完敗
「いや、感服いたしました。ぜひウエサンプトンは新生ノウブシルクと不可侵条約だけでなく、友好条約を結ばさせていただきたい」
「そうか。なら、もう一歩進んだ関係性にしようか」
と、ノウブシルクとウエサンプトンは協力関係を結ぶことになった。
「これは忠告だけどな」
「ご忠告ですか?」
「あぁ。ノウブシルクは北側の地を放棄というか諦めた」
「追い出された旧王家派の貴族達の勢力が大きいのですか?」
「いや、人なんざどうとでもなる。脅威は魔物だ。ノウブシルクが他国に攻め入った要因の一つに、魔物の脅威が増したというのがあるが、すでにステージが変わっている」
「と、申されますと?」
「今のノウブシルクの力では対応ができないということだ。魔導兵器を使ってもな」
ウエサンプトンは見たこともない驚異的な兵器を見て白旗を上げた。しかし、それでも対抗できない魔物の脅威と聞かされても信じられない。
「それは本当ですか?」
「あぁ。そのうち北の地は魔物に飲まれる。これからのノウブシルクは北側に砦を築き、魔物防衛に予算が割かれるようになるだろう。今回、ウエサンプトンに賠償金を払い、土地の譲渡を申し出たのはそういった理由がある」
ウエサンプトン王はこれはチャンスなのでは? といった考えが頭の中を過ぎる。友好条約まで結ぶと言ったのは早まった判断かと思われた。
「いいか、ノウブシルク全体が飲み込まれたら次はウエサンプトンだ」
「えっ?」
「当然だろ? ノウブシルクは北側から襲ってくる魔物の防波堤になるんだ。その防波堤が崩れたら、次は魔物が津波のようにウエサンプトンに襲い掛かる。これは他人事の話ではないんだぞ」
ウエサンプトン王はマーギンに心の中を見透かされたことを悟る。
「こっちは北側だが、ウエサンプトンは大陸中央からの魔物に備えるのと……」
と、話してからマーギンは少し間を置く。
「ゴルドバーンから見たことがない人型の黒い魔物がやってきたら、戦わずに塀のある街に全員を避難させろ」
「人型の魔物ですと?」
「正確には魔物ではない。虫から進化した人だと思ってくれ。ゴルドバーンの南側はそれにやられてすでに壊滅している。見つけたやつは殲滅したが、また増えていくだろう。それが出たら戦わずに防衛して、こっちに助けを求めろ」
「そ、そんな化け物がいるのですか?」
「これは推測だが、ゴルドバーンはその化け物を戦力として使おうとしている節がある。どうやるつもりなのかは分からんがな」
ゴクリ。
静まり返った部屋にウエサンプトン王の唾を飲み込む音がする。
「これから人類は魔物と化け物との生存を掛けた戦いが始まる。人間同士で争っている場合じゃないんだよ。それを理解しておいてくれ」
「あ、あなたは一体……何者なのですか……?」
「俺は魔王を倒す者だ。本当はノウブシルクの王なんかやってる場合じゃないんだ。なんなら、ノウブシルクとウエサンプトンを合併して、お前が王をやってくれてもいいぞ」
「えっ?」
「ノウブシルクの中枢を解体して、北の地の住民を王都に引き入れたから、相当ゴタゴタしている。国民をまとめて、再建してくれるなら任せてもいいぞ」
平時なら喉から手が出るほどの話だが、美味い話には毒がある。ウエサンプトン王はその毒が致死量に至るのだと確信した。
「いえ、新王よ。我にはその荷は重すぎるがゆえ……」
と、断った。
「残念だな。団長、お前が王をやるか?」
「滅相もございません」
こうして、マーギンはしばらく王をやらざるを得ないのだった。
◆◆◆
隠密の頭は街道を通らず、凍った湖を通ってシュベタインを目指した。
「ここがシュベタインの北の領地だな。ここから南下すれば王都に着くはずだ」
ほぼ飲まず食わずで走り続けた頭。夜を待って領都に忍び込み、飯屋付きの宿を取った。
ここはノウブシルクと違って街の雰囲気が柔らかい。人々に悲壮感もなく、ワイワイと酒を飲みながら楽しそうに騒いでいる。
「なんにするんだい?」
「ここのオススメと温かい酒をもらおうか」
「煮込みでいいかい?」
「あぁ、いいぞ」
しばらく待って出されたのは、干した魚を使った根菜との煮込み料理だった。
「干し魚にしては旨いな。これはなんの魚だ?」
「これはソードフィッシュといってね、最近入ってきたんだよ。オリーブオイル煮にしたやつもあるけど、それも食べるかい?」
「それも旨そうだな。じゃ、頼む」
出てきたのはソードフィッシュ以外にエビやイカに干しトマトが入ったアヒージョ。それにパンも付いている。
「これも旨い。この街は海から離れていると思ったが、海の幸が手に入りやすいのか?」
「ハンナリー商会ってところが海の幸の流通をやり始めてから、手に入りやすくなったさね。王都に行けばもっと色々手に入るよ」
よく見ると他の客も魚料理を食ってるやつが多い。干し魚はまだ分かるが、他の海の幸はどうやって運んでいるのか気になる。安くはないが、庶民でも食べられる価格なのだ。
「安いワインでも美味いな……」
国が違えばこうも違うものなのかと隠密の頭は思うのであった。
2日後。
王都の警備は領都に比べて厳重だ。気配絶ちして侵入しても見つかる可能性がある。どこかに隙がないかと近くの森から様子を探っていた。
カッ。
日が登る前の暗いうちに木の上から様子を探っていると、いきなりどこからか暗器が顔の近くに刺さった。
見つかっただと?
