想定していなかった話
ゴルドバーン王城に入る前の門で待たされているマーギン達の馬車。その周りにはズラッと騎士が取り囲んでいた。
「隊長、何処に行くつもりだよ? 王都からあんまり離れたら、なんかあったときにやべぇだろ」
ゴルドバーン王城に向かったのは、マーギン、大隊長、騎士団長のみ。他は王都にすら入らず、別行動を取っていた。
「バネッサ、マーギンと大隊長が揃っていて、何かあると思うか?」
「そりゃそうだけどよ……」
バネッサは王城に潜入するつもりだったが、マーギンから断られた。それよりも、皆で近隣の街の様子を探ってくれと言われていたのだ。
それでもマーギンのことが気になるバネッサ。
「なんか嫌な予感がするんだよ。うちはここに残ってていいか?」
「ダメだ。近くの街まで様子を伺いに行ってからすぐに戻る」
そうオルターネンに言われたバネッサは、何度も王都の方を振り返りつつ、オルターネンのあとに付いて行くのであった。
「ノウブシルク王、お待たせ致しました。ご案内致します」
隠密の執事が約束通り、ゴルドバーン王と取り次いでくれた。
ゴルドバーンの王城に入ると金ピカだった。国内のどこかに大きな金鉱を持っているのかもしれない。そして、謁見の間は金ピカに加えて赤、黄、緑のカラフルさもある。目がチカチカするなこれ。
「これはこれは、ようこそおいでくださった」
高い位置から座ったままマーギン達を見下ろすゴルドバーン王。でっぷりと太ったやつだ。
「いきなり来たのは失礼だったとは思うが、他国の王を見下ろしたままというのは何か意味があるのか?」
「これは失敬。そなたがとても王には見えなかったものでな。で、何用か?」
まるで配下に対するような態度のゴルドバーン王。
これは話にならんと、ブワッと感情が膨れかけたマーギンの背中をトンと叩いた大隊長。
「陛下、ゴルドバーン王もお忙しいでしょうから、用件をお伝えになられた方がよろしいでしょう」
「そ、そうね……」
ひっひっふーと深呼吸し、感情を整える。
「ノウブシルクがゴルドバーンの港街を攻撃したことを詫びると共に、賠償金を払いたいと思う。それで終戦とし、不可侵条約を結びたい」
「なるほど、それは殊勝な心構えである。賠償金は受け取ろう。しかし、不可侵条約は結ばん」
「なんだと?」
「そもそも、ゴルドバーン、ウエサンプトン、ノウブシルク。隣接するこの3カ国は条約こそなかったものの、不可侵であることで長年平和が保たれて来たのだ。それを無視して攻め込んできたのはノウブシルク。今さら条約を結べと言われても、信用できるわけがなかろう」
「団長、そうなのか?」
「はい、ゴルドバーン王の言う通りです」
なるほど、この尊大な態度は、そういう背景もあるのか。
「ゴルドバーン王よ、私はシュベタイン王国国王代理、伯爵家当主スターム・ケルニーと申します」
「シュベタイン王の代理だと?」
大隊長は話がまとまらないと思い、マーギンの代わりに話を進める。
「はい。この度、ノウブシルクの王が変わり、ウエサンプトンと不可侵条約と友好国条約を交わしました。シュベタイン王国も同じく不可侵条約と友好国条約を交わす予定にしております。ここにおられる新しき王は戦争を誘導した貴族達も追放し、新生ノウブシルクとして生まれ変わったのです」
「ずいぶんと、新しい王と親しいように見えるが、旧知の仲であるのか?」
「知らぬ仲ではありませんとだけ申し上げます」
「そうか。ゴルドバーンとシュベタインは離れてはおるが、貿易でつながり、友好国のような国である。その王の代理がそこまで言うのなら、賠償金の受け取り以外に終戦の申し出も受けよう。しかし、不可侵条約は結ばん」
マーギンはそれでもいいかと納得した。
「それは仕方がないですね。これから時間を掛けて、信用できる国になったと思っていただけたら、そのときにまた話し合いをしましょう」
その後、賠償金の金額を提示し、100億Gを支払った。
「マーギン、お前は短気が過ぎるぞ」
「すいません。なんか、ガマガエルが偉そうにしているように見えてしまいましてね……」
「ったく。騎士団長も少しは王をいさめんか」
「申し訳ございません」
ゴルドバーン王城をあとにしたマーギン達は馬車に乗った。
「お送りいたします」
と、隠密執事も馬車に乗り込んできた。送るのになぜ乗るのか?
