温もり
「うわぁーっ、助けてくれ。うぐ……」
「毒を撒けっ! ありったけ撒け、撒けぇぇ」
ゴルドバーン城内に入り込んだ空飛ぶチューマンに毒を撒く衛兵達。兵士も参戦して戦っている。
「カチカチ、カチカチ」
衛兵や兵士が空飛ぶチューマンを刺激したことで、どんどんと仲間を呼び寄せてしまう。
ブシュッ、ブシュッ。
チューマン達はホバリングしながら、一斉に尻から毒を撒き散らす。その毒を掛けられた城内の人々は麻痺して動けなくなり、その毒の臭いがさらに仲間を引き寄せていった。
ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。
「ヒィィィ、来とる、化け物が来とるっ。なんとかせんかっ!」
城のいたる所に空飛ぶチューマンが入り込み、ついに王の私室の扉を噛り始めていた。
「陛下、隠し通路にお逃げください。ここで我々が阻止します」
「必ずなんとかせいっ!」
王は少数の護衛を連れ、隠し通路に逃げた。
隠し通路は王都の外にまで繋がっているため、外に出るにはかなりの距離を歩かねばならない。
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」
ゴルドバーン王は少し歩いては休み、少し歩いては休みを繰り返す。
「なぜワシがこんな目に合わねばならんのだ。元はと言えば、あの黒髪の男のせいじゃ。ここを抜けたら、必ずノウブシルクを滅ぼしてやる」
王が休む度に、護衛が通路の先を進んで安全を確保していた。
「グズめ、何をしておるのか」
先に進んだ騎士がいつまでたっても戻ってこない。
「見て参ります」
そして、次の護衛も戻ってこない。
「陛下、これより先に何かあるのかもしれません。戻られた方がよろしいのではないでしょうか」
「バカモンっ。城にはあの化け物がいるではないか。お前も見てこい」
ブシャっ。
薄暗い通路の先を確認しようと、護衛が進んですぐに崩れ落ちた。
「なっ、なんじゃ……?」
ギーギチギチ。
「たっ、助け……」
ズシャッ。
◆◆◆
「どうする? 城の中に入るか?」
大隊長がマーギンに相談する。
「いや、相当な数のチューマンが城の中に入っていってます。もう俺達が中に入ってもどうにもならないんじゃないですかね」
淡々と、答えるマーギン。
「見捨てるのか?」
「俺達が中に入っても殲滅は無理でしょ。俺達に敵わないと思えば、一斉に外に出てしまうと思いますよ。そうなると被害がもっと大きくなるんじゃないですかね」
「他に被害が広がるか……」
「はい。あのチューマン達は城を巣にするつもりなんじゃないですかね。ここは餌も豊富にあるし」
「お前、まさか……城ごと潰すつもりか?」
「他に手があります? ここで逃がしたら、大陸西側だけでなく、シュベタインにまで来ますよ」
空飛ぶチューマンはあの山の中で召喚されて近くに巣を作った。そして、魔物や動物を餌にして数を増やした。しかし、あの近辺に餌がなくなり、違う巣を作るために来たのではないかとマーギンは考えたのだ。
「マーギン、お前らしくないではないか。いつもなら、なんとか人々を助けようとしてきたのに」
オルターネンがマーギンらしくないではないかと言う。
「ちい兄様、自然発生した魔物ならともかく、ゴルドバーンは人類の脅威となるものを呼び出した。それはたまたまだったかもしれない。でも、それを利用するために南の先住民を餌にし、港街を見捨てた。俺は人のすることじゃないと思うけどね」
「それはそうかもしれんが……」
「ちい兄様がどうしても中の人を助けたいと言うなら、俺1人で行くよ」
「そんなことは言ってないだろっ。お前はなぜいつも1人で戦いに行こうとするのだっ。俺達は仲間じゃないのかっ!」
「仲間だからだよ。俺はこんな国のために誰も死んで欲しくない」
「お前……城ごと吹き飛ばしたら、魔法で人を殺すことになるんだぞ」
「そうすりゃ、ミスティが俺を殺しに出てくるかもね」
と、マーギンは光の消えた目でオルターネンに答えたのだった。
◆◆◆
「なぁ、みんなおらんから淋しいな」
「そうね。でもあなたは楽しそうじゃない」
「そんなことないで。なぁ、ホープ」
「あぁ、今のところ、魔物対応もなんとかなってるのが幸いだ」
「しかし、ハンナリー隊は強くなったよな」
「へへへ、そう?」
サリドンに褒められて嬉しそうなハンナリー。
「みんな頑張ってるさかいなぁ。誰も大きな怪我してへんし、ほんまに良かったわ」
カニドゥラックでシスコ達は海鮮を食べながら駄弁っていた。
「ホープ、肥料の売り先なんとかならない? どんどん溜まってきてるのよね。マーギンのやつ、絶対売れるって言ったくせに」
ハンナリー商会は孤児院で作った春雨と、ゴミからできた肥料をすべて買い取っていた。
「農家が買わないのか?」
