対決完結
元第一王子が使っていたと思われる部屋にはたくさんの本があった。ボロボロのものから、状態のいいものまで様々だ。
「読めるか?」
魔導回路の仕組みだと思われる本を眺めているマーギンにオルターネンが尋ねた。
「いや、文字がまったく分からない。年代もいつのだろうね?」
もしかしたら、アリストリア王国の物があるのではないかと思っていたが、時代が違うのか、国が違うからなのか、マーギンには文字の判別ができなかった。
「ロドリゲスに見てもらうか?」
と、大隊長が聞いてくるが、恐らく無理だろう。ロドリゲスは見知らぬ文字を読むのではなく、そこに残った思念というか思いを読み取るもの。魔導回路は細かな部分を読めないと無意味だ。
「こいつらはどうする?」
と、バネッサが連れてきたのは研究員たち。どこか目の光が薄く、怯えたような表情を浮かべるだけで、質問をしても受け答えができない。マーギン達に攻撃をしてきた子供たちも同じような感じだった。
「連れて帰るしかないね。キツネ目に管理を任せるよ」
こうして、廃坑にあった部屋は封印をして、ノウブシルク城に転移したのであった。
「キツネ目、時間をかければ洗脳が解けるかもしれない。城でこいつらの面倒を見てやってくれ」
「承知致しました」
研究員たちと子供たちをキツネ目に任せて、別室で王代理に元第一王子の遺体を見せる。
「お前の兄か?」
「はい。間違いありません」
関係が悪かったとはいえ、実の兄の遺体を見て、複雑な表情の王代理。
「国葬というわけにはいかんから、秘密裏に埋葬してやってくれ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「それとひとつ聞いてもいいか?」
と、マーギンは前置きをしてからトルクのことを尋ねた。
「兄は結婚をしておりませんが、才能ある女性に子供を産ませていたようです。トルク君は若き頃の兄とそっくりでしたので、もしやと思ったしだいです」
「確証はないが、お前がそう言うなら、やっぱりそうなんだろうな」
「しかし、どうやってシュベタインに行ったのでしょうか?」
「俺にも分からん。しかし、トルクはこいつの命令を聞いた。まったく知らないやつなら、そうはならんだろうからな。多分、本当に父親だったんだろ」
「そうですか……これから、トルク君をどうするおつもりですか?」
「どうするって……俺が決めることじゃないだろ?」
「マーギン王が完全に王から身を引かれたら、トルク君は正当なノウブシルク王の第一継承権を持つ者になります」
「トルクがノウブシルク王……だと?」
マーギンは王代理の言葉が頭の中をグルグルと回る。
「はい。トルク王子ということになりますね。トルク君が王になるのであれば、僭越ながら私が補佐させていただきます」
「お前が王になるんじゃないのか?」
「私は補佐する役割の方が性に合っております。マーギン王の教えを受け継ぎ、かつ、正当な後継者であれば、ノウブシルク国民も納得するでしょう」
そう言われたマーギンは本人に聞いておくと返事をしたのだった。
◆◆◆
「なぁ、トルク」
「なーにー?」
トルクと二人で風呂に入りながら、王になりたいか聞いてみる。
「お前、ノウブシルクの王になりたいか?」
そう聞かれたトルクは湯船に浸かりながら、上を向いて両手を上にぐーんと伸ばした。
「あー、やっぱりあの人は僕の父親なんだねー」
「どうやらそうみたいだ」
「王様かぁ、なんか信じられないねー」
「俺もだ」
「マーギンは王様やってみて、どうだったのー?」
「向いてないな。面倒臭過ぎる」
と、答えると、くすくすと笑うトルク。
「だろうねー。この返事は今しないとダメー?」
「いや、そんなに急いでないから、考えとけ」
「うん、そうするー」
と、トルクは小さな頃と変わらずにほんわかとマーギンに答えたのであった。
「あー、いないと思ったら、先に入ってたー! 風呂に入るなら俺たちも誘えよな」
ひと通り話が終わったときに、カザフたちが風呂に入ってきた。大隊長とオルターネンも一緒だ。
もう成人したというのに、3人はキャッキャと風呂でお湯の掛け合いをして遊ぶ。
「話したのか?」
「ええ。考えておくそうですよ」
大隊長にトルクのことを聞かれて、そう答えた。
