こりないマーギンがやらかす
朝ごはんに、昨日の残りの肉じゃがに卵を落として丼飯に。
うまうま。
「では出発しようか」
遺跡を見付ける気満々のオルターネン。早速森に入り、今度は北東方向へ進んでいく。
数日森の中を進むと、またラプトゥルが出始めた。大隊長もオルターネンも慣れてきたので討伐するのは苦ではないが、警戒して進まねばならないので、時間がかかる。
「マーギン、どうだ?」
ラプトゥルは木の上にもいるので、バネッサを斥候に出さず、マーギンが集音器のマイクを進行方向に向けて、ラプトゥルの群れがいないかチェックしていた。
「なんだろうね、この音?」
耳当てを順番に当てて、なんの音か確かめてもらう。
「低く鈍い音だな」
例えるなら、ホテルの冷蔵庫が耳元から聞こえてくるような感じの音。
「近づいて確かめましょうか?」
「マーギンでも分からないような得体の知れない音なのだ。迂回したほうがいいのではないか?」
「じゃあ、一度上空に上がりますか。方角も確かめたいですし」
と、プロテクションステップで上空に上がると、一斉に虫系の魔物が襲ってきた。
「ゲッ、ヤバい。こいつらの羽音だったのか」
「なんだこいつは?」
「ビッグモスキート。口から麻痺毒を吹きかけてくるから気を付けて」
羽を広げると50センチほどの大きさのデカい蚊が襲ってきた。オルターネンの剣とバネッサのオスクリタはビッグモスキートの群れとは相性が悪い。この魔物はそれほど強くはないが、離れたところからピュッピュッと麻痺毒を飛ばしてくるのだ。
「俺の後ろに回れ」
大隊長がそう指示すると、前方に風魔法を出して吹き飛ばした。
「ぬっ?」
風魔法では倒せない。一時的に遠くに飛ばせるだけで、すぐにわーっと寄ってくる。
ピュッピュッ。
「グッ、腕が……」
オルターネンが腕に麻痺毒を食らった。まるで腕に麻酔を打たれたかのように動かない。
「食らえっ!」
バネッサがオスクリタを飛ばし、ズバババっと、倒していく。しかし数が多くて焼け石に水。
ビッグモスキートはマーギン達より上空に飛び、雨のように麻痺毒をかけてきた。
《プロテクション!》
プロテクションで傘を作り、麻痺毒の雨を防ぐマーギン。
「フェニックスで焼けないのか?」
片腕を押さえたオルターネンがマーギンに燃やせないか聞いてくる。
「この毒は燃えるんだよ。フェニックスを出したら、あちこちが燃えるか、これだけ周りに毒が充満してるから、爆発するかもしれない。それに気化した毒を吸うと身体が痺れて動けなくなる」
「マーギン、仕切り直しだ。この場を離脱しよう」
「そうだね。プロテクションスライダーで、離脱しよう」
下を見るとさらにビッグモスキートの大群がこちらを目掛けて飛んできている。
マーギンがプロテクションスライダーを伸ばし、スリップをかけて一気に遠くに降りる。
当然、凄いスピードが出る。
「ヤバいヤバいヤバい」
スリップを解除すると尻がなくなるので、登りにする。
「うげげげげ」
凄いGがかかるので、スライダーを平坦にしたら、空に打ち出された。
「うっぎゃぁぁぁ」
こりないマーギンはまたやらかす。
《プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション!》
散らばった人数分のプロテクションを展開して、なんとか着地。
「死ぬかと思ったじゃねーかっ!」
こっちに向かって怒鳴ってくるバネッサ。
プロテクションステップを広げて全員と合流する。
「お漏らししてないか?」
「するかっ!」
やらかした上にいらぬことを言うマーギン。
「プロテクションスライダーは両刃の剣だな。これほど自分の無力さを感じることはない」
まだ腕を押さえているオルターネン。そう、人は空中に打ち出されると無力になるのだ。
「マーギン、とりあえず、階段を出してくれ。下に降りよう」
ビッグモスキートの群れを振り切ったようなので、大隊長は降りようと言った。この高さを階段で降りるのは結構きついが、もうプロテクションスライダーはこりごりのようだ。
「はぁ、疲れたね」
「そうだな」
まだ腕を押さえているオルターネン。
「まだ痺れてる?」
「痺れというより、力が入らん。自分の腕じゃないみたいだ」
「俺には治せないから、一度王都に戻ろうか。カタリーナなら治せると思うから」
