心がザラ付く
マーギン達がマンモー討伐に行っている間、他の者たちは魔狼の群れと遭遇していた。
「カザフ、戻るぞ」
魔狼の群れを発見したバネッサはカザフにそう伝えた。
「俺達でやればいいだろ?」
「この吹雪の中でやる必要はねえ。それに打ち漏らしたら、魔狼があっちに行くかもしれねぇだろ。先に情報を持ち帰るのが重要なんだよ」
「怖ぇのかよ?」
カザフがくだらない挑発をしてきたことにバネッサは呆れた顔をする。
「お前、いつまでそんなことを言ってんだ? いい加減成長しろよ。ここで無理して魔狼を殲滅してマーギンが褒めてくれると思ってんのか?」
「なんでマーギンのことが出てくんだよ!」
バネッサの口からマーギンの名前が出たことで、つい反発してしまったカザフ。飯のときに、バネッサが自分には見せない嬉しそうな顔でマーギンを見ていたことが脳裏によぎったのだ。
「当たり前だろ? 魔物のことや討伐方法、パーティとしての動き方とか全部マーギンが教えてくれたんだろうが」
バネッサはカザフがなぜ反発してきたのか理解できずに怒鳴り返す。
「俺はもう成人したんだっ!」
「だから、ちっとは成長しろってんだ。うちらの役目は斥候だ。情報を持ち帰るのが任務だろうが!」
バネッサに怒鳴られて、どんどん引っ込みが付かなくなったカザフは返事をせず、魔狼の群れに向かおうとした。
ガッ。
「痛ってぇぇぇ。何しやがんだ!」
バネッサがオスクリタの持ち手でカザフの頭をそこそこ本気で殴った。
「いい加減にしろっ! 言うことを聞かねぇなら、二度と一緒に斥候に出ねぇからな。もう勝手にしやがれ」
バネッサは魔狼に向かおうとしたカザフにキレてそう言い放ち、一人でみんなの元に向かってダッシュした。
「クッ……」
どうにも自分の気持ちが言うことを聞かないカザフ。なぜだか分からないイライラが募り、クソーッ! と大きな声を出してバネッサのあとを追った。
「何がいた?」
「そこそこ大きな魔狼の群れだ。それよりマーギン達はどこ行ったんだよ?」
みんなの元に戻ってきたバネッサはマーギンがいないことに気付いた。
「マンモーの群れが来ているらしい。それになんか変だと言って確認しにいった」
「3人でか?」
「そうだ。マーギンは私にみんなを守れと言った。この吹雪の中で戦うには分が悪い。一度引くぞ」
ロッカもバネッサと同じ判断をした。そのことでカザフの気持ちは更にガサガサとザラ付いていく。
「どこに移動する?」
「街の方へ移動だ。魔狼が街に向かうようなら、戦わざるを得ないからな」
「了解。ロッカが先頭を行ってくれ。うちがうしろで魔狼が来ないか確認しながら追う」
「分かった。カザフと二人で頼む」
「うち1人でいい。カザフがいたら気が散る」
ロッカがカザフと二人でと言ったが、バネッサは断って1人で街とは反対方向に走っていった。
「カザフ、なんかあったのか?」
「知らねぇよ、あんなやつ」
不貞腐れたカザフはロッカに八つ当たり気味に答えて、街の方へと向かったのだった。
◆◆◆
「俺にあんな魔法が使えるか」
吐いて捨てるように答えたオルターネン。
「うん、無理だよ。フェニックスは俺専用の魔法だからね」
火の攻撃魔法の最上位版がフェニックス。火の適性がSのマーギンにしか扱えないのだ。
「マーギン。みんなが気になる。ここが問題なければ戻るぞ。オルターネン、走れるか?」
「大隊長、ホバー移動で戻りますから走らなくていいですよ」
プロテクションステップを氷の上に展開して、3人まとめてホバー移動で岸まで戻った。
「いないな。さて、どっちへ向かったか……」
と、マーギンが呟くと、
「街の方へ向かった」
と、断言するオルターネン。
「なんで分かるの?」
「この吹雪だ。戦いを避けて移動したのだろう。向かうのは街方面だ。戦いをさけても、街に魔物が行くなら戦わねばならんからな」
