特務隊の実力
「陛下、マーギンがノウブシルクの王になったのであれば、早急に進軍中止命令を出さねばなりませんぞ」
大隊長が王に進言する。
「そ、そうじゃな」
王は北西の領主に進軍の中止命令書を書き、使いの者を急がせた。
「使者殿、此度はご苦労であった。滞在許可証を渡しておくゆえ、しばらく滞在して疲れを癒やしていかれるがよい」
「お気遣いありがとうございます」
隠密の頭は大隊長とオルターネンと共に退席した。
「お取次ぎありがとうございました。これで無事に任務が果たせました」
「いや、手紙の日付からすると、かなり無理をしてここへ来たのだろう。あいつが何をしているか分かって良かった」
大隊長が隠密の頭に礼を言う。
「陛下はシュベタインではどのような地位におられた方なのですか? 王もよくご存知のようでしたが」
「あいつは異国人でな、シュベタインの地位どころか、市民権すら持っていない」
「は?」
「まぁ、色々あってシュベタインでの重要人物ではある。特務隊を鍛えたのもあいつだ」
「なんですかそれは?」
「たまたまこの国に来て、たまたまオルターネンの妹と繋がりができて、たまたま重要人物になっただけの話だ」
まったく意味が分からない頭は、これは何か秘匿されている事項なのだと理解した。
「私を捕らえたバネッサ嬢は特務隊の斥候だと伺いましたが、どのような訓練を?」
「あいつは元ハンターでな。マーギンに鍛えられ、特務隊に入ってから自己鍛錬であそこまでになった。王家の隠密と間違われるのも無理はない」
「元ハンター? 特務隊はどのような訓練を?」
「興味があるなら見学していくか?」
「よろしいのですか?」
「かまわんよな、オルターネン?」
「かまいませんよ。こちらとしてはカザフとラリーと対峙してもらえると助かりますね」
ということで訓練所に移動した。
「カザフ、ラリー。こっちに来い」
「あ、隊長。マーギンがノウブシルクにいるって本当か?」
走ってきたカザフが真っ先にマーギンのことを聞いてきた。
「本当らしい。それより、この人に胸を貸してもらえ」
「この人誰?」
「マーギンの使者だ」
まだ年端もいかぬ少年と少年。この2人と対峙するのか? と思った頭。
「へぇ、マーギンの……なら3人で生き残りバトルしようぜ」
マーギンの使者と聞いてニヤッと笑ったカザフ。腕試しにはもってこいの相手だ。
ラリーもいいところを見せないとダメなのでやる気満々だ。
ルールは参ったした者負けだ。頭は2人が同時に自分にかかってくると想定した。
「では、よろしくお願いします」
と、あいさつが終わった瞬間に目の前から消える2人。
「速い」
自分が鍛えてきた隠密見習いより数段上の速さ。これは指導だと思ってはダメだと理解した頭はラリーを追った。
キンキンっ。キンキンっ。
素早く横移動をしながら、時折ナイフが交差する。
「なかなかやるな」
「おっさんこそ速いじゃねーかよ」
と、会話を交わしたあと、ラリーは緩急を付けた移動で分身したかのように見せる。
「この技……」
頭は暗器を足元にピッピッと投げて、動きを制限する。
「隙ありっ!」
勝機と見たラリーは横移動からいきなり頭に向けて突進。
「甘いっ!」
と、頭が薙ぎ払おうとしたところ、ラリーは飛び上がって避け……
ガツッ。
「痛ってぇっ! カザフてめぇっ。ゴフッ」
ラリーが飛び上がったところをカザフが石を投げて仕留めようとしたが、当たりが浅かった。しかし、その隙を見逃さなかった頭は掌底で鳩尾を打った。ラリー脱落。
「なぜ仲間を狙った?」
次はカザフと頭がズザザッと移動しながら話し掛ける。
「これは三つ巴戦だから仲間じゃねぇ。隙がある方を狙っただけだ」
「なるほど。やはり子供だと侮ってはいかんな」
そう呟いた頭の姿がブレて見える。
「その技は知ってんぜっ!」
ラリーが見せる分身の動きと思ったカザフは足払いをして、動きを止めようとした。
ガシッ。
カザフがしゃがんで足払いを仕掛けた瞬間、後ろから頭を蹴り飛ばされ、気絶したのであった。
「お見事」
と、オルターネンが声を掛けた。
「いや、末恐ろしい子供達ですな。まさか、陽炎を出すハメになるとは思いませんでした」
「カザフには正面にいるように見えたのか?」
