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第四十六章 そうして、現代へ

「そう言えば、もともとは秀香さんがこの別荘を相続するはずだったと聞きましたが」

 私市が秀香に話を振ると、秀香は頷いて見せた。

「ええ。そのはずだったのだけれど、突然お父様がいつもの思い付きで、この別荘を賞品にミステリー会を行うと言いだしたのよ」

 秀香の言葉に一つ頷いて、一条老人が口を開いた。

「さよう。わしがこのミステリー会を思いついたのは、ひとえに、不破という男からもたらされた二十年前の真実とやらが、本当か確かめたかったからだ」

 秀香は、父に向けていた視線を床に向けた。どこか思いつめた表情で。

「この別荘を賞品にすることで、お前たちがどのように行動するか、行動した結果で見定めようと思ったが」

 沈んだ声で、一条が言う。

「じゃあ、僕たちは、自らの行動で真実を語っていた形になっていたのかな」

 力ない伊吹の言葉に、何の遠慮もなく光は頷く。

「そうでしょうね。実際あなた方は、この別荘が人手に渡らないように手を回そうとした。その結果、ミステリー会のメンバーはこうなっている」

 光の言葉が、よく分からず空は光の横で首を傾げた。

 その動きに、気づいたのだろう。光が空に目を向ける。

「二十年前の関係者が一堂に会しているんだ。秀香さん辺りが、手を回しているとみて間違いないだろう。恐らくそれも、一条さんには筒抜けだっただろうけど」

 光の言葉に、そうかと空は頷く。二十年前の事件関係者がミステリー会の参加者に選ばれるなんて、こんな偶然あるわけがない。

「その通りよ。私が茂山にお願いしたわ」

 秀香の言葉に、茂山が頷く。

「はい。旦那様より、秀香お嬢様が参加者について口を出されたら、その意の通りにするようにと」

 一条は大きく息を吐くと、皺の浮いた手を額に当てた。

「嘘であればよいと思っていた。だが、二十年前の関係者を参加者にするよう動いたと聞いて、これは嘘ではない。そう思った」

 一条は、苦悩するように額に手を当てたまま、首を横に振った。

「だが、直接聞いた所で、素直に話すとは思えない。ならば、話したくなるように仕向ければよい」

「だから、このミステリー会で、二十年前の事件を彷彿とさせるようなミステリーを用意した。ということですか」

「そうだ、だが……」

 光の問いに肯定を示して、一条は言葉を濁した。

「健介さんが殺された」

 私市の言葉に頷いたあと、一条は娘とその友人に目を向けた。

「お前たちがやったんでは、ないんだな」

 その言葉に、驚きと怒りをにじませた顔で、秀香が反論する。

「当たり前よ。私達は、二十年前の事件を隠したかった。そういう認識で一致していたのよ。不破は違ったようだけどね。ここで殺人事件なんて起こしたら、元も子もないじゃない」

「その通りですよ。それに、健介を殺したのは、そこにいる藤沢だろう。本人がそう証言していた。そ、それに、夢路を殺したのもきっとそいつに違いない。夢路が行方不明になっていた間、その男の行方も分からなかったんだからな」

 伊吹に指さされた藤沢は、顔を上げた。伊吹を見て軽く眉を顰め、首を横に振った。

「確かに、健介さんを殴ったのは私です。でも私は、ここに来るまで、倉橋さんが亡くなったことは知りませんでした」

 空には、彼が嘘をついているようには見えなかった。だが、伊吹はそう思えなかったのだろう。なおも声を荒げた。

「う、嘘だ。でたらめだ。きっとお前は、自分の母親が誰に殺されたのか、健介に聞いて知ったんだ。だから、夢路を殺した。他に、犯人になりそうな奴なんていないだろ」

 伊吹は必死に言い募る。まるで、肯定してくれと懇願しているかのようにも見えた。

 空は、そっと光に視線を向ける。光はその視線に気付いたのか、ちらりと空に目を向けると、小さく嘆息した。

「伊吹さん。あなたの主張は分かりました。ではなぜ、今、彼は僕らの前にいるんです?」

「な、何故って」

 光を振り返って、伊吹は言い淀む。

「藤沢さんの居場所を発見したのは、僕たちです。海、藤沢さんはさっきまでどこに居た?」

 光に話を振られた海は、一度藤沢さんを見たあと、光に答えた。

「階段下の部屋や。茂山さんたちが、藤沢さんを閉じ込めた部屋におった。ていうか、そこを見に行くように言うたんは、光やんか」

 海の言葉に、訝し気な声を上げたのは秀香だ。

「どういうこと?」

 光は、人差し指で眼鏡を押し上げた。

「どうと言われましても。一条さんを見つけた時にもしかしたらと思って、海と空に見に行ってもらったんですよ」

 光の言葉に、秀香は不可解そうな表情になる。

 伊吹は、待ってくれと声を上げた。

「よ、よく分からないよ。一条さんを見つけた時? そもそも、一条さんはどこに居たんだ?」

 そうか。それを話していなかった。と、空は思った。自分が知っているから失念していた。

「俺たち。地下室見に行ったじゃないですか。その時、見つけたんです。一条さんは、地下室の床下収納庫にいました」

「何でそんな所に?」

 空の言葉に驚いたように、秀香は父を見る。父親の方は不愉快そうに鼻を鳴らした。

「ふん。知らん。気づいたら、手足を縛られた格好で、収納庫で寝ておった。大方、睡眠薬でも盛られたんだろう」

「俺と千鶴ちゃんも、呼ばれて見に行ったから間違いありませんよ」

 私市が言葉を添える。千鶴も静かに頷き、光に視線を向る。その視線を受けて、光は再び口を開いた。

「犯人は一条さんが邪魔だったんでしょうね。でも、殺そうとは思っていなかった。だから、収納庫の扉に木片をかませて、完全に扉が閉まらないようにした。万が一にも酸欠にならないように」

 あの木片って、そういう意味があったんだ。素直に関心した空は、次いで首を傾げた。

「それが、何で藤沢さんの居場所につながるんだ?」

「俺もそれ気になってた」

 海も同意するように声を上げる。

「別にそれが、藤沢さんの居場所につながるわけじゃない」

 また、訳の分からないことを言いだした。最近、光は言葉を惜しみ過ぎだと、空は思う。いや、それは前からか。

 そんなことを考えている空の耳に、呆れの混じった海の声が届く。

「じゃあ、何で見に行けって言うてん」

「僕の疑っている人物が真犯人なら、藤沢さんがあの部屋にいる可能性が高い。そう思ったからだ」

 驚きの声があちこちから洩れた。

 部屋中の人間が、光に視線を向ける。

 光の表情は変わらなかった。いつもの無表情で、その視線を受け止めていた。


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