「隊員はそれができてるのに、ちい兄様は無理して戦おうとしたのはなんで?」
「無理して戦っておかねばならんときもある。状況も分からずに引いてばかりいたら、何も対処できない部隊になる」
オルターネンは隊長を退くと言いながらも、自ら危険な経験をし、特務隊にフィードバックするつもりだったようだ。
「それに、お前と、大隊長がいたから遠慮なく限界までやらせてもらった。これで自分が実戦でどれぐらいまで戦えるか確認できたのも大きい」
「そういうことね。了解。じゃ、ちい兄様と大隊長は街方面に向かって」
「お前はどうするつもりだ?」
「多分、バネッサとカザフが魔物の状況確認をしてると思うから、探して連れて行くよ。無理してたらヤバいからね」
夜間の吹雪の中では視界が悪いのはもちろんのこと、音も聞こえないし、気配も探りにくい。それに戦わずに引いたということは、そこそこ以上の厄介な状況のはず。
「分かった。では街近くで合流しよう。バネッサ達を頼んだ」
「了解」
こうして二手に分かれたマーギン達。
マーギンは吹雪の中、バネッサの気配を探って進む。
「寒っみぃぃ」
マーギンはマチョウコートを着て、温熱服のスイッチを強にした。
「バネッサとカザフ、凍死してるんじゃないだろうな?
歩くと雪で足が埋まるので、ホバー移動をしながら二人を探す。
「気配がまったく分からんな。二人とも気配を消すのが上手いし、この吹雪の中じゃ見つけるのは難しいか」
探すのが無理なら、向こうから見つけてもらおうと、魔法で明るく照らしながら進んだ。
魔狼の群れか。これを見付けたから、街の方へ引いたんだな。
人間が歩くと、膝上まで雪に埋もれる状況。確かにこれでは満足に戦えないわな。
しかし、ホバー移動しているマーギンには関係がない。
面倒だから、フェニックスで群れごと焼いてやろうかと思ったが、バネッサとカザフがいたら巻き込む恐れがあるので、妖剣バンパイアで討伐することに。
シュンッとホバー移動して魔狼の群れの中に突っ込み無双していくマーギン。逃げ出した魔狼はファイアバレットで撃ち抜いていく。
「ほい、完了」
魔狼の群れを殲滅したマーギンは街の方へ向かって移動を再開すると、バネッサを発見した。
「大丈夫か?」
「マーギン、わざわざ迎えに来てくれたのかよ?」
鼻の頭を真っ赤にしたバネッサが、浮いてるマーギンを見上げる。
「お前、雪まみれじゃないか。カザフはどこだ?」
「あいつ、なんか反抗的でよ。勝手な行動をしようとしやがるから置いてきた」
「そうか。ほら手を出せ」
マーギンがバネッサの手を取ると氷かと思うぐらい冷たい。
「凍傷になるぞ。ほら、この中に入れてやる」
バネッサの頭や身体に付いた雪を払ってやり、マチョウマントの中に入れた。
「暖けぇ」
「お前、氷みたいに冷たいぞ」
「しょうがねぇだろ。雪の中にいたんだからよ」
ここまで身体が冷たくなると動きが鈍る。ちゃんと見付けられて良かった。
バネッサをマチョウマントで包んだまま、魔法で温風を出す。
「へへへっ。寒くなくなってきたぜ」
「そうか。なら、俺に乗れ。このままホバー移動して、みんなのところに向かう」
「えーっ、このマントの外に出たら寒いだろうがよ」
一度暖かくなったら、もう外に出るのは嫌らしい。
「なら、このまま抱きついてろ」
マーギンは胸元にバネッサをしがみつかせて、ホバー移動をしたのだった。
「戻ったぞ」
「バネッサはどうした?」
街の入り口付近でオルターネン達と合流したマーギン。
「いるぞここに」
と、膨らんだマントを指さすと、バネッサが顔だけヒョイと出した。
「何をやってるんだお前は?」
「このマント、めちゃくちゃ暖けぇんだよ」
「もういいだろ? このまま街に入るから出ろ」
「えー、もう出たくねぇ」
と、バネッサはまたマントの中に潜り込んでしまった。
ギリっ。
その様子を見ていたカザフは下唇を噛んだのであった。




