残されたオスクリタ
〜お願い〜
物語も終盤になってきており、展開予報コメントは控えていただくようにお願いします。他の方が興ざめすると思いますので。
いただいたコメントはありがたいのですが、これより先の展開予想コメントは削除させて頂きます。
「皆様、お逃げください。チューマンがこちらにやってきます」
隠密執事がカタリーナ達の所にやってきてそう告げた。
「なにっ? 今どの辺にいるのだ」
警戒態勢を取るローズ。
「港街に隣接する山近くです。バネッサさんが足止めをしてくれています。すぐに退避をっ!」
「姫様、治癒は終わりです。すぐにこの場から離脱です。騎士団長は住民に避難を指示してください。姫様、行きますよっ!」
騎士団長はその場にいる住民達にすぐに避難するよう大声をあげる。
「速やかに丈夫な建物の中に逃げ込め。早くしろっ!」
何が起きているか分からないが、騎士団長の大声に蜘蛛の子を散らすように逃げていく住民達。
「姫様、早く」
「ダメよ……」
「何がダメなんですかっ!」
「怪我をしている人が残ってる」
「マーギンから言われたことを忘れたのですかっ。チューマンが出たら見捨てて逃げろと言われていたでしょうが」
「嫌よ……」
「姫様っ!」
ローズが大声を上げてカタリーナを連れて行こうと手を引っ張る。しかし、その手を振りほどいた。
「うるさいっ、もう私は嫌なのよっ!」
カタリーナがローズに怒鳴り返した。いつものわがままではない何かを感じる。
「姫様……」
カタリーナは自分をじっと見つめるローズに絞り出すような声でつぶやく。
「私はね、私は……何もできなかった……聖女と持て囃されても何もさせてもらえなかった。そして何もできなかった。あのときも……あのときも……あのときもーーっ!」
聖杖エクレールから過去の出来事がカタリーナに流れ込んでくる。助けを求めた庶民を治癒させてもらえなかったときのこと、魔王との決戦で何もできずにただ見ているだけしかできなかったこと、石化したマーギンを見捨てたこと、そして、最後は夫である勇者マーベリックが戦火に飲み込まれたときのこと……
「私は……私は……役に立ちたかったのよーーっ!」
《シャランランっ!》
カタリーナは怪我人を一気に治癒した。
「ごめんなさい。緊急事態だから、一気に治癒させてもらったわ。騎士団長、体力を一気に消耗して動けない人を避難させてちょうだい。私はバネッサを助けに行くわ」
カタリーナは怪我人達に振り返らず、隠密執事の方へ向いた。
「行きましょう」
アイリスもカタリーナと共にバネッサが戦っている場所に向かう決意をする。
「姫様、行ってはなりません……」
もう止められないと分かっているが、そう言わざるを得ないローズ。
「ローズ、ごめんね。これは私の望みであり、使命なの。私は聖女カタリーナ。人類を救うものなのよ。あなたは逃げて」
「姫様……」
『使命』この言葉はマーギンが何度も言っていた言葉。
「使命ですか……それでは仕方がありませんね。私もお供します。これは私の使命ですから」
そうローズが答えると、カタリーナは微笑んだ。
「バネッサの危機なら助けに行くのが道理。私の仲間だからな」
ロッカは棍棒をグルンと回して肩に担ぐ。
「僕は姫様を守るとマーギンと約束したからねー」
「俺もだ」
住民達の避難を騎士団長に任せて、隠密執事に案内させ、バネッサが戦っている所に向かった。
「ちっ、数が多すぎんだよっ!」
1人でチューマンの群れと戦っているバネッサ。この場から離脱するのは可能だが、少しでも時間を稼ぐため、チューマンを引きつけるのに接近戦をせざるを得なくなっていた。
チューマンの攻撃を皮一枚で掻い潜り、短剣で関節を狙いつつ、次にくるチューマンにオスクリタを投げて戦っている。
キツい。
一撃で殺られる緊張感で削られる体力、短剣での攻撃とオスクリタを操る精神力の消耗。そしていつの間にかチューマンの群れは輪になり、バネッサを取り囲んでいた。
「マーギン……」
限界に来ていたバネッサはマーギンの名前を口にした。
ガッ。
「ギーーギチギチギチギチ」
「こちらです」
カタリーナ達がチューマンの群れがいる所に到着すると、チューマンが団子になるかのように何かに群がっていた。
「バネッサーーーっ!」
ロッカが大声でバネッサを呼ぶが反応がない。
そしてこちらに振り向うともしないチューマンの群れ。それを見たカタリーナとアイリスの髪の毛が逆立つ。
「許さない」
「トルク、頼む。ありったけのを掛けっぱなしでいい」
ロッカもあの群がりの中心にバネッサがいると確信して、トルクに身体強化魔法を掛けさせた。
「うぉぉぉぉっ!」
チューマンの群れに突っ込んで、ロッカが棍棒を振り回して、ドカッ、ドカッ、ドカッ、とチューマンを吹き飛ばし、吹き飛んだチューマンの口の中にアイリスが超高温のファイアスライムを入れていく。
グシャっ、グシャっ、グシャっ。
そしてカタリーナは右手を前に出し、見えない手でチューマンの頭を握りつぶしていった。
◆◆◆
ときは少し遡り、カタリーナ達がノウブシルクに到着した少しあと、シュベタイン北西領の兵士達がノウブシルクへの侵攻を開始していた。
「作戦停止だと? 何を今さら」
王からの手紙に、ノウブシルクへの軍事侵攻は中止。シュベタインに攻め込んだことの謝罪と賠償を受け入れ、和平条約を結ぶと書かれてあった。
「陛下も腑抜けたものだ。タイベごときの戦力で蹴散らせたノウブシルクを叩く絶好のチャンスではないか」
「しかし、王命ですぞ」
「届いてはおらぬ」
「は? まさか……命令を無視されるおつもりですか……」
「誰が王命を無視すると言った。そのような手紙は届いておらんと言ったのだ。王都から我が領までの道のりは魔物も増えて物騒になったからな」
そう呟いた北西領の領主、ヨーゼフ・ゲオルクは手紙を持って来たものを始末せよと隠密に命令したのであった。
「なんだ……? あれは軍勢……だと」
ノウブシルクから独立した街の見張りが見付けたのはシュベタインの軍勢。
「兵をっ、兵を集めろ」
と、貴族が命令を出しても、残っているのは衛兵ぐらい。
「門をっ、門を閉じろ。魔導銃で迎え撃つのだ!」
貴族達はここで誤った判断をする。無抵抗であれば攻撃されることはなかっただろう。しかし、なけなしの魔導銃でシュベタインの軍に攻撃をしたのだ。
「盾隊、前へ!」
魔導銃対策として、分厚い盾を持った部隊が前に出る。
カンっ、カンっ、カンっ。
その盾を貫けない魔導銃。そして、すぐに弾切れになった。
「門を壊せーーっ!」
こうして、独立した街はあっさりと陥落したのであった。
◆◆◆
「バネッサっ、バネッサはどこだっ」
チューマンの群れを殲滅したあと、ロッカが死体をかき分けてバネッサを探す。
「う……嘘だろ……バネッサーーーっ!」
ロッカが見付けたものは、切り刻まれたバネッサの服とオスクリタだけだったのである。




