぎないのかと、これまで15年の人生を全否定されたショックはあの夜のほうが遥かに大きかった。だって、なにも知らない菖蒲沢より、知っている母親に否定され、消し去られたのだから。実質、菖蒲沢の罵倒はトドメに過ぎなかったと、冷静になればそう分析できる。


「うん、そうだよ。私の眼は誤魔化せません!」


 再びえっへんと胸を張る合法ロリ。しかしその口調はさきほどより穏やかで、なだめるようだった。


「見抜かれたか。うん、その、白状するとね___」


 私はその経緯や母に対する怨念、将来への不安を、思い切って洗いざらい合法ロリもとい、二葉素直に打ち明けてみた。創作活動について自ら打ち明けたのは、真幸に次いで二人目だ。解かり合えない母にはバレてしまっただけで、打ち明けるつもりはなかった。


「そっかぁ、美空っちも不安を抱えてるんだね」


「も?」


「私もね、美空っちみたいな傷つきかたをしてるわけじゃないけど、このロリ口調について生徒にも職員にも陰口言われててさ」


「知っていたの?」


「知ってるよ。陰口なんていずれ伝わるんだから。このキャラは本当は地味であまり喋らない私ではいけないと思って、個性の演出とか、生徒のみんなが親しみやすいようにとか考えていまに至るんだけど、それが裏目に出ちゃったかな。私はここの卒業生だから、校長とかベテランの先生は地味な私の変貌ぶりに驚いてたな」


 驚いてたな、という言葉に彼女の本性を感じた。キャラを演出するなら『すんごいびっくりしてたよぉ~』という言葉選びをするんじゃないかな? と、勝手に思った。


「それでね、よくよく考えてみたら、転勤のないこの学校でこのキャラをずっと通すのは不安だな、どこかで切り換えなきゃなって。向こう見ずな自分に羞恥と反省の念を抱いているの」


 なんだ、素直ちゃん、素で喋れば普通の大人の女性なんだ。


「おっとごめんごめん、私のことばかり喋っちゃったね」


「いいえ、いままでごめんなさい。私も少し蔑んだ見方をしてしまい、大変失礼いたしました」


「えっ!? ちょっとちょっとなになに!? 今更かしこまらないでよ! 寂しいじゃん」


「精神年齢が実年齢相応と発覚し、お付き合い3年目にして大変驚愕しております」


 素直ちゃんは教職員3年目。新任のころからボランティア部の顧問を担当して頂いている。


「えええ!? なんだよそれー! キャラつくってるときもオトナアピールはちゃんとしてるじゃん!」


「ふふっ、それが逆にお子ちゃまっぽくて」


「むぅ~」


「あ、素でもむくれるときはこうなのか。やはりまだまだお子ちゃまだな」


「うるさいな~、美空っちの振れ幅が異常に大きいんだよ」


「私はすべてが素の自分です。ぶりっ子してるときもあくまで自分の一部。飾っているわけではなく、無意識にあんな口調になるだけなんですよっ」


「うわ、最後だけぶりっ子。ま、人間は色んな顔を持っているからね」


「そう。私の場合、そのどれもが本当の自分なの。多重人格でもなく」


「そうなんだね。確かに美空っち、どの口調でも軸はブレてないもんね」


「うん。正直なにが解決したわけではないけれど、話したら色々少しすっきりしたかも」


「それは良かった! 私もちょっと肩が軽くなったよ!」


「そうか、なら良かった。いまの私には妄想の産物しかつくれないけれど、一流の作家になるにはもっと色々なことを学んで、視野を広げて、心も豊かにしなくては」


「おー、そっかぁ、応援してるよ」


「ありがとう。新しい自分になるために、行動してみる」

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