舐めたマネしやがって2
「沈みやがれっ!」
船長のクックが操船する元貨物船は、左舷に魔導砲を備えた敵艦の右舷に船首から突っ込んだ。
ゴゴーン、ギィィィイ。
元貨物船の船首が敵艦の右舷にめり込み、さらに押し込んでいく。敵艦の右舷はバキバキと音を立てて割れ、船全体が横に傾くが、沈没させるには至らず、その場で両船がくっついたまま止まった。
「ちっ、なかなか丈夫な船じゃねぇか」
仕留めきれなかったクックは渋い顔をした。元貨物船はこの状態だと、進むことも戻ることもできないのだ。
パンパンっ、パンパンっ。
敵艦の兵士達が魔導銃を撃ち、めり込んだ船首から元貨物船に乗り込んでくる。
「てめぇら、客室に閉じ籠もれ。中でバリケードを張って、侵入させないようにしろっ」
クックは船員に指令を出し、戦闘を避けて閉じ籠もれと叫ぶ。敵の武器は見たことがないものだが、剣で戦うには分が悪すぎるのはすぐに理解した。
◆◆◆
「若頭っ、貨物船がやべぇ。他の小型船も上陸作戦に切り替えやがった。どうしやすかっ?」
「陸のことは陸のやつらに任せろ。貨物船の救出に向かう。180度回転」
「180回転!」
大型船に向かっていたクイーンエルラ号はまた反転し、クック達の救出に向かう。そして、近くに来たときに2人の船員に指示を出した。
「おい、お前とお前は海に飛び込んで岸に上がれ」
「な、何を言うんでやすか。ただでさえ戦力不足なのに、俺らが抜けてどうしろってんですか」
「バカ野郎っ。お前達には生まれたばかりの子供がいるだろうが。その子供を俺達みたいな孤児にするつもりかっ!」
若頭はこの戦いで死ぬ覚悟を決めていた。子供がいる船員達はこの戦いから逃がしてやらねばいけない。
子供のいる船員2人は若頭の言葉にグッと唇を噛みしめたあと、ニッコリと微笑み、口を開いた。
「なぁに、俺が死んでも、エルラがなんとかしてくれまさぁ。それに、おめおめと逃げ帰ったら、かみさんに蹴飛ばされて殺されちまいやすぜ」
「若頭、俺達は一度死んだ身ですぜ。この海を守るために生かされてるってもんです。嫁も子供も、あの孤児院がありゃなんとかなりまさぁ。俺達が孤児だったときとは違いまさぁね」
そう答えた2人に若頭は渋い顔をする。
「……ったく。なら、これは命令だ。お前ら、絶対に死ぬなよ」
「それを決めるのはタイベの海でやすよ。俺達がいらねぇなら死にやすし、必要なら生かされるってもんです」
元海賊達はそうキッパリと言い切った。海賊稼業から日の当たる場所に連れ出してもらった恩を返すのは今しかない。自分達はこのために赦しを得たのだと。
「総員に告ぐ。貨物船に乗り込み、敵を打ち倒せ!!」
「おー!」
◆◆◆
「マーロック、船を止めろ」
マーギンは停船を指示する。
「停船っ!」
今まで全力で漕いでいたオールを止めて、目一杯水の抵抗を掛ける。
「マーギン、どうした? 急がねぇとやべぇんだろ」
「そうだ。カタリーナ、全員にシャランランを掛けて船酔いを治せ」
「う、うん。《シャランラン!》」
シャランランで船酔いから復活するローズ達。
「ちい兄様、今から皆を孤児院に転移させる。向こうで戦闘になっている可能性が高いから領民を守ってくれないか」
「戦闘だと?」
「そう。あの島に上陸したのは恐らくノウブシルクの兵士だ。俺が見た大型船は魔導兵器を備えている戦艦だと思う。すでに港が魔導兵器の攻撃を食らっていたら、兵士が上陸しているかもしれない。相手は魔導銃も持っているはずだから、衛兵やハンターだけでは一方的にやられる」
「鉄の弾を飛ばすやつか」
「そう。兵士全員がストーンバレットを使ってくると思ってくれ。カタリーナは負傷者の治癒を頼む。ロッカとバネッサ、アイリスはちい兄様の指示に従ってくれ」
「お前はどうするのだ」
「海戦にはマーロックの力が必要だ。俺は全速力でこの船を領都の港に運ぶ」
「了解だ」
《ワープ!》
転移魔法陣を出し、オルターネン達を孤児院に送り届けると、船員達は皆が消えたの見て目をパチクリとさせる。
