なんとなく
「勇者? お前は何を言ってるのだ?」
「まぁ、聖剣が隊長を選ぶとは決まってないんだけどね」
全く意味が分からないオルターネン。詳しく説明をするのに、宿舎の部屋に行こうかと話をしていたら、大隊長が家に来いと言った。
「大隊長の家って、デカいですね」
「こんなに大きくなくてもいいのだがな」
「使ってない部屋とかあるなら、ハンナリー商会の店とかに使います?」
「構わんぞ。なんなら、うちのにも手伝わせようか?」
冗談のつもりで言ったら、奥さんも働かせようかだって。大変だなシスコ。
応接室でミスティの金庫のことを話す。
「王妃様がパスワードのヒントを見つけてくれて、カタリーナが開けてくれたんです」
「さすがだな。姫様はお前がいない間、ずっと金庫を開けようとされていたからな」
「え?」
「なんだ、知らなかったのか?」
オルターネンはカタリーナが訓練所に姿を見せない理由をローズから聞いていた。
「あいつ、ずっとやってたのか……」
「ローズも付き合わされていたからな。飲まず食わずに近い感じだったらしいぞ」
そこまでしてくれてたのに、俺は約束を忘れて家に帰ったのか。泣いて怒るのも当然だな。
「で、俺に勇者になるかと聞いた理由を言え」
マーギンは聖剣ジェニクスを出して、オルターネンに見せる。
「俺の仲間が金庫の中にこれを残してくれていた。こいつは聖剣ジェニクス。勇者マーベリックが使ってた剣だよ」
「それを俺に? マーギンが使う方がいいんじゃないのか。勇者はお前に託すために残したのだろ?」
「俺がこれを持っても何も感じない。大隊長に渡したヴィコーレ、カタリーナに渡したエクレール、どれも俺が持っても何も感じなかったけど、大隊長もカタリーナもフォースを感じるとか言ったでしょ?」
「バネッサのはどうだったのだ?」
「オスクリタは俺に残してくれたわけじゃないけど、見た瞬間に分かった。あぁ、これはバネッサに渡すために俺の手元に来たんだなって」
「そうなのか。で、俺が勇者になれると思ってるのか?」
「ジェニクスが選ぶかどうかは不明だけど……」
マーギンは少し黙る。
「カタリーナのときもそうだったんだけどね、才能はもちろんなんだけど、多分、覚悟のある人にしか応えないんだと思う。特にジェニクスとエクレールはね」
「覚悟?」
「そう。国を背負う覚悟。勇者マーベリックは王に、聖女ソフィアは王妃になった。2人は初めからそのつもりで戦っていたんだろうね」
「俺に姫殿下と結婚して、王を目指せと言うのか?」
違う。
斜め上の受け取り方をするオルターネン。
「政治的な話じゃないよ。何を引き換えにしても国を守るという覚悟だよ。正直俺にはその覚悟はない。敵は倒す。それだけだ。だから、俺に使えるのは妖剣バンパイアだけなんだと思うよ」
「俺は国を守る覚悟はとっくにできている。そうでなければ特務隊は務まらんからな」
「了解。じゃ、これを抜いてみて」
と、ジェニクスをオルターネンに渡したあと、マーギンは目をコシコシする。
オルターネンがジェニクスを手にしたとき、マーベリックのように見えたのだ。
チャキッ、シュン。
オルターネンはジェニクスを抜いて見つめたあと、上に向かって突き上げた。
「次こそは……」
オルターネンが小さく呟く。
「なにか感じる?」
「いや、なにか溢れ出すような力を感じるものかと思ったが、そんな感じはない。しかし、強い意志が宿ったような気がする」
「それが大隊長やカタリーナが言ったフォースってやつなのかもしれないね。じゃ、勇者誕生ということで、乾杯しようか。大隊長、お祝いに合う酒を出して」
オルターネンの呟きが聞こえなかったマーギンは大隊長に高い酒を要求した。
大隊長はふんっ、と笑って手を叩く。すかさず現れる使用人に、酒とグラスを持ってくるように伝えた。そして、しばらくすると、
「もう、ご挨拶させて頂いてもいいかしら?」
お酒を持ってきてくれたのは使用人でなく、大隊長の奥さん。とても上品な人だ。
「初めまして。マーギンと申します。大隊長にはいつもお世話になっています」
オルターネンは面識があるようで、頭を下げて挨拶するだけだ。
「あらぁ、もっとゴツい人を想像していたわ。それにこんなにお若いなんて。こちらこそいつも主人がお世話になっております」
と、ニコニコと笑ってテーブルにお酒とグラスを置いてくれる。
「せっかくだ、お前も乾杯に参加しろ」
「あら、いいのかしら?」
「そのつもりだったんだろ?」
「うふふふ、バレましたかしら?」
奥さんに、当たり前だろ、こいつぅ。みたいな大隊長。仲の良い夫婦だ。
乾杯のお酒は白のスパークリングワイン。
「では、オルターネンの覚悟に乾杯」
大隊長が挨拶をして、スパークリングワインを飲む。
「これ、美味しいですね」
「うむ、特別なときに飲む酒だ」
大隊長がそう言うぐらいだから、相当高いやつなんだろう。まだボトルに残ってるから、お代わりしちゃお。
奥さんがいるので、詳しい話をせずに歓談になる。そして、大隊長がハンナリー商会のことを話すと、奥さんも乗り気になり、じゃあ改装しないとダメね、とシスコに言う前に決定してしまった。
「どうした、歯でも痛いのか?」
空想ビンタが来る前にほっぺを防御していたマーギン。
「なんでもないです」
と、ガードをやめた途端にビタンとされたような気がしたのだった。
「おじゃましました」
「泊まっていかんのか?」
「俺には広すぎて、よく寝れなさそうなので」
と、言うと笑われた。
オルターネンも宿舎に戻るので、2人でプラプラと歩く。
「マーギン」
「はい」
「なぜ、大切な聖剣を俺に渡そうと思った?」
「なんとなくかな」
「なんとなくだと?」
「うん。なんとなく」
「そうか、なんとなくか」
と、オルターネンが笑う。
「これを使うとなると、マーギンからもらった剣はお前に返した方がいいか?」
「いや、そのまま持ってて。日頃使いの剣があった方がいいでしょ。それか誰かにあげようと思うなら、あげればいいし」
「お前はそれでいいのか?」
「多分、想いの詰まったものは、そのときに必要とする人に渡っていくんだ思う。だから、ちい兄様が誰かに渡すべきだと思ったときに渡せばいいし、その機会がなくても、そのうち勝手にそうなる。そのジェニクスのようにね」
「そういうものか」
「多分ね」
と、マーギンは笑った。
そして、もう少し飲むか? となり、宿舎の部屋に行く途中でバネッサがオスクリタで襲ってきた。
「危ないだろうが」
「ちぇっ、飯のときは簡単にうしろを取れたのによ」
と、悔しそうにする。
「お前も飲むか?」
と、珍しくオルターネンがバネッサを誘う。
「い、いいけどよ」
と、バネッサも加わり、オルターネンの部屋でたわいもない話をしながら酒を飲むのであった。