「なんか話があるのか?」
「それは王都を出てからにいたしましょう」
馬車は王都を出てウエサンプトン方面に向かう。そして、途中で日が暮れてしまった。
「御者を代わらせていただきます」
隠密執事は自ら御者をし、暗闇の中を進んで行くのであった。
◆◆◆
オルターネン達は王都から南に下っていた。ウエサンプトンとは逆方面だ。
「バネッサ、どこに向かってる? 王都方面に戻らんと、マーギンとはぐれるぞ」
「隊長、このまま南に下ってから西に行くと港街に着く。その前に領都があるはずだ」
「領都に行くつもりか?」
「多分、マーギンもそこに来るような気がする」
「何かあるのか?」
「そこの領主はチューマンのことを知ってやがったらしい」
「チューマンを切り札と言った領主か?」
「そうだ。多分、やめさせに来るんじゃないかと思う」
「了解だ。予定変更して領都に向かう」
暗闇を走っていたマーギン達の馬車が森の中で停まった。
「陛下、お話がございます」
「なんだ?」
「陛下は虫型の魔物はご存じですか?」
隠密執事の話はチューマンのことだった。
「知ってる。ゴルドバーンの南側、先住民達が住んでいた地域は壊滅してるだろ」
「はい。ゴルドバーン王はあの化け物を兵器として使うつもりなのです」
「俺がノウブシルクを乗っ取ったのはそのことも関係している。あれは魔物よりまずいからな」
「やはりご存じでしたか」
「どうやって兵器として使うつもりか知ってるか?」
「餌で誘導するのです。誘導にはバレットフラワーの蜜を使います」
「そんなもんで上手くいくと思ってるのか? 石壁のない町や村が襲われるぞ。倒す術があるってのか?」
「毒です」
「毒?」
「あの魔物は毒で死にます。町にはその毒を散布するための道具が用意されておりますので」
「人には害はないのか?」
「はい。実験済みです」
毒というより、農薬の類いか。なるほど。
「で、俺にどうしろと?」
「私はこの計画が失敗するとみています。王には進言したのですが聞き入れてもらえませんでした」
「お前は王家の隠密か?」
「はい。ノウブシルクがウエサンプトンと和解し、友好条約を結んだことは調べておりました。ゴルドバーンにも同じ提案をされるのであれば、まずはあの領都に来られるであろうとお待ちしていたのです」
「で、殺せそうなら、殺せと命を受けていたのか」
「お会いした瞬間に暗殺は無理だと悟り、王にもそのように進言致しました」
「お前、優秀だな」
「一目で見抜かれるとは思っておりませんでした。陛下はなぜ私が影だとお分かりに?」
「隠密は独特の癖があるからな。優秀であればあるほど分かりやすい」
「癖ですか……」
「そう。ま、それより。虫の魔物。俺たちはチューマンと呼んでるんだが、それをどうして欲しいんだ?」
「殲滅は可能でしょうか」
「俺もそのつもりだったんだけどな。すでに巣がいくつもできてるはずだ。探し回ったけど、なかなか巣を見つけられない。だから殲滅は無理だと思うぞ」
「チューマン……と呼べばよろしいでしょうか。その巣の元を破壊しても無駄ですか?」
「巣の元……?」
「はい。チューマンはゴルドバーンの研究室で生まれたものなのです」
「なん……だと?」
マーギンは想定していなかった話を聞いて、顔を顰めたのであった。