「気にすんな。それどころじゃない。さっきマーロックに言った通り、タイベの港街は戦争になっている可能性が高い。俺達は敵艦を叩きにいく。今から魔法でかっ飛ぶから、体力を回復しておいてくれ」
ここまでバフを掛けられながら、全力で漕いでいた者達の体力は相当削られているはず。本番までに体力を少しでも回復してもらわないとダメなのだ。
「マーロック、今から魔法を駆使してタイベの港街まで戻る。進む方向を示してくれ」
「わ、分かった」
《スリップ!》
アニカディア号を海面から少し浮かせ、風魔法で進ませる。まさにホバークラフトのようにスルスルと動き出した。
「行くぞっ!」
マーギンは風魔法をどんどんと強くして、ありえないスピードで港街へと向かうのであった。
◆◆◆
「ローズとアイリスは姫様から離れるな。バネッサ、お前は建物の上から援護を頼む」
「了解」
そう返事をしたバネッサはその場から消えるようにしていなくなる。港街はマーギンの言った通り、戦場になっていることを、孤児達に聞いたのだ。
「全速で港街に走れ」
オルターネンを先頭に港街へと走った。
「きゃーーっ!」
「逃げろーーっ!」
「マーギンが予想した通りだ。俺達も応戦する。ロッカ、強化魔法を使い過ぎないように気を付けろ」
「はいっ!」
オルターネンとロッカは剣を抜いて、衛兵やハンター達が戦っているところに突っ込んでいく。
「ローズ、私達も行くよ」
「ダメです。姫様を危険なところに行かせるわけには参りません」
「だって、あんなに戦闘してたら、絶対に死にそうになってる人いるじゃない」
「なりませんっ! 怪我人はどこかに運ばれて来ます。そこで治癒をして下さい」
カタリーナが怒って怒鳴ってもローズは頑として引かなかった。
「ローズ、カタリーナ!」
「あっ、シスコ。今どうなっている?」
オルターネンとロッカが戦いの場に加わったことに気付いたシスコがローズ達を見付けて走ってきた。
「マーギンは? マーギンはどこっ!」
「マーギンはアニカディア号で海戦に参加すると言っていた。陸地は我々が託された」
「了解。カタリーナ、こっちに来てちょうだい。エアリスが怪我をしたの。馬車も破損して動けないの」
「エアリスが?」
エアリスが怪我をしたと聞いて反応したアイリス。
「急ぎます! シスコさん、案内してください」
カタリーナから離れるなと指示を受けたアイリスはカタリーナの手を引っ張って走り出した。
「大丈夫よ、絶対に大丈夫。痛いでしょうけどもう少し我慢してね」
「あの子は……」
「大丈夫よ」
エアリスの手を握ってそう微笑むシシリー。
エアリスは様子を見に行った孤児を探しに行き、飛んできた破片で怪我をしたのだ。
エドモンドとダニエラもこの場を離れるべきだと分かっているのだが、怪我をしたエアリスを動かせず、この場に残っていた。
そのとき、
「身なりのいいやつがいるぞ。人質に取れっ!」
そう叫びながら5人の兵士が走ってくる。
エドモンドは剣を構え、シシリーは太ももに隠してあった、護身用ナイフを持って構えた。
「領主様、エアリス様を連れてお逃げください。ここは私が引き受けます」
「そんなナイフで敵うわけがない。私が戦う」
「ダメです。戦争は将がやられたら負けなのです。早く逃げてください。私はそんなに長くは持ちませんから」
「くっ……」
女性を置いて逃げるのは貴族の恥。しかし、この場の将は自分。エドモンドは苦渋の決断を迫られる。
「ダニエラ、走りなさい。エアリス、痛いだろうけど我慢するのだぞ」
エドモンドはエアリスを抱きあげ、ダニエラに走れと言った。そして、
「シシリー殿……」
領のために懸命に働いてくれていた女性を見殺しにすることを理解しているエドモンドは言葉に詰まる。
「早くお逃げください。孤児達とハンナリー商会を宜しくお願い致します」
「分かった」
シシリーは微笑みながらエドモンドにそうお願いしたのだった。




