間接キス
「お待たせいたしましたー。あんみつと、宇治金時あずき百粒トッピングです!」
「数えたの!?」
なんてマメな仕事をするんだこの子は! あずきだけに!
「うん! いっしょけんめい数えたから、おいしく食べてくれたらうれしいな♪」
あぁ、ああああああ!! なんて愛らしい!! 杏子ちゃん、うちの子にならないか!?
「ありがとう!! いただきます!!」
「私もいただきます!」
「うん! いただいてください!」
「はーい!!」
と言いつつ、目視で粒を数えてみる。ワンツーさんしーあぁもうだめ眼精疲労だ。あきらめて食べよう。
「ふふ、清川さんって本当は感情表現豊かなんですね」
「新たな自分が目覚めました!! あぁ、なんて可愛くていい子!!」
「良かったね杏子ちゃん、お兄さんが可愛くていい子だって!」
「へへへー、じゃあいっしょに旅館で休憩しよう?」
おっと急にナニ言い出すこの幼女。
「はははっ、それは誰から教わったのかな?」
まさか、まさかだよねと、僕は正面で美味しそうにあんみつを口へ運ぶ女性を盗み見る。
「ママ!」
良かった、星川さんじゃなかったか。しかし5歳の子になんてことを教えるんだ。
「旅館で休憩、いいですね~。できたらのんびりお泊まりしたいな~」
星川さんは幼女が発した言葉の意味を理解しているのかいないのか……。
「うん! この前ね、家族みんなで箱根の温泉旅館にお泊まりしてね、そのときママが言ってたの! ママがちっちゃいとき、ママのお兄ちゃんがここの旅館のお部屋でお茶を飲みながらいい子いい子してくれたって!」
そう来たか! 不純なの僕だけだったか!
おそらくお母さんは数時間の移動を終え旅館に到着した後、くつろぎ時間での出来事を言っていたんだ!
「清川さん、どうしました? 怪訝な表情をされていますが」
「あぁ、えーとちょっとアイスクリーム頭痛が」と誤魔化す。
冷たいものを食べると発症する頭痛を医学的な正式名称で『アイスクリーム頭痛』という。かき氷でも、ふざけてドライアイスを食べて発症したとしてもアイスクリーム頭痛だ。
なお、二酸化炭素の塊で非常に低温なドライアイスは頭痛を引き起こすより先に食した時点で地獄を味わい、窒息や凍傷など命の危険を伴うので絶対に口に含まないで欲しい。
「あら大変! ゆっくり召し上がったほうがいいですね」
「ごゆっくりどうぞっ!」
「ありがとう杏子ちゃあああん!!」
「どういたしまして!」
杏子ちゃんはお辞儀して厨房へ戻っていった。
それから僕と星川さんはわずかな間、黙々と食事をしていたのだが___。
その最中、星川さんは僕のほうをチラッ、チラッと何度か盗み見ていた。いやん、食べてるところ見られると恥ずかしい。
「あの、もしよろしければ、宇治金時ひとくち、頂戴できませんか? ここの宇治金時、とても好きで」
なっ、急になんですと!? まさに晴天の霹靂だ! こ、これは、間接キスの大チャンス!!
「はい、どうぞどうぞ」
僕は躊躇なく星川さんに食べかけの宇治金時を差し出した。
星川さんの銀の匙が、僕の宇治金時をさらりさらって、彼女の艶やかな唇へ運ばれてゆく。思わず釘付けになって、唾を飲む。
「うん、美味しい」
うお、うおおおおおぐふょおおおおおお!! してしまった!! 星川さんさんと間接キスしてしまったああああああ!! なんて幸せだ。幸せすぎる。生きてて良かったあああっ!!
「清川さんもあんみつ、一口いかがですか? くどくない甘さで美味しいですよ?」
「え、でも」
いいの!? そこまでいいの!?
「もしかして、あんみつ苦手ですか?」
「いえ好きです大好きです!」
「なら、はい、どうぞっ」
「え、でも、好きな具を取ったりしたら」
あずき、寒天、みかん、チェリーなど、あんみつには色んな具がある。その中で星川さんの好物を奪ってしまったら、という表面的な意図を伝えた。蛇足だが僕はチェリーボーイ。
「もう、面倒だなぁ。なら、あーんして?」
あーんして? ですと!?
瞬時脳内に広がるお花畑。心臓がっ、このままじゃ心臓が持たない!!
星川さんは自分のスプーンであずきと寒天を掬い、僕の口元へ差し出してくれたので、えいっ! と思いきってパクッと一口。
あぁ、美味しい、美味しいわ。このまま星川さんにあーんされ続ける人生を送りたい……。
けれど正直、食べものよりもスプーンのひんやり舌触りのほうが気になって仕方ない。
だって、スプーンって間接キスしてる実感が半端ないじゃん!!
「あの、清川さん?」
「はい?」
返事しつつ、さすがに表情に出ていたかと気恥ずかしくなった。
「鼻血が」
そうか、表情どころか感情が液化して噴出していたか。