「トルクが王になる道を選んだら、あの2人はどうするんだろうな?」
と、オルターネンがカザフたちを見る。
「どうだろうね? いつまでも3人でいるのか、別々の道を選ぶのかは、本人たちが決めるでしょ」
と、マーギンが答えると、オルターネンはフッと笑った。
「そうだな。あとは魔王を倒してからということか。よし、それまでの息抜きに少し飲むか」
と、風呂の中で飲もうと言ったオルターネン。マーギンはレモンチューハイを出して、大隊長とオルターネンに渡した。
乾杯も言わずに、グラスの縁だけ少し当ててからぐっと飲み干す。
「はぁ、旨い」
「ちい兄様が風呂で酒飲もうと言うのも珍しいね」
「たまにはいいだろ?」
「マーギン、つまみはあるか?」
大隊長からつまみの要求。
「食うなら、風呂から出てからにしましょうよ」
「ここだと、姫様やバネッサの邪魔も入らんだろ?」
と、ウインクされる。大男のおっさんのウインクなんかいらん。とマーギンは思ったが、男同士で飲もうということのようだ。
「なら、こいつがいいな」
と、湯船の縁にまな板を置いて、マグロの柵を刺身にしていく。どちゃっと盛り付けて醤油を掛ける。酒は日本酒にして桶に載せた。
「おっ、風呂の中で食うのもいいもんだな」
手掴みでマグロの刺身を口にポイっと入れて日本酒を飲む大隊長。醤油のついた手を湯船で洗いやがった。あんた本当に貴族か? と疑いたくなる。
「うむ、この組み合わせはいいな」
風呂とマグロと酒のコンボを気に入ったオルターネン。
「あー、自分たちだけ何食ってんだよ」
お湯の掛け合いに飽きたカザフたちが乱入。
「お前らは飲むなよ」
と、カザフ達にレモンソーダを作ってやる。
「うっめーっ! 風呂で食うのうっめー!!」
大はしゃぎするカザフ達。みんな手掴みでマグロを食べては醤油の付いた手を湯船で洗う。もう気にしないでおこう。
「てめーら、風呂で何やってんだよ?」
女風呂からバネッサの声が聞こえてきた。
「へっへーん。そっちには関係ないだろ」
「マーギン、ズルぃぞ。こっちにもよこしやがれ」
と、壁から顔をひょいと覗かせたバネッサ。
「ばっ、バカ。覗くなよ」
慌てて手で隠すカザフ。
「誰がおめぇらなんか覗くか。マーギン、その食ってるのと酒をこっちにもくれよ」
「お前なぁ……おっぱい見えかけてんぞ」
身を乗り出したバネッサの谷間があらわになっている。
「えっ? あっ……うわっ」
ジャッパーン。
手で胸を隠そうとしたバネッサは女湯に落ちていった。
「もう出るから、風呂から出て食え」
マーギンがそう女風呂に向かって叫んで湯船に浸かると、カザフは大事なところを隠したまま、後ろを向いていたのだった。
風呂から出て、同じ物をみんなに用意する。
「自分らだけいい思いしやがってよ」
マーギンに髪の毛を乾かしてもらいながら、マグロの刺身を食べるバネッサ。
「おまえ、みんながいる前ではしたないマネすんなよ」
「み、見えてねぇんだからいいだろうがよ」
「想像するんだよ、想像を。カザフ達の教育に悪いだろうが」
そう言われたバネッサが、カザフを睨むと慌てて目を背ける。
「ったく、スケベ野郎が」
そして、酒が進むと、ローズが隣に座ってきた。
「どうしたの?」
「バネッサはみんなのいないところでもはしたないマネをしているのだろうか?」
「は?」
「さっき、みんなの前ではするなと言ったではないか。みんながいないときにしてるというのか?」
「ど、どうしたの、ローズさん?」
よく見ると、ローズの目が座っている。結構飲んだようだ。
マーギンがローズに絡まれる様子を見てクックックと笑う大隊長。
「ローズにもはしたないマネをしてもらったらどうだ?」
「大隊長、何をふざけたことを言ってるんですか」
ローズがもじもじしながら、服のボタンに手をかけようとする。
「ローズ、頑張れー!」
それを煽るカタリーナ。
「ローズ、やめなさい」
それを止めるマーギン。向こうではカザフとバネッサが肉の取り合いで騒ぎ、オルターネンとロッカが酒の飲み比べをし、アイリスが火を吹いている。
マーギン達は元第一王子との対決で受けた精神的ダメージを忘れるかのように飲み、日常が戻ってきたかのように騒ぐのであった。




