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第二十三章 朝っぱらから

 掛布団に足を巻き付け、抱き付く格好で寝ている空を見下ろす人物がいた。

「あなた、起きて」

 その人物は、空の肩に手をかけると、軽く揺さぶった。

「ほら、起きてってばぁ」

 甘い声で、揺り起そうとする人物から逃れるように、空は寝返りを打った。

「んー。千鶴しぇんぱい……」

 空の口から寝言が漏れる。

 むにゃむにゃと、口を動かしている空を見下ろした人物は、両手で顔を覆った。

「ひどい、ひどいわー。ウチ以外の女の名前出すなんて! 海子泣いちゃう!」

 おいおいとわざとらしい声を上げる海の背後から、第三者の声がかかった。

「海、一人でそんなことやって、楽しいのか?」

 振り返った先に立っていたのは、光だった。

 いつの間に入ってきたのやら。そういえば、ドアの鍵をかけるのを忘れて、昨夜は眠ってしまっていた。

 海は、ニヤッと笑って答えた。

「まあ、割と」

「あ、そう」

 ついていけないとでもいうように、光は首を横に振った。そして、海のもとへ来ると、寝ている空のだらしない姿を見下ろした。

「まだ熟睡か」

「起きへんねんなー、これがまた。んで、しゃあないから、新婚ごっこでもしたろうか思って」

 海子泣いちゃうー。というあれか。と、光は頭に思い浮かべた。そして、海に顔を向ける。

「二人より早く起きておいてよかったよ」

「どういう意味や」

「言葉通りの意味だよ。はい、これ」

 鋭いツッコミをした海に向かって、光は手に持っていた物を一つ手渡した。

「あ、また水持ってきてくれたんか。サンキュー」

 手渡された水のペットボトルのふたをひねって開けた海の横で、光はもう一本ある水のペットボトルを寝ている空へと差し出した。

 何してんねん。と、海が見ている前で、光は回りに水滴のついたペットボトルを、空の首筋に当てる。

「だぁー! 冷てぇ!」

 物凄い勢いて、半身を起こした空は、首筋を押さえ、傍らの光達に気づくと、振り仰いだ。

「今、な、な、何がっ」

「おはよう、空。早く支度しないと、朝食の時間に遅れるぞ」

 自分の所業には一切触れず、光は涼しい顔のまま、ペットボトルをサイドテーブルに置くと、部屋を出て行ってしまった。

「か、海」

 まだ自分の身に何が起こったのか分かっていない空に、海は苦笑して見せた。

「いや、まあ。やっぱ、光よりは早よ起きといた方がええっちゅう教訓やな」

「はあ?」

 海は訝し気な声を上げる空から視線を外すと、ふたを外したままだったペットボトルに口を付けた。

 水は、思った以上に冷たかった。




 三人連れ立って、廊下に出ると、階下がやけに騒がしいことに気付いた。

「何やろう。えらい下うるさいな」

「俺、見てくる」

 そう言って空は駆けだした。

 階段を一足飛びで降りていく。

 階下へ降り立ち声のする方を見ると、食堂のドアの前に参加者達が集まっていた。

「どうしたんですか?」

 空は誰にともなく声をかけた。

 ドアの前に集まった内の一人、狸腹の男が空の声に振り返った。

 確か、名は伊吹といったか。

「伊吹さん、何かあったんですか?」

 閉ざされたままの食堂の扉を見たあと、今度は伊吹個人に声をかける。

「ああ、皆朝食に集まってきたんだけど、食堂のドアが開かないんだよ」

「え? 朝食の時間って、八時で合ってますよね」

 腕時計に目をやると、時刻は八時五分前だ。

「ああ、そのはずだよ」

 伊吹は空に同意して、困ったように八の字に眉を寄せた。何となくだが、気の弱そうな男である。この人はたしか、一条健介の友人枠で参加していたはずだが、この人と一条が友達というのも、どこか違和感があるような気がした。

