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第三十七章 犯人確保

 場の静寂を破ったのは、秀香の声だった。

「茂山、瀬戸。この男を縛り上げて、どこかに閉じ込めておいて!」

 藤沢を指さした秀香の後方の角から、茂山と瀬戸が姿を現した。ずっと隠れて様子をうかがっていたのだろうか。二人がいることを秀香が知っていたということは、この二人は彼女が連れてきたのかもしれない。

 茂山と瀬戸。どちらの顔色も冴えない。

 それもそうだろう。同僚が、殺人犯だという事実など、そう簡単には受け入れがたい。

 秀香は縄で縛り上げろと言ったが、二人は縄など持っていなかったようで、藤沢に近づき、一人ずつ、彼の肩に片手を置いて、もう片方の手で彼の腕を掴んで、歩かせるようにした。

 藤沢は抵抗を示さなかった。

 階段へ向かう三人の背が、曲がり角の向こうに消えた。

「秀香さん。用意周到ですね」

 終始ことの成り行きを見守っていた私市が声をかけると、彼女は不機嫌な顔で答えた。

「あの二人も知っていたのよ。昨夜健介の部屋に向かったのが藤沢だったこと。健介の部屋から戻ってきた後、藤沢の様子がおかしかったことも。知っていてあの二人は黙っていたのよ」

 階段の方に視線を向けた秀香の下に、ぼてぼてと効果音を付けたくなる歩き方で、伊吹が近寄ってくる。

「さすが秀香だ。健介のために調べていたんだね。まあ、とにかく。これで、今日は安心して眠れるよ」

「まだわからないわよ。お父様がどこにいるかも分からないのだから。お父様が何かたくらんでいるのか、それとも……」

 秀香が言いよどんだ。嫌な想像をしたのか、伊吹はぶるんぶるんと首を横に振ったあと、眉尻を下げて秀香に声をかける。

「でも、まあ、あのお父さんなら大丈夫じゃないかな。きっとどこかでこの様子を見てるよ。とりあえず、僕は部屋に戻るから」

 言葉通り伊吹がそそくさと部屋に戻る。

 秀香は彼のそんな様子を見て、ふんと鼻を鳴らし、階段の方へ足を向けた。


 その場に残ったのは、空達兄弟と、私市、そして千鶴だった。

「先輩」

 空の呼びかけに、千鶴はゆっくりと振り返った。

「私、言いそびれてしまいましたわ。待っているって」

 そう言って、千鶴は目に涙を浮かべ空の胸に飛び込んだ。

 空もつられて泣きそうになりながら、黙って彼女に胸を貸した。

 彼女が泣き疲れるまで、ずっと。




 ようやく泣き止んだ千鶴を部屋まで送り、空達も部屋に戻った。

「まさか、ほんまに、藤沢さんが犯人やったなんてな」

 部屋に入って開口一番言われた言葉に、空は頷いた。

 海はベッドに腰かけ、一緒に部屋に入ってきた光に、自分の隣に座るように、ベッドを叩いて促した。

「あまり叩くな。埃がたつだろう」

 文句を言いつつも、光は素直に海の隣に腰を下ろす。空は、自分にあてがわれたベッドに、つまり、海や光の正面に腰かけた。

「空、あんま、気ぃ落とすなや」

「気を落としてるのは、先輩の方だろ」

「ああ、まあ、そうやけど」

 海は苦笑する。これ以上どう声をかけていいかわからず迷っていると、唐突に、光が言った。

「なあ、お前たち聞こえただろう」

 二人の頭にハテナマークが浮かんだのも無理はない。代表して、空が聞いた。

「何が?」

「主語。主語忘れてんで、光さまとあろうものが」

 海が茶化したが、光はきれいさっぱり無視した。もしかすると、本人は無視したことに気付いていないのかもしれない。考え事をしているとき、こういう反応を示すことが多々あるのを、海も空も経験で学んでいる。

「健介さんの遺体を発見したとき、お前たち、藤沢さんの近くに居ただろう。藤沢さん。何か呟いていなかったか?」

 最初から、そう聞いてくれればいいのにと思いつつ、海が答える。

「ああ、確か。何でこんな所にって言うとったはず」

「何でこんな所に? そう言ったのか? 健介さんの遺体を見て?」

 何でそんな疑問形ばっかりぶつけてくんねんと思いつつ、海は頷く。

「空も聞いたか」

「うん。聞こえた。確かに何でこんなとこにって言ってた。そんで、驚いた顔してた」

「そうか」

 そう言って、光は黙り込んだ。

 健介を殺したのは、藤沢だと分かった今、気がかりなのは、先輩のお爺さんの行くへだけのはず。

 どうして、藤沢が呟いたことなど気にしているのだろう。

 海と空は互いに顔を見合わせ、首を傾げ合った。




 一方、私市はエントランスの奥の階段裏にある部屋に来ていた。この部屋は物置のようで、一歩部屋に入ると乱雑とまではいかないが、あちこちに物が積まれているのが目に入る。棚にはタオルやシーツから、古ぼけたぬいぐるみまで、多種多様な物が置かれていた。

