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第四十四章 彼女の行方

 静まり返った室内で、千鶴が遠慮がちに手を上げた。

「あのー。どうして壺なのですか?」

 そこ? そこに疑問もつんか? と、思わず突っ込みたくなる海の隣で、光は淡々と答えた。

「壺がなくなっていたからです。現金以外でなくなっていたのは、絵画と壺と絨毯。なら、犯行に使われたのは、壺が一番妥当だと思っただけです」

 なるほどですわ。と、千鶴は納得したように首を縦に振った。

「誰が、誰がそんなことを」

 藤沢の切羽詰まった声にも、光は淡々と答える。

「先ほど言った人物ですよ」

「え?」

「あなたも疑っていたでしょう。だからこそ、健介さんに危害を加えたのでは?」

 藤沢の肩が震える。

「じゃあ、じゃあやっぱり……」

 そう言って、秀香と伊吹の方に目をやる。鬼気迫る形相の藤沢の肩を、私市が押さえた。

「ええ。僕は、窃盗事件の犯人こそ、不破さん、健介さん、倉橋さん。そして、伊吹さんと秀香さん。あと、もう一人」

「え? この五人だけじゃないの?」

 予想外の言葉に、空が声を上げた。

「もう一人いるだろう。ここで亡くなった人物が」

 一瞬、そんな人いたっけ? と思ったが、いた。すぐそこにある湖で、亡くなった人が。確か、酔っぱらって、湖に落ちて溺れたということだったはずだ。

「この六人が、一条氏のセカンドハウスに盗みに入った犯人だった」

「ば、ば、ばかばかしい。そ、そんなことあるわけがないじゃないか。証拠がどこにあるんだよ」

 大声を上げた伊吹に、光は冷めた目を向けた。

「先ほど、確証はないとはっきり申し上げたはずですが?」

 伊吹がうっと言葉に詰まる。

 追い打ちをかけるように、一条氏が言った。

「さよう。それでも良いと言ったのは儂だ。すまんがもう少し、彼の話を黙って聞いてもらえんか」

 伊吹がしぶしぶといった態で頷いたのを見て、光は話を再開した。

「セカンドハウスに盗みに入ったこの六人は、恐らく盗みを働いている途中、お手伝いさんに見つかった。慌てた彼らは、お手伝いさんを殺害してしまった」

 先ほどの話をもう一度整理するように言って、一度息を吐いた。

「犯行を隠すため、遺体と、恐らく殺害の痕跡が残ってしまった絨毯等を部屋から持ち出した。絵画が盗まれていたのは、痕跡が残るものだけを持ち去ると、おかしく思われるかもしれないと考えたためでしょう」

「六人もいれば、さほど時間をかけなくても持ち出せそうやな」

 海が感想を漏らす。確かにそうだと空も思った。

「そして、彼らは犯行を終え、この別荘へやってきた。遺体と、証拠となる品々を処分するため、この別荘の近辺に、それらを隠した」

「どうやって?」

 空の問いに答えたのは、光ではなく海だった。

「穴掘って埋めたってとこやろか」

 海の言葉に、光は頷いてみせた。

「恐らくそうだと思う。犯人たちは、ここまで遺体や証拠となる品々を運び、埋めた。ここは埋められる場所はいくらでもある」

「じゃあ、母さんは本当に……」

 俯いて、拳を握りしめた、藤沢の呻くような言葉。

 光は、視線を落として頷いた。

「亡くなっていると思います。人ひとり、何の痕跡もなく、姿を消すの難しいでしょうから」

「そう……だよな」

 藤沢はそう言ったきり黙り込んだ。

 光はそんな藤沢を少しの間見つめた後、一度大きく息を吐いて話を再開した。

「六人は遺体を埋め、犯行を隠した。でも、それだけでは終わらなかった」

 光の言葉に、いち早く反応したのは、空と海だった。

「え?」

「終わらんかったって何?」

 驚きをあらわにする二人に、同意するように千鶴も口を開く。

「どういうことですの? まだ何かあるのですか?」

 光は、千鶴に頷き返して一同を見回した。

「亡くなった不破さんが持っていたとされる新聞記事の切り抜きは、二つありました。一つは窃盗事件もう一つは……」

「水難事故?」

 後を引き継ぐように、空が呟く。

「そう。それだ」

「えっと、せっかく犯行を隠しおおせたのに、犯人の一人が事故にあってしまったということですのね」

 千鶴が納得するように、頷いた。

 光は、秀香と伊吹の方へ強い視線を向けた。

「本当に、事故だったんですか」

 秀香が目を見開いた。

「な、何をいいだすんだ。当たり前だろう。事故だよ。酔った末の事故」

 伊吹が吠える。

 そんな彼に、光は冷たい一瞥をくれる。

「僕はそうは思いません」

 きっぱりと言い切った光に、秀香と伊吹は表情をゆがませる。

「ただの事故なのだとしたら、何故不破さんはわざわざ水難事故の記事を持っていたのでしょう」

「そ、そんなこと、知るわけが……」

 反論しようとした伊吹の言葉を、光は遮った。

「検討はつくでしょう。不破さんは一条会長を脅そうとしていた。そうですよね、藤沢さん」

 突然話を向けられて驚いたのか、肩を震わせて、彼は頷いた。

「ええ。そうです。不破という男は、お嬢様とその仲間がセカンドハウスで窃盗をしただけでなく、仲間を殺したのだと言っていました。その時にも持っていましたよ、新聞記事の切り抜きを二枚」

「さっきはもう少し詳しく言っていたね。仲間に大量の酒を飲ませて湖に沈めたんだっけ?」

 藤沢の傍らにいる私市が補足する。

「う、うう嘘だ。嘘だ嘘だ。やめてくれ。そんなのでっち上げだ」

 伊吹が吠える。その隣にいる秀香の顔は青ざめていた。

「だが、儂にもそう言ったよ。不破という男は」

 全員の視線が発言者に向いた。

 一条老人は、秀香にひたと視線を向けてもう一度言った。

「不破は言った。お前の娘は仲間を誑かし、盗みを働かせた上、仲間の一人を殺したとな」

 一条老人が口を閉ざすと、部屋にしばしの静寂が訪れた。


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