「王都隣の村はライオネル産の魚粉肥料ってのを使ってるのよ。北の領地で使うにはどうしても値段がね」
まだ効果がよく分からない物を買う農家はいないうえ、酪農も盛んなので、土地が痩せているわけでもない。
「花とかにも効くのか?」
「多分としか言いようがないわ。試したことがないもの」
「庭園を持ってる貴族に試してもらえばいいじゃないか。大隊長の奥さんとか」
「えー、気を遣うわよ。奥様には給与も払ってない上に、化粧品も下着もバンバン売ってくれてるのよ」
「なら、あげればいいじゃないか。倉庫に置いとくよりいいだろ」
「花が枯れたらどうするのよ?」
「そこはまぁ……ごめんなさいで」
「もうっ。人ごとだと思って」
ホープはごめんとポリポリと頭を掻いた。そして、次の休みの日に、大隊長の奥さんに肥料を試して欲しいとお願いに行くのであった。
◆◆◆
ゴルドバーン城への突入は見送りになった。突入するなら、1人で行くと言ってマーギンが引かなかったからだ。
「なぁ、マーギン」
「なんだよバネッサ。ちょっとだけでも寝とけと言っただろ」
皆に仮眠を取ってもらっている中、バネッサが声を掛けてくる。
「うちのせいか?」
「何がだ?」
「うちが死にかけたから、城ごと吹き飛ばすことにしたのかって意味だよ」
「そうかもな」
「だったら、やめてくれよ。うちのせいでマーギンが師匠との約束を破ることねぇよ」
「いいんだよ。あいつらは人じゃない」
「だってよ……ゴルドバーンが何をやってたか、何も知らなかったやつもいるだろ? メイドとか、その……子供とかもよ……」
「そうかもな」
「それでもやるのかよ……? お前だってやりたくねぇんだろ。そんな顔しやがって」
マーギン目から光が消えたままだ。
「バネッサ、もう手遅れだ」
「そんなの分かんねぇだろうが」
「城から誰か出てきたか?」
「えっ?」
「敵が中に入ってきたら必ず逃げ出すやつがいる。しかし、誰も出てきてないだろ?」
バネッサはマーギンに言われて、確かに静か過ぎると気付いた。
「街中も誰1人として外に出てなかった。多分、事前に非常事態の場合は家の中に閉じ籠もれと言われてんだよ。それは城の人間も同じだろうな」
「でも敵が入ってきたら逃げるんじゃねーのか?」
「しかし、人は誰も出てきてない。だからもう手遅れなんだよ」
「どこかに隠れてたらどうすんだよ。お前が本気で魔法をぶっ放したら、そいつらも死んじまうじゃねーかよ。うちは……うちは……マーギンに罪のねぇ人まで殺して欲しくねぇ」
「ここでバラけさせたら、大陸中がヤバくなるんだぞ。それこそまったく関係のない人が死ぬことになる」
「だからよ、なんか方法ねぇのかよ。城ごと吹き飛ばさずに、チューマンだけやっつける方法がよ」
「おまえなぁ……そんな都合のいい魔法があるわけ……」
と、言いかけたら、バネッサがしがみついて、マーギンの顔を見上げる。
「考えてくれよ。お前ならなんとかできんだろうがよ……」
マーギンはバネッサの泣きそうな顔を見て目を瞑った。
(城の中に生き残ってるかもしれない人を殺さずに、空飛ぶチューマンだけを殺す方法か……)
「上手くいくかどうか分からんぞ」
「なんかいい方法があんのか?」
バネッサの顔がパッと明るくなる。
「やってみないと分からん。やるだけやってみるが、上手くいかなかったら、フェニックスで焼き尽くすからな」
「マーギンっ!」
バネッサはマーギンにぎゅっと抱きついた。
「ったく、お前は女の言うことはきくんだな」
と、オルターネンがマーギンの肩を掴んだ。
「えっ? 起きてたの?」
「こんなときに寝られるわけがないだろ。みんな聞いてたぞ」
「もうっ、マーギンはバネッサにだけ甘いんだから。ローズ、バネッサに対抗して抱きついてきて」
「姫様ご自身で……」
「私だと避けられるのっ。ローズなら避けないからやってみて」
「えっ、しかし……」
みんなが起きてたのを知って、マーギンとバネッサはすでに離れていた。
カタリーナに抱きつけと言われてローズはもじもじしている。マーギンもドギマギしている。
「では私が代わりに抱きつきましょう」
「あっ……」
ローズがもじもじしている間にアイリスが飛び付いた。
「こら、アイリス」
「いいじゃないですか。私もマーギンさんに無差別に人を殺してほしくありません。殺すなら敵だけにしてください」
ブレないアイリス。
「ということだ。作戦の練り直しだな。なんなら、俺も抱きついてやろうか?」
と、大隊長が手を広げる。
「いや、遠慮しておきます」
大隊長の抱擁を断ったあと、マーギンはこの魔法を使うから、みんなにはこうして欲しいと説明をするのであった。
「マーギン、お前らしくいてくれ」
作戦会議が終わったあと、ローズがキョロキョロと誰も見ていないのを見計らって、そっと背中に抱きついたことで、マーギンの目に光が戻ってきたのであった。




