絶対に行く
「ほら、急げ急げ!」
職人達の工房に来て、急かすマーギン。この国の開拓は急務なのだ。
「分かっとるわいっ!」
王に対して怒鳴り返す職人。
「あっ、す、すまん……すいません」
「そんなことはどうでもいい。口より手を動かせ」
職人達は王らしからぬマーギンを好ましく思っていた。人に言うだけでなく、自分もなんやかんやと作っているのだ。
「旦那、こいつでどうだ?」
大きな丸ノコの刃を見せられるマーギン。
「研ぎが甘いな」
「こんなもん研ぐ道具がねぇだろうが」
「これは俺が研ぐから、専用の道具を作っておいてくれ。これから必要になる」
「どうやって研ぐんだ?」
「俺は魔法使いだからな。こうやってと」
刃の部分をスーッと撫でていくと、鋭さを増す丸ノコの刃。
「ほい完了」
「な、な、なんだこれは?」
「魔法だ、魔法」
見たことのない魔法を使うマーギンに驚くよりも、仕上がった刃の鋭さに驚く。
「おめぇ、やるじゃねーかよ……さすがでございますね」
「職人が言葉遣いとか気にすんな。ほれ、次々に作れ」
と、遅くまで作業をしたあとは宴会に。
「ガーハッハッハ。王なんかやめて、職人をやりゃあいいじゃねーか」
マーギンが出した旨い酒でご機嫌の職人達。
「そうだな。俺もなんか作ったりしてる方が好きだぞ」
「なら、とっとと頭でっかちのやつに引き継いじまえ」
「お前やれよ」
「ばっか言え。俺らは身体を動かしてなんぼよ。ガーハッハッハ」
職人はどこに行っても変わらんな。
こんな日々を数日過ごし、だんだんとマーギンが描いた設計図の道具を作り慣れていった職人達にあとは任せた。
「作業の進み具合はいかがですか?」
城に戻るとキツネ目が様子を聞いてきた。
「数を揃えるにはまだ時間が掛かるけど、作り慣れてきたから大丈夫だろ。それより、水路をどうするかだな」
ウエサンプトンとの緩衝地帯。平地ではあるが、作物を植えるには水路が必要になってくる。川から水路を引いてくるのはかなりの時間を要する。
「作業員を募集いたしましょうか」
「そうだな。基礎は俺がやるから、水路に詳しいやつと、土木工事ができるやつを集めてくれ」
「陛下が基礎を?」
「掘るだけな。そこが一番時間が掛かるだろ」
前代未聞の魔法工事だ。魔力値がエラーになるほどの魔力があって初めて成せることだ。
こうして森の開拓と平地の開拓を平行して行う予定を組んでいくのであった。
◆◆◆
「絶対に行くのっ!」
一晩中、王妃にノウブシルクへ行くと言ってきかないカタリーナ。しかし、好きにしなさいと言わなかった王妃。
「もう知らないっ。勝手に行くからっ!」
カタリーナは涙目になりながら、王妃の部屋を出た。
「姫様……」
宿舎に戻らず、扉の前でカタリーナを待っていたローズ。
「ノウブシルクに行くわよ」
「なりません」
「どうして? マーギンがノウブシルクにいるのよ。会いに行きたいと思わないのっ!」
「マーギンが王になったということは確定したわけではありません。確定するまでは敵国なのですよ? そんなところに姫様を向かわせるわけにはまいりません。王妃様も許可されなかったでしょ」
「なによっ。ローズまでそんなことを言うのっ?」
「当たり前です」
「お母様もローズも大っきらい」
ローズにもびしゃっと言われたカタリーナはそう言い残して、泣きながら自分の部屋に閉じこもってしまった。
「護衛を代わります」
と、護衛騎士がローズに護衛を代わると言ってくれる。
「いや、私はこのまま護衛を……」
「昨夜、寝ておられないでしょう? そんな状態で護衛が可能ですか? 姫様が部屋におられる間にお休みなさいませ」
護衛騎士達も昨日からのカタリーナ騒動を知っていた。外出するようであれば起こしに行くと言われて、騎士達が仮眠する部屋で休むことにした。
そして、カタリーナも泣き寝入りしたようで、夕方まで部屋から出てこなかったのだ。
「ローズは?」
「呼んで参ります」
部屋から出たカタリーナはローズに大嫌いと言ったことが心に引っ掛かっていた。
「姫様!」
「訓練所に行く」
でも素直に謝れないカタリーナ。
「はい」
訓練所に行くと大隊長達がいない。
「大隊長は?」
と、オルターネンに聞く。
「遠征に出られました」
「どこに?」
「……北の街です」
「あの使者は?」
「か、帰りました」
「もう一度聞くけど、大隊長はどこに行ったの? カザフ達もアイリスもバネッサもっ!」
カタリーナは馬鹿ではない。オルターネンの様子にピンと来たのだ。
「そ、それは……」
「行ったのね? ねぇ、ノウブシルクに行ったのねっ?」
カタリーナに詰め寄られて目を逸らすオルターネン。
「ローズ、私達も行くよっ!」
「なりません」
「じゃあ一人で行くからいいっ!」
と、ダッシュしたカタリーナ。
「姫様っ!」
それを追いかけるローズ。
《プロテクション!》
ゴンッ。ガッガッ。
「ブッ。姫様っ、姫様ぁぁぁっ!」
追いかけようとしたローズをプロテクションで阻み、走り去る。
ガッ。
「お待ちください」
