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伝説に残らなかった大賢者【書籍2巻&コミックス1巻、11月末同時発売予定】  作者: しゅーまつ


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温もり

「うわぁーっ、助けてくれ。うぐ……」


「毒を撒けっ! ありったけ撒け、撒けぇぇ」


 ゴルドバーン城内に入り込んだ空飛ぶチューマンに毒を撒く衛兵達。兵士も参戦して戦っている。


「カチカチ、カチカチ」


 衛兵や兵士が空飛ぶチューマンを刺激したことで、どんどんと仲間を呼び寄せてしまう。


 ブシュッ、ブシュッ。


 チューマン達はホバリングしながら、一斉に尻から毒を撒き散らす。その毒を掛けられた城内の人々は麻痺して動けなくなり、その毒の臭いがさらに仲間を引き寄せていった。



 ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。


「ヒィィィ、来とる、化け物が来とるっ。なんとかせんかっ!」


 城のいたる所に空飛ぶチューマンが入り込み、ついに王の私室の扉を噛り始めていた。


「陛下、隠し通路にお逃げください。ここで我々が阻止します」


「必ずなんとかせいっ!」


 王は少数の護衛を連れ、隠し通路に逃げた。


 隠し通路は王都の外にまで繋がっているため、外に出るにはかなりの距離を歩かねばならない。


「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」


 ゴルドバーン王は少し歩いては休み、少し歩いては休みを繰り返す。


「なぜワシがこんな目に合わねばならんのだ。元はと言えば、あの黒髪の男のせいじゃ。ここを抜けたら、必ずノウブシルクを滅ぼしてやる」


 王が休む度に、護衛が通路の先を進んで安全を確保していた。


「グズめ、何をしておるのか」


 先に進んだ騎士がいつまでたっても戻ってこない。


「見て参ります」


 そして、次の護衛も戻ってこない。


「陛下、これより先に何かあるのかもしれません。戻られた方がよろしいのではないでしょうか」


「バカモンっ。城にはあの化け物がいるではないか。お前も見てこい」


 ブシャっ。


 薄暗い通路の先を確認しようと、護衛が進んですぐに崩れ落ちた。


「なっ、なんじゃ……?」


 ギーギチギチ。


「たっ、助け……」


 ズシャッ。


 ◆◆◆


「どうする? 城の中に入るか?」


 大隊長がマーギンに相談する。


「いや、相当な数のチューマンが城の中に入っていってます。もう俺達が中に入ってもどうにもならないんじゃないですかね」


 淡々と、答えるマーギン。


「見捨てるのか?」


「俺達が中に入っても殲滅は無理でしょ。俺達に敵わないと思えば、一斉に外に出てしまうと思いますよ。そうなると被害がもっと大きくなるんじゃないですかね」


「他に被害が広がるか……」


「はい。あのチューマン達は城を巣にするつもりなんじゃないですかね。ここは餌も豊富にあるし」


「お前、まさか……城ごと潰すつもりか?」


「他に手があります? ここで逃がしたら、大陸西側だけでなく、シュベタインにまで来ますよ」


 空飛ぶチューマンはあの山の中で召喚されて近くに巣を作った。そして、魔物や動物を餌にして数を増やした。しかし、あの近辺に餌がなくなり、違う巣を作るために来たのではないかとマーギンは考えたのだ。


「マーギン、お前らしくないではないか。いつもなら、なんとか人々を助けようとしてきたのに」


 オルターネンがマーギンらしくないではないかと言う。


「ちい兄様、自然発生した魔物ならともかく、ゴルドバーンは人類の脅威となるものを呼び出した。それはたまたまだったかもしれない。でも、それを利用するために南の先住民を餌にし、港街を見捨てた。俺は人のすることじゃないと思うけどね」


