遺跡捜索の準備
「ノウブシルクは落ち着いたのか?」
シュベタインに戻ってきたマーギンは大隊長とオルターネンと打ち合わせをしていた。
「ノウブシルクにはシュベタインにないノウハウがいろいろとあるみたいで、街道の宿場街まで、道を作ることになりました。中継地点の町を作る方向で進んでます。あとは王代理とキツネ目に任せてきました」
「そうか。それは良かったな。これからなにをするつもりだ?」
マーギンはゴルドバーン城で手に入れた本と、タイベにあった遺跡の位置が違うことを説明する。
「それを確認しにいくのか?」
「そのつもりです」
「ならば我々も行こう」
「プロテクションステップを使って、空から探すつもりですけど、木々に埋もれてるでしょうから、森の中を彷徨うことになりますよ?」
「だからこそだ。何があるか分からんからな」
そして、オルターネンも一緒に行くとのこと。
「じゃあ、食料とか用意しておきますよ」
「では、遺跡捜索の前にマギュウ狩りをしてから行くか」
焼き肉の確保をしたい大隊長はタレを作っておいてくれとマーギンに言った。
ハンナリー商会に行き、米や魚を仕入れておく。
「あれ? お前、その足はどうしたんだ?」
魚を売っていたのは、ライオネルで片足をなくした元漁師。
「これ、義足を作ってもらったんです」
「へぇ、立ってると足が生えたのかと思ったぞ」
と、マーギンが驚いた顔をすると、自慢するように義足を見せてくれた。
「こいつは優れものでしてね、駆け足程度ならできるんですよ」
「あー、あの草を使った素材で作ったのか」
樹脂と斬れない糸を使った素材だ。
「高かったろ?」
「それが、試作品だとのことで、使用感とかここをこうしてほしいと伝えるだけでいいって言ってくれましてね。代金は払ってないんですよ」
「へぇ、ちょっと外して見せてくれないか」
と、義足を見せてもらうと、義足を付けていた肌の部分が擦れて傷になっている。
「ここに負担がかかるんだな」
「それは仕方がないですね。布を入れると密着感が減って、歩きにくくなるんです」
「立ってるときは平気か?」
「はい。歩くときに当たるんです」
なるほど。義足自体にショックを吸収するところがないから、衝撃で傷ができるのか。
マーギンはバネになる金属を錬金魔法で曲げて、義足の踵に付ける。
「ちょっと高さが合わないと思うけど、これで歩いてみてくれ」
と、歩かせてみる。
「あ、痛くないです」
「使用感を報告するときに、踵からくる衝撃を吸収する機能を付けてほしいと伝えろ。それか、踵だけに付けるより、全体で衝撃を吸収できた方がいいかもしれん」
「全体で?」
「見た目を気にするなら今のタイプのもの。動くことを優先するなら、見た目は諦めて、こんな形のやつがいいと思う」
と、スポーツ義足のようなものを絵に描いて渡しておいた。
「義足は画期的なものだから、使う人のタイプ別に開発してくれと伝えておいてくれ。それで救われる人が増える。西門にヘラルドって医者がいるから、医者の意見も聞くといいぞ」
と、マーギンはアドバイスをしておいた。腕や足をなくして働けなくなる人が少しでも減ればいい。生きる希望があればなんとかなる。
シュベタインもみんながいろいろと考えて、開発が進んでいるようで何よりだ。
買い物を済ませたマーギンは家に戻り、せっせと料理を作っていく。大隊長は焼き肉だけ食うかもしれんが。
「ハンバーグさん、お帰りなさい!」
「よう、甘辛。帰ってきてるなら、声かけろよな」
アイリスとバネッサが晩飯前にやってきた。
「お前ら、俺を飯の名前で呼ぶな。カザフ達は来てないのか?」
「今日は帰ってきてなかったですね」
「カタリーナは?」
「ヘラルドさんのところの手伝いをしているので分かりません」
アイリスの話によると、流行り病が出たらしく、それが落ち着くまで手伝いをしているとのこと。
「なんの病気だ?」
「発熱、嘔吐、下痢です。小さな子供は亡くなってしまうかもしれないので、姫様がシャランランしています。大人の人は水を飲ませて様子を見るそうです」
「大変そうだな。アルコール消毒とかしてるのか?」
アルコール消毒はソフィアが残してくれた本に書いてあったもの。
「しているみたいですけど、あまり効果はないみたいです」
それなら、ウイルス性の流行り病かもしれない。塩素の消毒をするんだっけな? 塩素はどうやって作るんだろ? 何かの動画で見たことがあるんだけどなぁ、と、うむむと考え込むマーギン。
「ハンバーグさん」
「その呼び方はやめろ」
「うちは甘辛な」
バネッサは甘辛味が好きなだけなので、唐揚げでなくてもいいから、照り焼きハンバーグにするか。
遺跡探し用の飯作りから、照り焼きハンバーグ作りに変更する。温野菜も作って食わせよう。
ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリーを茹でて付け合わせにする。照り焼きハンバーグには目玉焼きをのせてやった。
ガツガツガツガツ。
勢いよく食べる二人はお代わりをした。
「はぁ、やっぱマーギンの飯は旨ぇよな」
「はい」
「そりゃどうも」
食後に少し甘めの酒を飲む。
「マーギン、どっかに行くんだろ? うちも連れてけよ」
と、バネッサが言う。
「大隊長に聞いたのか?」
「そうだ。森の中に行くなら、うちがいた方がいいだろ?」
確かに森の中で遺跡を探すなら、バネッサがいた方がいいかもしれない。