 茂山と瀬戸は、この部屋に藤沢を閉じ込めることにしたらしい。外から鍵がかけられるし、人ひとりが通れるほどの窓もない。

 壁に沿うように積み重ねて置かれていた椅子の一つを取り出し、藤沢をそこに座らせる。

 私市も同じように椅子を持ってきて、藤沢の対面に座った。

 茂山から部屋の鍵を受け取り、この部屋に二人きりになる。

「いくつか聞きたいことがあるんだが、いいかな」

 私市が声をかけると藤沢は苦笑を漏らした。

「お好きにどうぞ。俺には拒否権なんてないでしょう」

 荒んだ物言いに、私市も苦笑して見せた。

「いやいや。日本には黙秘権という権利が保障されているからね。まあ、ここは公判廷ではないけど。言いたくなきゃ言わなくてもいい。でも、質問はさせてくれ」

「どうぞ」

 藤沢が了承を示したので、私市はすぐさま質問を開始した。

「君はさっき、君のお母さんが犯人じゃないと不破が言ったと言ったが、不破に会ったのはいつなんだ?」

 質問の内容が、予想と違ったのか、藤沢は軽く目を見開いた。

「不破ですか。あの人に会ったのは、先月の終わりごろだったかと思います」

「それまでに、不破と君との間に接点はあった?」

「いいえ」

 藤沢の表情をしばらく見つめた後、私市は質問を変えた。

「不破の外見的特徴は?」

「特徴ですか?」

「ああ。どんな風に見えた。髪型でも、体型でも印象に残ったことを言ってくれ」

 藤沢は戸惑ったようにしながらも、口元に手をやりつつ答える。

「えっと、髪は黒くてぼさっとした感じで。肌は日に焼けて浅黒くて、無精ひげが生えていました。身長は俺と同じくらいでしたから、百七十六センチ辺りでしょうか。年齢は四十代から五十代くらいと言う感じで。あと、物凄く切羽詰まっているなというのが最初の印象でした」

「ふむ。身体的特徴はだいたい合ってるか」

 私市はそう呟いてから次の質問に移った。

「不破との接点はなかったということだったけど、どういう経緯で、彼とそんな話をすることになったんだ?」

 藤沢は伏し目がちになると、椅子の背に深くもたれるようにして答えた。

「脅しですよ。会長を脅すために連絡してきたんです」

「大叔父様を?」

「ええ。最初、オタクの会長の娘が何をしたのか知っているのかって電話がかかってきたんです」

「娘の秘密をばらされたくなければ、金を用意しろと伝えろということでした。それで、茂山さんに相談して、会長には告げず不破に会いに行きました」

「一人で?」

「いいえ。茂山さんも一緒でした」

「不破は秀香さんの何を知っていると?」

 この質問を耳にして、藤沢は太ももに置いていた手をぐっと握りしめた。

「二十年前、セカンドハウスに侵入し、金を奪ったのは、秀香さんとその仲間だと。それだけじゃない。人も殺したと」

「あの新聞記事の……」

 思わずでた呟きに、藤沢は頷いた。

「ええ。ここで起こった、湖での水難事故です。彼らは、仲間の一人に大量に酒を飲ませ、事故に見せかけて湖に沈めたんだそうです」

「仲間割れか」

「そのようですね。母さんの……泥棒が入った日に行方不明になった家政婦についても尋ねたのですが、彼は私が家政婦の息子だということも調べていたようで。知りたければ金を用意しろと」

「よほど金に困っていたのかな」

 私市の脳裏に、安物のスーツに身を包んだ不破の遺体が浮かぶ。

「そのようですね。多額の借金があるようでした」

 探偵でも使って不破のことを調べでもしたのだろうか。そんな考えが過ったが、そこは聞かずに別のことを口にする。

「それで、君はお金を払ったのかな? でも、不破から回答は得ていないようだね」

「お金は払っていません。というより払えなかったんです。実は、昨日、ここで受け渡す予定でした」

「でも、来なかったと」

「ええ」

 藤沢は頷いた。力なく椅子に座り、うなだれた彼の視線は床へと落ちている。

「まさか、亡くなっていたなんて思わなかったから。不破の言ったことは全て嘘だったのかもしれないと思ったんです。でも、どうしても、確かめずにはいられなかった」

「それで、健介さんに?」

 尋ねると、藤沢は首肯した。

「昨夜あの人から、ワインを持ってくるように頼まれて、その時に聞きたいことがあると言って、詰め寄りました。本当は彼方たちが金を盗んだんだろうと。自分の母親が金を盗むようなひとではないと証明したかったんです。でも、あの人に母を侮辱するようなことを言われてかっとなって……」

 藤沢は右手で胸元の服をぎゅっと掴むと握りしめた。強く掴み過ぎたせいで、関節が白く浮かび上がり、手が震えている。

 彼の中には今、複雑な感情が入り乱れているだろう。


 私市は、その後もいくつか質問を重ねて部屋を後にした。

 ドアに鍵をかけ、振り向くとそこには眼鏡をかけた少年が立っていた。

「光君」

「私市さん。僕の部屋でお話しませんか」

 彼の誘いに、私市はにやりと笑って答える。

「二人っきりで?」

 綺麗な少年は軽く眉を顰めてみせた。


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