「そういう技です。オルターネン様は見えてらっしゃいましたか?」
「視覚だけに頼ると見誤るからな。気配を読みながらってやつだ。間近でやられたら分からんかもしれんがな」
と、笑って答えたオルターネン。頭はこの男には陽炎も通じないのだろうと冷や汗をかく。特務隊は化け物の集まりなのかと。
「隊長っ! マーギンさんがノウブシルクにいるって本当ですかー?」
話を聞きつけたアイリスが走ってくる。頭はこんな少女まで戦いの場に出ているのかと驚く。隠密見習いならまだしも、魔物討伐の最前線に出ているとは信じられない。
「サボるな。自分の訓練に戻れ」
「訓練相手いないんです。隊長が相手してくれます?」
「ったく。お前とはやらん」
アイリスは益々手に負えなくなって来ている。化け物から進化して、炎の狂乱と呼ばれるぐらいだ。
「この人はどちら様ですか?」
「マーギンの使者だ」
「マーギンさんの? 初めまして。マーギンさんの妻のアイリスです」
「つ、妻?」
「マーギンにしばかれるぞ。使者殿、こいつはマーギンの一番弟子だ。こう見えても相当な戦力だぞ」
「この少女がですか?」
「なんなら相手してみるか?」
マーギンの一番弟子というのに興味が出た頭は対峙することにした。
「では、よろしくお願いします」
「始めっ!」
オルターネンの合図で試合開始。
何をしてくるか分からないため、バックステップで距離を取ろうとした瞬間。
《スリップ!》
ドスン。
その場でひっくり返る頭。
「なっ……」
そして、すでに頭の上に火の玉が浮かべられていた。
「それまで」
「な、なんですか今のは?」
「こいつは魔法使いだ。初見だとまず勝てん。さすがはマーギンの一番弟子といったところだな」
こうして隠密の頭は特務隊の強さを嫌というほど見せられたのであった。
夜はカニドゥラックの個室で食事をする。
「なんやおっちゃん、カニ食べんの初めてかいな。これはこうやって食べんねんで」
と、ハンナリーも参加しての食事。
「王都に行けばもっと珍しいものがあると言ってたのはこれか。なるほど旨い」
「他にもあるで。刺し身も食べてみる? 魚の卵とかもあんねん」
と、刺盛りを追加で頼んで頭の前に置いた。
「生で食べるのですか?」
「そやで。醤油付けて食べてみ。あかんかったら、ここで焼いたらええねん」
恐る恐る食べてみる頭。
「うん? 悪くない」
「そやろ。ハンナリー商会自慢の海の幸やで」
「ハンナリー商会とはもしや……」
「そう。うちが会頭のハンナリーや。っていうても今は名前だけやけどな。実際はシスコが全部やってくれてんねん」
と、話を振られたシスコはペコリと頭を下げる。
「その若さで、これだけの流通と店を任されているとは素晴らしいですね」
「マーギンに押し付けられただけよ」
「陛下に?」
「陛下って、違和感あるわね。マーギンがあちこち手を広げては丸投げしてくるのよ。あなたも同じ目に合うわよ」
と、ツンで答えたのだった。
「ところでバネッサはどうしたの?」
と、ロッカに聞くシスコ。
「そういや、姿を見てないな」
「あ、なんか手紙渡されたの忘れてた。隊長、これバネッサから」
と、カザフがポケットからクシャクシャの紙をオルターネンに渡した。
「ちっ、あいつは……」
「なんて書いてあるんだ?」
「しばらく休むだとよ」
◆◆◆
「ねー、いいでしょ?」
「あなたが行って何をするのかしら?」
「本当にマーギンが王様になってるか確かめたいのっ!」
「確かめてどうするのかを聞いてるのよ」
「確かめたいのっ!」
堂々巡りの会話が王妃とカタリーナで繰り返されていた。
◆◆◆
ノウブシルクの城に戻ったマーギンは鍛冶師や機械を作る技術者を集めていた。
「この設計図のものは作れるか?」
「これは何をするものですか?」
「木を切る道具だ。こっちは製材のための機械。どちらも刃の部分が重要でな。ナマクラだと使い物にならん」
「回転する刃ですか。製材用のは可能ですが、木を切るのは難しいですね」
「これは色々なものに応用が効く。手分けして作ってみてくれ。魔導回路は俺が組むから機械の部分だけを作ってくれればいい。それとこっちは農機具だ。これは難しくないだろ?」
と、大型の馬に曳かせる農機具を作らせていくのであった。




