自分のやること
北の領地での調査を終えた特務隊は、倒した亀を何匹か持ち帰って、ハンター組合で調べてもらうことにした。
王都に戻る道中、カザフはバネッサから死ぬほど怒られて涙目になっていたのは言うまでもない。
「ほう、こんな魔物がいるのか」
組合長のロドリゲスを交えて、亀の魔物を魔物辞典で調べていく。
「マーギン様々だな。未知の魔物もちゃんと載ってやがる。多分これだな」
マーギンは魔導金庫に入っていた魔物図鑑を翻訳してロドリゲスに渡してあったのだ。
「こいつ、レーキって名前なんだな」
「みたいだな。もっとデカいのがいるみてぇだ。こいつの大きさは1mぐらいだろ。デカいのだと10mを超えるみたいだぞ」
「マジかよ……そんなやつどうやって倒すんだよ」
「弱点は熱だと書いてあるから、ファイアボールで焼けばいいんじゃねーか?」
「それが、サリドンのファイアバレットは効かなかった。アイリスの高温のファイアバレットでは倒せたがな」
「サリドンでダメなら、他の魔法使いなんかもっとダメじゃねーか。物理攻撃はどうだった?」
「ロッカが身体強化してなんとか装甲を砕いた。それまでのファイアバレット攻撃で、柔くなってたかもしれんがな」
「つまりその辺のハンターなら打つ手なしってことか。なんかいい方法ねぇのか?」
「それを考えるのがハンター組合の仕事ではないか」
「そうは言ってもなぁ。マーギンなら他の倒し方知ってるんじゃねーか? あいつどこに行った?」
「知らん。しばらく戻らないとだけ言い残していなくなったからな」
「けっ、あちこちのんきにフラつきやがって」
ゴンっ。
「痛って。なにしやがんだっ!」
悪態をついたロドリゲスにバネッサがゲンコツを食らわせた。
「うるせぇっ。あいつはあいつにしかできねぇことをやってやがんだ。簡単に頼るなっ」
牙を剥いたような顔で怒るバネッサ。
「そ、そんなに怒るなよ……」
(隊長、バネッサのやつなんかあったのか?)
(さぁな)
と、オルターネンはとぼけた。
「一緒に対策を考えよう。こいつに加えて魔狼や雪熊、キルディアとかまとめて出てこられたらかなりヤバい」
「そ、そうだな。今回の件、もっと詳しく教えてくれ」
こうして、ハンター組合と特務隊で新たな魔物の対策を練ることにしたのだった。
◆◆◆
「マーロック、戦艦に閉じ込めたノウブシルク兵は岸に泳いで来たか? それともどこかに死体が流れ着いたりしてないか」
「いや、敵兵が泳いで来た形跡はねぇ。海に飛び込んだとしたら、死体は残らんだろ。あのあと、セイレーンやらサメやらが溜まってたからな」
「どれぐらいの期間溜まってた?」
「2カ月は溜まってたな」
2カ月か……微妙なところだな。ギリギリまで食料不足に耐えて、セイレーンやサメがいなくなってから飛び込んだとしたら、何人かは岸まで辿り着けた可能性がある。
「なんかあったのか?」
突然孤児院に来たマーギン。
「あぁ、さっき戦艦の中を見てきたら、もぬけの殻だったんだ」
「は? 死体もなかったのか?」
「あぁ。だから全員が一か八かで飛び込んだのかと思ってな」
「あそこから泳ごうとは思わんだろ。俺達でも岸まで泳ぎ着くのは無理だぞ」
「だよな……」
理性を保てていたら、泳ぐという判断はしないだろう。なんとか泳ぎ着いても、助けてもらえる保証もない。だったらあいつらはどこに……
「セイレーンに呼ばれたのかもな」
マーロックが少し考えたあとに仮説を言う。
「セイレーンに呼ばれる?」
「そう。あいつら歌うだろ」
「あぁ」
「疲れてたり、寝ぼけてるときにあの歌を聞くと、海の中が楽園のように思えるんだ。で、海に飛び込む」
「それで餌になるのか」
「らしい」
「らしい?」
「俺達にはそんな経験がないからな。歌が聞こえたら即その場を離れるのが常識なんだ」
「あいつらはその場を離脱できなかったから呼ばれたってことか」
「その可能性が高いと思うぞ。どっちにしろ、船にはいねぇ、ここにも流れ着いてねぇ。調べようがねぇ。つまりどうしようもねぇってことだ」
「そうだな……」