「それはそうかもしれんが……」


「ちい兄様がどうしても中の人を助けたいと言うなら、俺1人で行くよ」


「そんなことは言ってないだろっ。お前はなぜいつも1人で戦いに行こうとするのだっ。俺達は仲間じゃないのかっ!」


「仲間だからだよ。俺はこんな国のために誰も死んで欲しくない」


「お前……城ごと吹き飛ばしたら、魔法で人を殺すことになるんだぞ」


「そうすりゃ、ミスティが俺を殺しに出てくるかもね」


 と、マーギンは光の消えた目でオルターネンに答えたのだった。


 ◆◆◆


「なぁ、みんなおらんから淋しいな」


「そうね。でもあなたは楽しそうじゃない」


「そんなことないで。なぁ、ホープ」


「あぁ、今のところ、魔物対応もなんとかなってるのが幸いだ」


「しかし、ハンナリー隊は強くなったよな」 


「へへへ、そう?」


 サリドンに褒められて嬉しそうなハンナリー。


「みんな頑張ってるさかいなぁ。誰も大きな怪我してへんし、ほんまに良かったわ」


 カニドゥラックでシスコ達は海鮮を食べながら駄弁っていた。


「ホープ、肥料の売り先なんとかならない? どんどん溜まってきてるのよね。マーギンのやつ、絶対売れるって言ったくせに」


 ハンナリー商会は孤児院で作った春雨と、ゴミからできた肥料をすべて買い取っていた。


「農家が買わないのか?」


「王都隣の村はライオネル産の魚粉肥料ってのを使ってるのよ。北の領地で使うにはどうしても値段がね」


 まだ効果がよく分からない物を買う農家はいないうえ、酪農も盛んなので、土地が痩せているわけでもない。


「花とかにも効くのか?」


「多分としか言いようがないわ。試したことがないもの」


「庭園を持ってる貴族に試してもらえばいいじゃないか。大隊長の奥さんとか」


「えー、気を遣うわよ。奥様には給与も払ってない上に、化粧品も下着もバンバン売ってくれてるのよ」


「なら、あげればいいじゃないか。倉庫に置いとくよりいいだろ」


「花が枯れたらどうするのよ?」


「そこはまぁ……ごめんなさいで」


「もうっ。人ごとだと思って」


 ホープはごめんとポリポリと頭を掻いた。そして、次の休みの日に、大隊長の奥さんに肥料を試して欲しいとお願いに行くのであった。


 ◆◆◆


 ゴルドバーン城への突入は見送りになった。突入するなら、1人で行くと言ってマーギンが引かなかったからだ。


「なぁ、マーギン」


「なんだよバネッサ。ちょっとだけでも寝とけと言っただろ」


 皆に仮眠を取ってもらっている中、バネッサが声を掛けてくる。


「うちのせいか?」


「何がだ?」


「うちが死にかけたから、城ごと吹き飛ばすことにしたのかって意味だよ」


「そうかもな」


「だったら、やめてくれよ。うちのせいでマーギンが師匠との約束を破ることねぇよ」


「いいんだよ。あいつらは人じゃない」


「だってよ……ゴルドバーンが何をやってたか、何も知らなかったやつもいるだろ? メイドとか、その……子供とかもよ……」


「そうかもな」


「それでもやるのかよ……? お前だってやりたくねぇんだろ。そんな顔しやがって」


 マーギン目から光が消えたままだ。 


「バネッサ、もう手遅れだ」


「そんなの分かんねぇだろうが」


「城から誰か出てきたか?」


「えっ?」


「敵が中に入ってきたら必ず逃げ出すやつがいる。しかし、誰も出てきてないだろ?」


 バネッサはマーギンに言われて、確かに静か過ぎると気付いた。


「街中も誰1人として外に出てなかった。多分、事前に非常事態の場合は家の中に閉じ籠もれと言われてんだよ。それは城の人間も同じだろうな」


「でも敵が入ってきたら逃げるんじゃねーのか?」


「しかし、人は誰も出てきてない。だからもう手遅れなんだよ」


「どこかに隠れてたらどうすんだよ。お前が本気で魔法をぶっ放したら、そいつらも死んじまうじゃねーかよ。うちは……うちは……マーギンに罪のねぇ人まで殺して欲しくねぇ」


「ここでバラけさせたら、大陸中がヤバくなるんだぞ。それこそまったく関係のない人が死ぬことになる」


「だからよ、なんか方法ねぇのかよ。城ごと吹き飛ばさずに、チューマンだけやっつける方法がよ」


「おまえなぁ……そんな都合のいい魔法があるわけ……」


 と、言いかけたら、バネッサがしがみついて、マーギンの顔を見上げる。


「考えてくれよ。お前ならなんとかできんだろうがよ……」


 マーギンはバネッサの泣きそうな顔を見て目を瞑った。


(城の中に生き残ってるかもしれない人を殺さずに、空飛ぶチューマンだけを殺す方法か……)


「上手くいくかどうか分からんぞ」


「なんかいい方法があんのか?」


 バネッサの顔がパッと明るくなる。


「やってみないと分からん。やるだけやってみるが、上手くいかなかったら、フェニックスで焼き尽くすからな」


「マーギンっ!」


 バネッサはマーギンにぎゅっと抱きついた。


「ったく、お前は女の言うことはきくんだな」


 と、オルターネンがマーギンの肩を掴んだ。


「えっ? 起きてたの?」


「こんなときに寝られるわけがないだろ。みんな聞いてたぞ」


「もうっ、マーギンはバネッサにだけ甘いんだから。ローズ、バネッサに対抗して抱きついてきて」


「姫様ご自身で……」


「私だと避けられるのっ。ローズなら避けないからやってみて」


「えっ、しかし……」


 みんなが起きてたのを知って、マーギンとバネッサはすでに離れていた。


 カタリーナに抱きつけと言われてローズはもじもじしている。マーギンもドギマギしている。


「では私が代わりに抱きつきましょう」


「あっ……」


 ローズがもじもじしている間にアイリスが飛び付いた。


「こら、アイリス」


「いいじゃないですか。私もマーギンさんに無差別に人を殺してほしくありません。殺すなら敵だけにしてください」


 ブレないアイリス。


「ということだ。作戦の練り直しだな。なんなら、俺も抱きついてやろうか?」


 と、大隊長が手を広げる。


「いや、遠慮しておきます」


 大隊長の抱擁を断ったあと、マーギンはこの魔法を使うから、みんなにはこうして欲しいと説明をするのであった。



「マーギン、お前らしくいてくれ」


 作戦会議が終わったあと、ローズがキョロキョロと誰も見ていないのを見計らって、そっと背中に抱きついたことで、マーギンの目に光が戻ってきたのであった。



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― 新着の感想 ―
は?お前大隊長の抱擁を拒否しただと? わかってねーなーこういう時こそ大隊長ハグに勝るものはないだろ 圧倒的筋肉と巨体から生まれる安心感
「では私が代わりに抱きつきましょう」 ロッカがマーギンに抱きついた マーギンの肋骨はバキバキだ
黒髪…… 魔王…… 異世界と繋がる魔法陣…… 姿を現さないミスティ…… 肥料………… どうつながるんだろ?
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