「悪いな。この状態だと俺は足手まといだ」
作り置きの飯を食べて北に向けて移動すると、2日でトナーレの街近くに出た。
「ここまで進んでたんだね」
「そうだな。プロテクションスライダーで移動したから、距離を稼いだのかもしれん」
想定してたより、東に進んでいたマーギン達は今日はトナーレで飯を食って野営することにした。
「おっ、久しぶりじゃねーかよ」
「相変わらず繁盛してるね」
しばらく並んでから、テーブルに座ってソーセージとビールを注文すると、片腕が岩兵衛みたいな店主が運んで来てくれた。
「おう、タイベ産の豚肉で作ってるからな。前よりぐっと旨くなってるぞ。腹がちぎれるぐらい食っていけ」
「そうする」
と、マーギンが笑って答えると、カザフ達のことを聞かれたので、魔物討伐をしてると伝えておいた。
「帰る前に声をかけてくれ」
「はいよ」
ソーセージは茹でと焼きを頼み、大隊長は血のソーセージも頼んでいたので、山盛りだ。
「いつもここのソーセージを食っていたのだな」
大隊長もここのソーセージをお気に入りなのだ。
「そう。ここのソーセージ旨いんだよね。パリッとしてジューシーで。タイベ産の豚肉になってから、肉の甘味も増してる」
うん、茹でも焼きも旨い。ピクルスも食べちゃおと、店の人に手持ちのものを食べていいか許可を取る。
「聞いてきます」
と、顔の知らない従業員が、マーギン達が大将の知り合いのようだったので聞きに行ってくれた。
「何食おうってんだ?」
持ち込みを怒りに来たのではなく、何を食べるのが気になった大将が聞きに来た。
「ピクルスってものでね、付け合わせというかお口直しというか、メインのものじゃないよ」
と、ピクルスの瓶詰めを出して見せた。
「きゅうりかこれ?」
「そう。それを調味液に漬けたものなんだよ」
と、スライスして味見をしてもらった。
「酸っぱいんだな。うちもキャベツで酸っぱいのを置いてあるぞ」
大将が言うものはザワークラウトだろう。
「それもいいけどね。このピクルスはときどき無性に食いたくなるんだよ。ホットドッグの中に入れてもいいし」
「どんなのか、あとで食わせてくれ」
「いいよ」
「うちのには入れんなよ」
「入れたことないだろうが」
酸っぱい食べ物を好まないバネッサはピクルスを嫌そうな目で見ていた。
食後に厨房にいき、ホットドッグを作る。
「なるほどな。昼飯にいいな」
「そうだね。昼より、馬車の停留所で朝に売ればいいんじゃない? 馬車の中で食べるもので売れると思うよ」
「おっ、それいいな。そうしよう」
ついでに、タイベからカレー粉を仕入れて、カレー味のキャベツを挟んでもいいよと追加で作って食べさせた。
「これ、付け合わせのメニューにするわ。かまわんか?」
「お好きにどうぞ。でも忙しくて死んでも知らんぞ」
「弟子も取ったから大丈夫だ」
「へぇ、そうなんだ。良かったね」
と、言うと、タジキを弟子にしたかったと笑った。
「ほら、これ持ってけ」
と、ドンッとソーセージを出してきた。
「え? いいの?」
「あぁ。お前のお陰でタイベ産の豚肉を優先的に卸してもらってるからな。値段も前の仕入れと変わらん値段だ。お前がハンナリー商会にそうしろと言ってくれたんだってな」
「え、いや、まぁね。俺も旨いソーセージを食いたいけど、高くなりすぎたら意味ないしね」
「ということだ。前もって来ると言っといてくれりゃ、もっと渡せたんだがな。今日はこれが限界だ」
と、十分過ぎる量のソーセージをもらった上に、今日の飲み食いの料金もいらないと言ったが、大隊長がちゃんと払っていた。
「明日、朝は来れるか?」
「来れるよ」
「なら、特製のを作っておいてやるから食いに来てくれ」
「うん、お言葉に甘えてそうさせてもらうね」
翌朝、白い茹でたフワフワのソーセージをご馳走になり、出発した。
「ちい兄様、腕はどんな感じ?」
オルターネンはもう腕を押さえてない。
「動くようにはなったが、力は入りにくいな」
「あの麻痺毒、結構しぶといんだね」
「絶対に食らってはダメなやつだな。次からはもっと気を付ける」
そして、ついでだからライオネルに寄ろうかとなり、漁港でも山程魚介類を仕入れ、王妃が気に入った店で天ぷらを山程食べたあと、日が暮れるのを待って、ホバー移動で一気に王都に戻ったのだった。




