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第四十七章 光の限界

 驚きの声が上がったあと、しばらく沈黙が続いた。

 それを破ったのは、一条老人だった。

「やはり、君には犯人が分かっておるのかね」

 問われた光は、相も変わらず無表情で首を横に振る。もうすっかり、一条氏の前でも表情を取り繕うのをやめたようだ。

「前にも言いましたが、確証はないんですよ」

 光の言葉を聞いた空は、思わず口を開いていた。

「おまえ、ここまで来て喋らない気だな!」

 図らずも、海と同じタイミングで同じ意味の言葉を発していた。異口同音と言いにくいのは、海が関西弁だったからだ。

 光は軽く目を見張った。二人同時に言われて驚いたのもあるだろうが、きっと図星だったのだ。

「ええ? これだけ煽っておいて、それはないですよ。犯人が分かっているなら教えてくださいよ」

 そう声を上げたのは、瀬戸だ。他の者も同意を示すように頷いたりしている。

「ですが、ただの仮説でしかないんですよ。間違えている可能性もある。今ここで言わなくても、明日になれば迎えが来る。あとは警察に任せて、きちんと調べてもらえばいい」

 光が言い切る。千鶴は「まあ」と、驚きに目を見開いていたし、瀬戸も口を大きく開けて、光を見ていた。私市はといえば、面白そうに口の端をつりあげている。

 そんな中、声をあげたのは秀香だ。

「何を悠長なことを。いい、これは殺人事件なのよ。あなたは今私達の中で一番確信に近づいているかもしれないの。犯人を明らかにしないことで、第三の殺人が起こったらどうするの。きっと後悔するわ」

 光は、珍しく嫌そうに顔をしかめた。秀香をじっと見据えて、彼女を指さす。

「犯人は貴女だ」

「なっ」

 狼狽したように、秀香は一歩後ずさった。

 周りが驚きに声を上げる中、光はゆっくりと手を下ろす。

「こんな風に言われて、良い気分はしないでしょう。それが間違っていたらなおさら」

「あなたね……」

 秀香が食って掛かろうとしたとき、隣で訝しむように光を見ていた空が、遮るように大声を上げた。

「あ、分かった。光、足痛いんだろう!」

 皆、虚をつかれたように空を見た。言われた光も例外ではない。例外は海だった。なるほどと手を打ち、光の顔を覗き込んで一つ頷く。

 光は、眉間に皺を刻み、他の者は訳が分からないというような表情だ。

「なんや、そうか。それやったら、さっさと言うたらええのに」

 そう言いながら、壁際に置いてあった椅子を一脚、ビリヤード台を避けつつ、光のもとへ持ってくる。そして、光が何を言う間もなく、彼の肩を押して椅子に座らせた。

「いっ、一体何なんだ」

 伊吹の呆気にとられたような声が聞こえる。

 分からないのは当然だろう。伊吹は光が足を痛めていることを知らない。

 光は恐らく、自分の仮説が間違っている可能性が高いと、思っている訳ではないだろう。ましてや、間違えた場合に相手を傷つけることになるかもしれない、なんてことを気にしている訳でもない。話すことを渋りだした理由はきっとこれだ。

 空は、腰に手をあてて、座った光を見下ろした。

「あからさまに、話打ち切ろうとしてたもんな。早く座りたくて、それしか考えられなくなったんだろう」

 海も空の傍らで、同じように腰に手を当てて、光を見下ろした。

「辛くなったら、ひどくなる前に言えって言うたやんな。まったく、学習せえへんやっちゃ」

 光は、事故で痛めた足を手で摩りながら、口を引き結んだ。そして、斜め下方向に視線を逸らす。

 二人に叱られて拗ねているのだ。それが分かって、空と海は顔を見合わせた。

 あまり叱りすぎると、光はさらに口を閉ざしてしまう。

 座っていれば、傷みは引いてくると以前言っていたから、しばらくすれば光も話をしてくれる気になるだろう。

「えっと。皆さんは、気になりますよね。光が言う真犯人が誰なのか」

 空の言葉に、肯定の意が口々にあがった。

「ほら、光。言うてみぃや。間違えてたってええから。それを判断できる材料持っている人が他におるかもしれんやろ」

 言われた光は、足を摩る手を止めて考えるように目を伏せる。

 どうやら、足の痛みが少し引いてきたようだ。そう見てとって、空は海と頷き合う。

「なあ、光。秀香さんも言ってただろう。第三の事件を防ぐためにも光が考えた犯人教えてくれよ」

 空がねだると、光は大きく溜息をついた。頭を三回ほど大きく横に振り、何かを吹っ切ったように顔を上げた。

「どこまで話していましたっけ」

「光が犯人だと疑っている人が犯人なら、もと居た部屋に藤沢さんはいるだろうってとこ」

 海が答えると、光は一つ頷く。

「藤沢さん、あなたは健介さんを殺したと証言されましたが、それは本当ですか」

 名指しされた藤沢は、一瞬うろたえたようなそぶりをしたあと、首肯した。

「ああ。本当だ」

「どこで、どんな風に?」

 間髪入れずに、光が質問をする。

「どこって、彼の部屋で。こう、持っていたワイン瓶で、頭を殴りました」

 藤沢は言いながら、何かを持って振りかぶるような動作をした。

「それから?」

 光は、淡々と続きを促す。

「それからって、それだけですが」

「あなたは、健介さんの頭を殴って、そのまま彼の部屋を後にした。そういうことですか」

 はい。と、藤沢は頷いた。

「待って、おかしいわ。健介の遺体は、食堂にあったのよ。あなたが運んだんじゃないなら、誰が運んだって言うのよ」

 秀香が声を荒げた。藤沢をきつく睨みつけながら。

「藤沢さんが、違うというなら、真犯人が運んだんでしょう」

 光が淡々と発言する。またもや皆の視線が椅子に座った光に向く。

「健介さんの遺体には、後頭部に複数の殴られた後がありました。そうですよね。私市さん」

 声をかけられ、私市は同意した。

「ああ。確かに、恐らく二度殴られている。健介さんの遺体発見時は、全身ずぶ濡れで、口の中にはワインがあふれるほど入っていた。まるで、二十年前の事故を暗示するかのように。だが、恐らく死因は鈍器で頭部をなぐられたことによるものだと思う」

「ど、どういうことだ。藤沢は犯人じゃないということなのか」

 伊吹の言葉に、光が答えた。

「恐らくは。確かに藤沢さんは健介さんを殴ったのでしょう。その時に、亡くなったのかは、現段階では分かりませんが、藤沢さんは倒れた健介さんを部屋に放置した。少なくとも、健介さんの遺体を食堂へ運んだ人物と、倉橋さんを殺した犯人は別にいる」

 光が断言すると、誰かが唾を飲みこむ音が聞こえた。


ここまでご覧いただきありがとうございました。


次話は明日の15時投稿を予定しております。


次話もお付き合いいただければ幸いです。

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