『シュベタインにも隠密がいる。かなりの手練れだから、お前の存在に気付くだろう』
まさか、潜入前に気付かれるとは……
その場を去ろうとした頭。
「動くな。お前はどこの者だ?」
すでに背後を取られ、首に武器を当てられていた。
ツゥー。
冷や汗が流れる。シュベタインの隠密はこれほどなのか……
「私はノウブシルクの使いの者だ」
「ノウブシルクだと?」
その名前を聞いた背後の者から一気に殺気が増した。
「陛下より、特務隊に手紙を届けろと命を受けた。特務隊にこの手紙が渡れば、王か王妃に届くはずだと」
頭は手紙を見せた。
「この字は……」
ガッ。
頭は背後の者から首に手を回され、そのまま背中から落とされた。
「グッ……」
受け身を取らせてもらえず、悶絶する頭。
げしっ。
そして、腹を踏まれて身動きが取れない。
「ノウブシルクの陛下って誰のことを言ってやがんだっ!」
「先日……いきなり現れた黒髪の男が陛下になられた……ノウブシルクは体制が変わったのだ……」
「黒髪だと? 名前はっ! 名前はなんて言うんだっ!!」
「陛下は名乗られてはおらぬ。強いて言えば魔王……」
頭を捕らえた者はそれを聞いて、手紙を開けて読んだ。
「マーギン……勝手にいなくなりやがって、何やってんだよ……」
頭の顔にポタっ、ポタッと涙が落ちてきた。
「うちはバネッサだ。何がどうなっているのか詳しく聞かせろ」
頭を捕らえたのは早朝から自己訓練をしていたバネッサだった。
「マーギンがノウブシルクの王になってるじゃと?」
大隊長とオルターネンが同行し、隠密の頭を王に引き合わせていた。
「手紙は先にバネッサが読んでしまったので、封はあいております」
と、手紙が渡された。
〜シュベタイン王へ〜
ノウブシルクを乗っ取りました。
ウエサンプトン、ゴルドバーンより兵を引き揚げ、戦争を終わらせております。各国に賠償金を払い、不可侵条約を結ぶ予定にしておりますので、タイベにも賠償金を用意しました。問題がないようであればシュベタインとも不可侵条約を結びたいと思っています。
ノウブシルクの北側に自分も知らないような知恵を持った魔物が出現しております。現時点でのノウブシルクの戦力では対応不可と判断し、ノウブシルク王都より北側の地を放棄しました。
恐らく、シュベタインの北側も同じような状況になっていくと思われます。オルターネン隊長、大隊長にお伝えくださいませ。
マーギン
「スタームよ、何がどうなっておる?」
「私にもよく分かりません。この者はマーギンの使者のようですので、話を聞かせてもらいましょう」
「賊ではないのだな?」
「はい。マーギンの手紙を陛下に渡すために、シュベタインまで来たようです」
「お前はマーギンのなんじゃ?」
と、王が聞く。
「私は前王家に仕えていた隠密でございます」
王の眉がピクリと動く。
「隠密がなぜ自分の正体を明かす?」
「隠しても無駄だと悟ったしだいです。陛下より、必ずバレて疑われると忠告されておりました。しかし、潜入前に捕らえられるとは思っておらず、自分の未熟さを恥じるしだいです。シュベタイン王国の隠密があれほど優秀とは感服いたしました」
「使者殿、そなたを捕らえたのは隠密ではないぞ」
「えっ?」
「あれは特務隊の斥候じゃ」
「あれが特務隊の斥候……」
『特務隊を信用しているからだ。お前を敵だと判断すれば、特務隊が排除するだろうとな』
マーギンの言ったことは本当だったのだ。
こうして、完敗した隠密の頭はノウブシルクで何が起こったのか包み隠さず話すのであった。