マーギンも考えても分からないことは考えても仕方がないと割り切った。
「分かった。街の復興は順調か?」
「順調よ。あとは客が戻ってくるのを待つばかりってところかしら」
と、今まで黙っていたシシリーが商売の話をしてくれる。
「建物も建て直しで綺麗になるし、生まれ変わったタイベはより商売向けになるわよ。再稼働は来年の春。楽しみにしててね」
再開発みたいなものか。
「そっか。無理しすぎないようにな」
「大丈夫よ。人も増えたから」
と、シシリーは笑った。きっと旦那を亡くした奥さん達をまとめて雇ったのだろう。シシリーのおかげでハンナリー商会がセーフティネットになったんだな。
これでタイベでの用事は済んだ。復興は任せておけばいい。皆で力を合わせて繁栄していくだろう。共に苦難を乗り越えた人々の結束は前より固まっただろうからな。
◆◆◆
「大隊長、バネッサはマーギンがどこに行ったか知ってるんですかね」
レーキ対策の話し合いが終わったあと、大隊長、オルターネン、ロドリゲスで飲みに来ていた。
「姫様とローズは知らんのか?」
「知らないようですね。タイベから戻ってきたあと、医術書の翻訳をしていたようですが、もくもくとそれをやり続け、終わったらさっさと家に帰るの繰り返しだったみたいです。姫様も家に遊びに行くと言い出せないような雰囲気だったみたいですよ」
「アイリスとバネッサもマーギンの家に行けなかったみたいだからな」
「戻ってきますかね……?」
「分からんな」
「大隊長、隊長。マーギンは何をやってるんだ? まさか魔王の復活が近いのか?」
事情をよく知らないロドリゲスがオルターネンの顔を見る。
「いや、相手はノウブシルクだ」
「まさか1人で攻め込む気なのか?」
「あいつは戦争に加担するのは真っ平ゴメンだと言っていたが、立て続けに戦場を目の当たりにしたからな。今は何を考えてるか分からん」
大隊長は酒をグッと呷ったあと、首を横に振った。
「バネッサがあんなに怒ったのは、マーギンが何かをやろうとしてるのを感づいてるのか?」
「恐らくな。今一番マーギンのことを知ってるのはバネッサかアイリスだろう」
オルターネンは宿舎に戻ったあと、ローズの部屋に行く。
「どうされました?」
「お前、マーギンとどうなってる?」
部屋に来るなり唐突にそう切り出したオルターネン。
「どうとは? 別に前と変わりませんが」
「本当に変わりはないか?」
「何をおっしゃりたいのです?」
「お前、マーギンが今何をしているか知っているか?」
「いえ、知りません。しばらく留守にすると言ってましたが」
「バネッサはマーギンがどこに行ったか知ってるぞ」
「……そうですか。それが何か?」
「お前、悔しくないのか? お前よりバネッサの方がマーギンに近しいのだぞ」
「……そうですね、悔しくないと言えば嘘になりますが、私はやらねばならないことがあるのです。そのようなことを気にする必要はありません」
「やらねばいけないこととはなんだ?」
「姫様の護衛です」
「それは今までもしていただろう」
「私はタイベで実感致しました。姫様の安全を守るだけでなく、心の護衛をしなければいけないのだと」
「心の護衛?」
「はい。姫様は聖女として人々をお守りになられます。私は姫様の心を痛めるようなできごとからもお守りせねばならないのです」
「心を痛めることとはなんだ?」
と、聞かれたローズは少し間を置いてから、
「命の選択です。姫様はきっと全力で全員を救おうとされます。しかし、それではかえって助けられない人が出てくるのです。私はタイベでそれを実感致しました。だから私がその役をやらねば……」
と、言ったローズの目から涙がポロリとこぼれた。
「お前……病むぞ」
「大丈夫です。覚悟は決めました。私は姫様の護衛です」
「そうか……あまり無理をするなよ。何かあったら相談でも愚痴でもいい。遠慮なく言ってこい」
「はい。ありがとうございます」
◆◆◆
マーギンは一度王都に戻るか迷ったが、そのままノウブシルクに向かったのであった。