スッと追いついたオルターネンがカタリーナの手を掴んだ。
「離してっ、離してよっ。離しなさいっ!」
「私が王妃様に話をします」
「え?」
「陛下だとまず許可を出されません。許可を出される可能性があるのは王妃様です。ですから、もう一度私から話をします。それでダメなら諦めてください」
いつもはカタリーナに気を遣っているオルターネン。王妃のこともどちらかと言えば苦手だ。それなのに王妃に掛け合ってくれるという。
「どうして?」
「無理矢理行かれるよりマシなだけです」
と、淡々と答えてから王妃の元に向かった。
「オルターネン、あなたまでなんですか? カタリーナがノウブシルクに行く必要はないでしょ」
「はい。ございません。マーギンが本当にノウブシルクの王になったのかどうかは大隊長達が確認しに行ってくださっていますので」
「ならどうして、許可を願いに来たのかしら?」
オルターネンにツンで対応する王妃。
「姫様がノウブシルクに行く意味はございませんが、マーギンに会いに行くのは意味がございます」
「マーギンさんに会いに行く意味?」
「はい。姫様はマーギンがシュベタインに戻って来ないのではないかと懸念されているのです。本当に王になったのであれば、なおさらです。王がおいそれと自国から出られないのはお分かりですよね」
「そうですわね……」
「姫様はマーギンが戻ってくるか来ないのか、ご自身で確かめられたいのです。姫様、そうですよね?」
「う、うん……」
「で、確かめて、戻ってこないとなればどうするつもりなの?」
「私もノウブシルクに残る」
と、カタリーナは言い切った。
「そういうつもりなのね……」
「うん」
「分かったわ。いってらっしゃい」
「いいの?」
「もうあなたは姫ではなく聖女。好きになさい」
「ありがとうっ! お母様」
「オルターネン、あなたも護衛に付いてください。それが条件です」
「かしこまりました。私とローズだけでは護衛も足りませんので、ロッカも連れていきます」
「スターム達もノウブシルクに向かってるのよね? 特務隊は大丈夫かしら」
「ホープ、サリドン、ノイエクスを中心に、ハンナリー隊もおりますので」
「そう。ではカタリーナお願いします」
「はっ」
◆◆◆
ノウブシルクの開拓に奔走するマーギン。
《ディグ!》
ぐももも、ぐももも。
ここをこう掘って欲しいと言われた通りに水路を掘る。掘られた水路に石材を組み合わせて整えていく土木作業員達。
「このようなスピードで水路ができていくのは圧巻ですね」
水路の設計をした者は驚くを通り越して感動していた。
「あー疲れた」
今日の作業が終わり、城に戻ってきた。
「お疲れ様でした。お食事はいかがなさいますか?」
キツネ目は秘書のようなこともしてくれている。
「今日は食ってきてないから……俺が作るわ。お前も食うか?」
「陛下がお作りになられるのですか?」
「あぁ。ここのコックじゃ作れないものだな。久々に俺も食いたいし」
「恐れ多いですが、ぜひご相伴に預かりたく存じます」
「そんな畏まる飯じゃないぞ」
と、マーギンは材料と調理道具を出して、ちゃっちゃっと作っていく。
「鮮やかなお手並みでございますね」
「毎日のように作ってたからな。で、こいつをタレに絡めてと」
パシッ。
「誰だっ!」
マーギンが飛んできた武器を掴んだ。キツネ目の男はまったく気配に気付いておらず、反撃体制を取った。
「お前なぁ、こんなとこまで何しにきたんだよ」
しかし、マーギンはそう声を掛ける。
「気付いてたのかよ」
「当たり前だろ。ほら、できたぞ食え」
マーギンが作っていたのは唐揚げの甘辛だった。
「へ、陛下……こちらは?」
「俺の仲間だ。この料理はこいつの好物なんだよ」
バネッサは無言で座って唐揚げの甘辛を食べ始めた。
ポロッ。
「何泣いてんだよ? しばらく甘辛食えてなかったから感動してんのか?」
「バカ……」
「は?」
「てめぇっ、こんなとこで何やってんだよっ」
「シュベタイン王に書いた手紙を見たからここに来たんだろ?」
「うちのせいか?」
「何がだ?」
「うちがなんとかできねぇのかって言ったから、ここで王様なんかやってんのかよ……」
そんなことを気にしてここまで来たのか。
「違う。あのままにしてたら、シュベタインとも戦争になるだろうが。やむを得ずだ、やむを得ず。落ち着いたら誰かに王様を引き継ぐ予定だ」
と、マーギンは呆れたように言った。しかしバネッサはボロボロと泣く。
「うっ、うっ……お前までうちを捨てて行ったのかと……」
そうか、バネッサは父親に捨てられたと思ってたんだっけな。それが違うと分かってもまだトラウマになってんのか。
「泣くなよ」
バネッサはマーギンの胸元を握り締め、顔を埋めて大声で泣いた。
「悪かったよ。詳しく言わずにいなくなって」
「もう勝手にいなくなるな。どこかに行くならうちも連れていけ」
「お前なぁ……」
グスグスと子供のように泣くバネッサに何かを言いかけてやめたマーギンは、背中をポンポンと叩いたあと、唐揚げの甘辛を口に突っ込んでやるのであった。