 どちらかといえば、ボスと子分みたいだよな。と、空は本人が耳にすれば、気分を害すだろうことを思った。

「ねえ、ちょっと。誰か、茂山を呼んできてちょうだい」

 ドアの真ん前に陣取っていた秀香が、苛ついた声を上げた。

「わお、秀香様ご立腹」

 ふざけた声が背後から聞こえて、空は振り返った。

 そこには、私市と、二人の兄弟が立っていた。そしてその奥に……。

「茂山さん!」

 空の声に全員が振り返った。

 茂山は、参加者の顔を見渡すと、ゆっくりと腰を折った。

「おはようございます。皆様」

 相変わらず、落ち着いた物腰である。

「おはようじゃないわよ。どうして、食堂のドアが開いていないの!」

 秀香が、声を荒げた。ついでにドアを二度三度と拳で叩く。

 他の者は、茂山にじっと目を向ける。

「秀香様。ドアは今、開くことができないのでございます」

 茂山の言葉に戸惑う空気が流れた。

 戸惑いを一掃するように、茂山が大きな声を上げる。



「それでは、皆様。第二のミステリーの時間でございます」



 参加者達の間にざわめきが起こった。

 まさか、朝っぱらから第二のミステリーが始まってしまうとは。

 朝食はどうなるのだろう。物凄く腹が減っているのに。

 空の心配は食欲に向いていた。

「ここではなんですので、皆様外へ。そちらに、御席を用意しております」

 そう言うと、茂山は玄関の扉を開け、外へ出て行ってしまう。

 呆気にとられたように、立ち尽くしていた参加者が徐々に茂山の後を追う。

「空さん!」

 その声に振り返ると、食堂のドア付近にいた人物が空の元へ駆け寄ってきた。

 背が低いので、人影に紛れて気づかなかったのだろう。不覚である。

 愛しの千鶴先輩は、昨日と変わらず素敵だ。

 今日は、ピンクのフリフリ襟がついたブラウスに、花柄のキュロットパンツをはいている。清楚の中に可愛さを兼ね備えた姿は最強だった。

「先輩、おはようございます」

「おはようございます空さん」

 微笑みがまぶしい。朝の光なんて、目ではない。

 空が千鶴の微笑みにやられている間に、彼女は光や海、そして私市にも朝の挨拶を済ませていた。

 五人そろって、外へ出ると、噴水の近くに大きなテーブルが置かれていた。

 空は、イカレ帽子屋のお茶会みたいだ。と、よく知りもしないのに思った。

 テーブルの隣には、噴水と花壇。

 そして、白い館。

 周りは緑の木々。

 朝日が降り注ぐ庭は美しかった。

 長方形のテーブルの上に、白いテーブルクロスがかかっている。

 この机はどうやら、参加者全員が座ってちょうど良い程の長さのようだ。マネキンを隠す必要はもうないのだから、こんなものなのかもしれない。

 席にはそれぞれ、ティーカップがソーサーの上に伏せて置かれていた。テーブルの中央には、小さな蓋付きのバスケットがいくつも置かれている。バスケットにはこれまた小さな南京錠がついており、中身を確認することはできなかった。