「こっちの魔物討伐は大丈夫なのか?」
「ホープとサリドンが頑張ってるぞ。ノイエクスもな。それとハンナリー隊がかなり強くなってる。まぁ、カザフもそれなりにやるようになってきやがった。それにラリー達もいるから、うちがいなくても問題ねぇだろ」
「なら一緒に行くか」
「へへっ」
マーギンが一緒に行くかと答えたら、嬉しそうな顔をした。
「私は……」
「お前は無理だろ。森の中で何ができるんだよ? それに、次の討伐のメンバーに入ってんだろうが」
「はい……」
アイリスも付いて来たかったようだが、バネッサに無理だろと言われて反論できなかった。森の中では迂闊に火魔法を使えないからだ。
「なんの討伐に出るんだ?」
「あちこちでボアが増えてんだよ。それも大型のやつが。ハンターだけで対応するのも難しいみたいで、特務隊も討伐に出てる。カザフ達が行ってるのもそうだ」
「魔狼を減らした影響かもしれんな」
「かもな。ま、魔狼よりボアの方がましだ」
と、甘めの酒をくっと飲み干したバネッサ。
「風呂入ってこようっと」
バネッサは泊まる気満々のようで、自分から風呂に入りにいった。
アイリスは酒を飲んだからおねむのようだ。それに疲れてるみたいだな。
「洗浄魔法をかけてやるから、寝に行け」
「連れてってください。眠くて動きたくありません」
こいつは……
「ほら、立て」
マーギンはおんぶをせず、アイリスの手を持ってずるずると寝室まで引っ張っていった。
手のかかるやつだ。
と、ぶつぶついいながら、レモンサワーを飲んでバネッサが出てくるのを待つ。
「おかしいな?」
いつもはカラスの行水なのに、なかなか風呂から出てこない。
「まさか、風呂で寝てるんじゃないだろうな?」
風呂場の前まで行き、バネッサに声をかける。
「バネッサ、寝てんじゃないだろうな?」
声をかけるが返事がない。
「おい、バネッサ、風呂で寝るな。溺れるぞ」
シーン。
何度、声をかけても返事がない。
「扉を開けるからな」
と、声をかけてから扉を開けると、湯に顔が浸かりかけていた。
ちっ。
マーギンはバスタオルを持って風呂場に入り、湯船の中に突っ込み、バネッサを包んだ。
「どうすんだよこれ?」
アイリスは寝てしまった。バネッサは真っ裸。今は治癒しているときでもない。この状況はよろしくない。
自分もビチャビチャになってるので、脱衣所で魔法の温風で乾かしていく。
「おい、いつまで寝てんだよ」
乾いても起きないバネッサ。これは寝てるというより、気を失ってるのか? と思うぐらい起きない。着替えもどこにあるのか分からない。いや、着替えがあっても俺が着せるってのもなと、マーギンは呟く。
仕方がなく、バスタオルで包んだまま、その上に毛布をかけてソファーに寝かせた。
そして、机を片付けようと、バネッサが飲んでいた酒の瓶を持った。
「げっ、俺はこんなものを飲ませたのか」
マーギンはジュースで割る用の酒をバネッサに渡したつもりだったが、消毒に使えるぐらいの高純度のアルコールを渡していた。
おかしいと気付かないものなのか? と、試しにジュースで割って飲んでみる。
「これは気付かんな」
濃いめのジュースで割ると、アルコールの強さがあまり分からない。バネッサも疲れていた上にこれを飲んだから、気絶したみたいに寝たのか。アルコール中毒にならないだろうな?
吐いたりしないか心配になって、ソファーで寝るバネッサの様子を見る。
「今のところ問題なさそうだな」
顔色も悪くないし、苦しそうでもない。普通に寝ているみたいだ。
マーギンはそれでも、夜中に何かあるかもしれないと、カザフ達のベッドを使わず、リビングで寝ることにした。
「げっ!」
マーギンも疲れていたため、いつの間にか寝てしまったようだった。そして、隣に誰かが来た気配で目が覚める。
隣に寝ているのはバネッサ。しかもバスタオルすら巻いてないので、慌てて毛布をかけた。
「うーん……」
ヤバい。バネッサが起きる。早くカザフ達のベッドに行かねば。
「ん? うちはなんでこんなところで寝てんだ?」
マーギン、脱出間に合わず。
そして、バネッサと目が合った。
「ま、まだ夜中だから寝てていいぞ」
「お前、うちと一緒に寝てたのかよ?」
「そ、そうではなくてだな。お前が俺のところに寝にきたんだよ」
「そうか。起こして悪かったな。でも、こうしてるとあったかくて気持ちがいいぜ」
と、バネッサはマーギンにくっついて、寝ようとする。
「ん?」
ヤバい。と、焦るマーギン。そして、バネッサは固まった。
「う、うちになんかしたのか……?」
自分が裸だと気付いたバネッサ。
「お前が風呂で寝て起きなかったんだ。だから、バスタオルで包んで寝かせておいたら、その……」
「あー、そういや、風呂で目を開けてられなくなったんだった」
と、バネッサは怒ることも、大きな声を出すこともなく、普通に答えた。
「だから、何かしたとか、そんなことはなくてだな……」
「だろうな」
と、バネッサは返事をして後ろを向いてしまった。
あれ? 「バッキャローっ!」って殴らないのか? と、キョトンとするマーギン。
「このまま一緒に寝るなら、責任を取らせるからな。それが嫌なら、さっさとカザフ達のベッドに行きやがれ」
と、マーギンの顔を見ずに言う。
「う、うん」
マーギンはそっと毛布から出て、地下室へと行ったのだった。
後ろを向いていたバネッサは、顔から火が出るほど真っ赤になっていたことをマーギンは知らないのであった。