 昨夜と同じように、テーブルに置かれた名札の通りに全員が席に着くと、一つだけ空席ができた。

 空は参加者を見回してみる。今日は、光がいる。ならば、昨夜あったもう一つの空席分かと思ったが、どうやら違ったらしい。

「一条さんがおらへんな」

 右隣りに座った海の呟く声が耳に届いた。

「いるよ、一条さん」

 空は、秀香が座っているのを目で確かめてから、海に告げる。

「いやいや、ちゃうちゃう。一条健介さんの方」

 言われて、気づく。確かに、あのインテリ風イケメンの姿がない。空席は秀香の隣の席だった。昨夜、健介が座っていた席と同じだ。

 そういえば昨日、秀香と健介の席だけ、隣との間がやけにあいていたんだよな。などと、どうでもいいことを思い出す。

「ところで、あんた。何で、そこに座ってんだ?」

 昨夜と同様、正面の席に座る倉橋の声に空は思わず同意とばかりに頷いた。

 空から見て倉橋の右隣に、瀬戸が座っていたのである。

 今の席順はというと、王様席から見て、右側に千鶴、私市、光、空、海の順。王様席から見て左側は、秀香、空席、伊吹、瀬戸、倉橋の順番である。

「いやぁ、人数合わせですよ。一人、来なかったので」

 瀬戸が、なぜか照れた風に頭を掻いて答えた。今日の服装は昨日のように一見してブランド物だと分かるようなものではなかった。簡素な感じで昨日よりも好感が持てる。

 あの全身ブランド物はどうやら彼の趣味ということではなかったらしい。

「瀬戸さん。今から何やるんか、知ってるんですよね」

 海が、好奇心を全面に押し出した顔で、瀬戸に尋ねる。

「もしかして、あんた。答えも知ってるとかじゃねぇだろうな」

 胡散臭そうに、瀬戸に絡んだのは倉橋だ。ごつい男なので、少し声を低くしただけで、迫力が出る。

「いやだなぁ。今回は何も知りませんよ。これは大掛かりな準備を必要としなかったのか、僕は今回のミステリーに関しては、準備の手伝いとかもしていませんし」

 周りがこんな会話を交わしている間、空はそっと身を乗り出して、千鶴先輩を眺めはじめた。

 彼女を眺めるのは至福の時である。


 千鶴と空の間に座る光は、会話に加わらず、無表情に周りを見回していた。極力空を見ないようにしているのは、その締まりのない顔に手を伸ばし、思いっきり頬を抓りたくなる衝動を堪えるためである。

 あっと小さく空が声を上げた。何かと思い、光が空を見ると、だらしない顔が、一瞬で曇っていた。

 おかしく思った光は、空の視線の先に目をやる。眼鏡越しに見た千鶴の顔もまた、曇っていた。千鶴の視線の先にいるのは、藤沢だった。藤沢の顔色が優れない。何かあったのだろうかと思わず心配してしまいそうな程に。


 一方、藤沢は、千鶴や光の視線に気づいていないのか、黙々と仕事をこなしていた。

 茂山と藤沢は参加者達が席に着くとすぐにそれぞれの席を周り、カップにお茶を注いで回っていたのだ。

 二人は紅茶を注ぎ終えると、王様席の前に立って、参加者に注目するよう求めた。

「それでは、皆様。第二のミステリーに移ります。ですが、まずは、冷めないうちに紅茶をお楽しみください」

 茂山に促され、空達はそれぞれカップに手を伸ばす。

 薫り高い紅茶は今まで飲んだどの紅茶よりも美味しかったが、これだけでは空腹が満たされない。

 何か食べたいなーと思いながら、空が胃の辺りをこすっていた時、茂山の声が耳に届いた。

「それでは、皆様。第二のミステリーを行います。まずは、カップのソーサーをお手に取ってください」

 ソーサー? 空は、からになったカップをどけてソーサーを持ち上げた。

「何か付いてる」

 誰かが声を上げた。空は首を傾げた。空のソーサーには何も付いていなかったからだ。

「空、裏、裏やって」

 隣から海に言われて、慌てて裏向ける。

 そこには小さく折りたたまれた紙がセロテープで止めてあった。

「まずはソーサーについている紙をお取りください。そこには、皆様の台詞が書かれています。今から、お一人ずつ、そこにかかれた台詞を読み上げていただきます」

 突如、茂山の説明が始まった。

「その台詞は全て、紛失した食堂の鍵にまつわるものです。台詞を頼りに鍵のありかを推理してください」

「それが、今回のミステリーなの?」

 秀香が茂山に尋ねた。茂山は、恭しく秀香の言葉に同意する。

 その横で、藤沢が茂山の語を継いだ。

「ただし、皆様の台詞には嘘が一つ混じっています。嘘を言ったのが誰なのか。そして、鍵はどこに隠されているのか。それを推理し、答えを導きだしてください。答えがでたら、私か、茂山に声をかけてください。早い人から順に、点数を与えます」

 ということは、今回は全員が点をもらえるということか。

 これなら、第一のミステリーで点数を得た千鶴が有利なのではないだろうか。そう思いいたって、空は千鶴を見やる。

 千鶴はいまだに、藤沢ばかりを凝視していた。藤沢が話しているからだと己に言い聞かせるも、千鶴のどこか思いつめた表情を見ていたら、胸がざわめいて仕方がない。

 嫌な予感がする。

 空は、ぎゅっと胸元の服を握りこんだ。


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